第13話 筋肉は全てを解決してくれる

 ついに開示されるサムライローブの異能力。喰魔喰の研究者に最強を謳わせる能力に思わず絶句する千癒。

 それを見てか、太士はばつが悪そうに表情を歪めた。やはり公開しない方が良かったかと内心の後悔を強める。



「太士君が四國さんに太れと言ったのは、きっと自分と同じかもしれないと思ったからさ。四國さんの異能力は代償を支払う系統だと推測したんだよ」

「……ただ俺は、四國さんの異能力が早く発現して、さっさと独り立ちする手助けになればと考えただけです。他意はありません」

「またまた~。そんなこと言って、実は同じ系統の能力者がこの辺にいないことを気にしてるくせに~?」

「ぶっ飛ばしますよ?」



 薙川の解説に太士は若干厳しめなつっこみを入れつつ、勝手に代弁された言葉を否定する。

 他意はないと言うものの、その口調が僅かに早くなったのを千癒は聞き逃さない。おそらく、薙川の答えは真実に近い物なのだろう。



「そんなわけだ。別に太士君は太ってる女性が好みとかじゃないから安心したまえ」

「そろそろ本気でぶっとばしましょうか?」



 からかい混じりの回答に、拳を固める太士。それに対する薙川の反応はにっこりと笑顔を浮かべるだけだ。

 能力の発動に代償を支払うという制約がかけられているのが剣崎太士の異能力のデメリット。それを聞いて千癒は改めて納得する。



「なるほど。代償か……」



 自身の能力は太士と同じ系統なのかもしれないと。対価として払うのが何であれ、可能性としてはあながち否定は出来ない。やってみる価値はありそうである。


 となると代償は何になるのか。同じ脂肪やエネルギー、リスクはあるものの血液も考えられる。そうだとすれば自傷も視野に入るだろう。



「あ、くれぐれも自傷行為なんて考えちゃ駄目だよ。四國さんはまだ未成年なんだから、そんな不確定なことで自分の身体を傷つけるなんて馬鹿な行動は止した方が良い」

「ぐっ……。そうですね、そういうのは止めておきます……」



 頭の中で考えていた目論見を看破され、当然のように注意を受けてしまう。薙川の言う通り傷など増えていい物ではない。大人しくその言葉には従っておくことにしておく。


 そんなこんなで一通りのやりとりを終え、気付くと時刻はすでに九時に迫ろうとしていた。薙川並びに海炎へ別れの挨拶をすると、太士と共に帰路へとつく。



「代償かぁ……。私の場合は何になるんだろう」

「別に代償を支払って能力が発動するだなんて決まったわけじゃありません。気長に探していくのが一番かと」

「だよねぇ……」



 至極真っ当な返信に千癒は頷かざるを得ない。変な近道を探すより、普通に方法を探していく方が効率が良い。

 どのみち暗中模索を強いられる異能力発現の道筋。千癒は暗い道を唸りながら歩く中、唐突にその歩みを止めた。


 それに僅かに遅く気付く太士。今度は何を閃いたのかと思い、振り返ってみると、そこには自分の胸を執拗に揉み悩む秀才の姿が。



「う~ん、おっぱいも脂肪だから、これ使えば何とかなるんじゃ……」

「……何やってんですか。馬鹿なことしてないでさっさと帰りましょう」



 思わず固まってしまう太士。執念深いと言うか、諦めが悪いと言うか。その余念の無さに呆れる太士であった。











 翌日、いつも通り学校を終えると、二人は午後の狩りの準備をする。変に周りに悟られぬよう別々のタイミングで公民館へ。

 今回先に来ていたのは千癒。狩人生活二日目も変わらず白い軍服衣装で太士を待っていた。



「よしよし、それじゃあ行く前に一つ、お願いがあるんだけど……いいかな?」

「……なんですか」



 出発の直前、千癒は唐突に頼みごととやらを提案してきた。これには太士も嫌な顔を隠せない。

 今まで散々頼みごとをさせられてきた以上、今回もろくなことじゃないと察しはついている。断る気は十分だ。



「えっとね、昨日色々考えてみたんだけど、やっぱり私の能力を発現させるためには他の喰魔喰の能力を見て参考にしないといけないと思ったの。だから、今日からしばらく他の喰魔喰たちと会わせて欲しい!」

