第12話 天才の異能力は

「二人ともおかえり~……って、どうしたんだい? なんか機嫌悪そうだね」

「どうしたもこうしたも無いですよ! 剣崎君、私に太れって!」

「だから、あれはあくまでも能力発現の可能性の一つだって何度も言ってます。誤解を生む言い方はやめてください」



 ラボに着いて早々、二人の若い喰魔喰が口喧嘩をし始める。

 千癒の言葉から推測して、薙川は発端となっただろう話を思い浮かべた。



「ああ、太士君、もしかして自分の能力発現のことを話したんだ。そりゃそういう反応も返って来るさ。ちょっとデリカシーがないね」

「俺だって話すか話さないべきかは悩みましたよ。俺はこれでも四國さんの教育担当を押し付けられた人間。いち早く独立させるためには多少の努力はしていくつもりです」



 太士本人もこの反応が来るのは想定内としていたが、やはり言わない方が良かったと絶賛後悔中である。

 そんな教育担当を横目に、千癒の方へと近付いていく薙川。白い衣装をまじまじと見つめ、今回の狩りについて話を伺う。



「中々可愛い衣装じゃないか。コスチュームも喰魔狩人にとっては大事な要素だからね。あ、それよりも四國さん。狩り初め、どうだった? 上手くやれた?」

「あ、はい! 剣崎君の助け無しで十五匹です。全部最下級喰魔ですけど」

「ほほぉ、十五匹。能力無しの銃一丁でそこまでやれれば大したものだよ。やっぱ才能あるね。期待通りだ」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」



 新人の喰魔狩人が最初にする狩りを『狩り初め』と一部界隈の者では呼ぶ。千癒の狩り初めの成果を訊いて、薙川は太士同様の才能を認める発言をする。


 自身の成果に喜ぶ千癒。これまで狩人に憧れていただけだった少女が、ここで狩人としての才を褒められた。それに喜ばない者はいないだろう。その場でぴょんぴょんと跳ねて嬉しさを現わにする。



「さて、喰魔狩人のお楽しみは狩ることじゃあないぞ。四國さん、あなたの集めた喰石の換金だ。やり方の説明をしよう」

「あっ、そうだった! お願いします!」



 次に薙川は喰石換金についての説明をするために、千癒をラボの奥へと案内する。

 だが、ここで一度歩みを止めて太士のいる方向へと振り向いた。



「あ、そうだ。太士君、海炎君を連れてあとで運動場へ来てくれ。肥満嗜好ファティシズムの疑いをかけられたまま四國さんのコーチなんてしたくないだろう?」

「……分かりました。じゃ、俺は海炎さんを呼びに出ます」



 そう指示をすると、太士はラボから退室する。

 何故に海炎同伴で運動場へと呼び出したのか。それの疑問を解くために、その理由を訊ねてみようとした時、薙川の言葉が一手早く会話へと繋ぐ。



「四國さんは太士君の能力がどんなものなのか知ってるかい?」

「あ、そういえば知らないや……」



 その言葉に千癒はハッと気付く。今日までの付き合いで、太士の能力が強化系であること以外にどのようなものなのかを知らずにいたのだ。


 とすると、運動場にいるよう指示したのはそれを教えるためか。思えば異能発現の方法も太士本人が実際に試した上で、解決策の一つとして提案したもの。もしかすると、太士の体型に何かしらの秘密が隠されているのでは……と考えたところで薙川の言葉は続く。



「ま、楽しみにしておいてよ。今はまず、換金が先さ」



 とにもかくにも、まずは目の前のことを片付けるのが先決。薙川の言う通り、まずは初めて行う換金に望む千癒であった。











 換金後、薙川の先導で連れてこられたのは先程言っていた運動場。そこには太士と海炎がストレッチをしていた。

 午後の狩りが終わったばかりだというのに太士同様疲れている様子はない。流石は兵団の隊長といったところか。



「海炎君、仕事が終わった直後でごめんね。ちょーっとした訓練に付き合って欲しいんだ」

「いえ、大丈夫ですよ。それにしても太士君と俺とでですか?」

「ああ。少しばかり新人に異能力を持つことの大事さを教えようかなって。改めて、今日から喰魔狩人になった四國千癒さんだ」



 そう説明を終えると、千癒を改めて紹介された。憧れの一人、スチームマスターの狩り名ハンターネームを持つ霧島海炎は、正真正銘今日から先輩狩人だ。



「よ、よろしくお願いします!」

「ああ、よろしく、千癒さん。ところで兵団に入る気は──って、まだ学生だから無理か。ま、入団は卒業したら考えてくれよな」



 さり気なく入団の意思を訊くも、相手は学生の身分だったことを思い出す海炎。そんな和気藹々とした三人を遠くから睨みつける太士。

 その視線にいち早く気付いた薙川は