「他の喰魔喰と接触、ですか」



 今度の頼みの内容というのは、他の喰魔喰との接触をしたいというもの。一瞬まともだと思った反面、相手がどのような人物なのかをすぐに思い出す。

 四國千癒は喰魔喰オタク。町にちょっとした情報網を持つ生粋の情報屋。海炎の時を思い出しつつ、出す答えはただ一つ。



「……駄目です。参考にするのは良い考えですが、どうせただ会いたいだけでしょう」

「そ、そんなことっ……は、考えてなくもないけど、でも直接会って秘訣とかを教わりたいのも事実だよっ。お願い、一日一人だけでもいいから、他の誰かと会わせて!」



 改めて深々と頭を下げられ、回答に困る太士。しかし、彼女が喰魔喰オタクとしてただ欲を満たすためだけでは無いことは理解した。


 自身の狩人としての成長をしっかりと見据えていることは良いことである。本心は面倒の一言に尽きるが、教育担当としてその期待に応えておく。



「分かりましたよ。ただし、会えなかった時は潔く諦めてください。いいですね?」

「うおおお! やったぁ! これで直接喰魔喰の人たちと話が出来るぞぉ──!!」



 了承を口にした途端にこれである。本心がダダ漏れ──というより、もはや隠す気などゼロに等しい。

 この先が思いやられそうになるのを起因に頭痛が起こる。頭を押さえて大きくため息を吐き出すのだった。






「さて、ではまず誰から会いに行きましょうか」

「じゃあさ、『マッスルエンハンサー』に会ってみない? あの人なら会いやすいかも」



 狩りへ出発した直後、千癒のリクエスト通りどの喰魔喰へ接触しようかと考えていると早速提案された。

 即決出来るのは流石喰魔喰オタクと言ったところか。


 マッスルエンハンサーと呼んだ喰魔狩人。彼のことはもちろん知っている。

 吾妻ラボ所属で中々珍しい異能力を備える狩人だ。クセの強い所属狩人の中では比較的まともな方なので、おそらく快く快諾してくれるだろう。



「……そうですね。商店街に行くのはあまり気乗りしませんが、その人を探しに行きましょう」



 その提案を可決すると、一行は商店街方向へと移動を始める。

 いくら喰魔の活動時間とはいえこの時間に喰魔喰が必ず行動するとは限らない。特に仕事との二足草鞋ならなおさらだ。


 目標はスポーツジムに所属しているトレーナーでもある。まずは店を訪ね、いるかいないかを判断する。



「おっ、サムライローブだ」

「珍しい。こんな人通りの多い所を移動するなんてな」



 喰魔の活動時間である五時とはいえ、商店街人通りは多い。入って早々、様々な人からの声が聞こえてくる。


 今はサムライローブとして活動している太士。こういった声に慣れてないのか、フードをいつもよりも深く被り、執拗に顔を隠す。

 天下のサムライローブも正体は一介の陰キャ。やはり人前は苦手なようである。



「そういえば横の白いのは誰だ? ってかめっちゃ美人じゃね?」

「装備からして喰魔狩人かな? でも見たことないなぁ」



 と、ここでちまちまと千癒のことについてであろう、見知らぬ喰魔狩人についての呟きがいくつか聞こえてきた。


 昨日デビューしたのだから、知らない者が多くて当然である。

 喰魔喰として、初めて他の誰かの話題になったことに口元が綻びそうになる千癒だが、それを気合いでこらえる。


 四國千癒、彼女には自身が目指す理想の狩人像があった。

 それは常に沈着に行動し、あらゆる場面で適切な行動を行える、いわばエージェントのような狩人を目指している。ここで笑ってしまうと後々の評価に大きな傷がついてしまうだろうと予感したのだ。



「表情、歪んでますよ」

「えっ!?」



 しかし、内心の想いはどうにも抑え切れていないらしい。

 太士からの指摘で自身の顔が不特定多数から喰魔狩人として見られていることの悦びにこらえきれていないことに気付く。



「~~~~っ!!」

「痛いです」



 恥ずかしさを紛らわすように、口元を隠しながら太士の肩をばしばしと叩く。その様子を見た周囲の一般人らの視線の様子が切り替わる。

 ぴーん、と太士の耳はモブの耳打ちを聞き捉えた。



「……なぁ、もしかしてあの二人……」

「サムライローブに彼女か!?」



「ぶっ……!」

「あらら」



 案の定、周囲の人々が考えることは同じである。早々にあらぬ憶測が生まれてしまった。

 だがこうなることは予想の範疇。故に人通りの多い場所に、二人では行きたくなかったのである。



「……さっさと行きましょう」

「そうだねぇ。私だっていきなり彼氏持ち疑惑とか勘弁願いたいところ」



 意見はお互いに一致。デビュー直後にスキャンダルなど千癒も願い下げとのこと。

 そそくさと早足でこの場を過ぎ去ろうとした時、その悲鳴は突如として商店街に響きわたる。


 突然の悲鳴にざわつく商店街。その正体を探るべく、太士は千癒を抱き込んで現場へとジャンプ。

 見やる先には人と同じくらいの大きさの黒い何かが商店街に侵入してきたのが確認出来る。



「中級喰魔……かな。私でも勝てるかな?」

「いえ、念のために止めておくべきです。ここは俺が」



 商店街に現れたのは中級と称されるそこそこ大きさの喰魔。太士にとっては苦にもならない相手だが、能力の分からない千癒が相手をするには分が悪い。

 喰魔を避けて出来た空間に着地し、討伐のために刀を抜く。ナンバーワン喰魔狩人の抜刀に周囲がざわめき出す。


 一撃必殺が戦闘スタイルのサムライローブはいつも通りに構えを取る。──だが、ここでまたしても異変が。

 今度は後方の人壁からぞろぞろと現れ、一人の男が太士の前に立つ。



「おっと、商店街は俺らの縄張りだ。サムライローブ、お前にこいつを渡しはしねぇ」


「……そうですか」

「お、おお! 来た!」



 商店街を縄張りと口にするのは、短い茶髪とタンクトップ姿にプロテクターを装着した男と、そのすぐ後ろに立つ複数人の屈強なビルダーたち。

 太士は言葉を聞き入れると構えを解き、相手をその男に譲る。



「俺の大事な仲間メンバーたち! その筋肉ちからを俺に分けてくれ!」


「「「「応ッッッ!!!!」」」」



 タンクトップの男の声に背後の男たちは返事をすると、次に男は次々とビルダーたちへタッチしていく。

 全員との接触を終えると、すぐさま向きを喰魔へと転換。そして、踏み込み──



「らぁぁッ!!」



 石畳を割る勢いで、文字通りロケットでも飛んだかのように一直線へと喰魔に迫る。

 固めた拳を突きつけ、そのまま二度目の踏み込み。一気に喰魔を押し出し、商店街の外へと出て行ってしまう。



「全員、行くぞッ!」

「「「応ッッッ!!」」」


「俺たちも行きましょう」

「うん!」



 姿を消した喰魔喰に着いていく男たち。太士らも同じく後を追っていく。

 踏み込みで潰れた跡を追跡し、見つけた到着先。そこでタンクトップの喰魔喰は喰魔にパンチの連打を食らわせている。そのスピードたるや、残像を起こして腕が数本あるようにも見える程だ。



「これでぇ……とどめッ!」



 ラストに深いアッパーカットを決め、喰魔を宙に浮かす。人と同じくらいの体躯をしているというのにも関わらず、その高さは二メートルは越えただろう。

 落下の衝撃で絶命する喰魔。死を意味する気化が始まった。



「完全ッ、勝利ッ!」



 撃破を認めると、両腕を挙げてガッツポーズ。するといつの間にか防魔瘴マスクを着けた先ほどの男たちがタンクトップの男を胴上げ。しまいにはゴングを鳴らす始末。


 まるで何かのチャンピオンにでもなったかのような一連の流れ。この胴上げされた男こそが、吾妻ラボに所属する喰魔喰が一人。



「『マッスルエンハンサー』。桝留拳治まする けんじさんですね」

「サムライローブ。お前がこんなとこに来るなんて珍しいな?」



 どうやら無事に遭遇出来たようである。これで千癒の目標が一つ達成されたのだった。

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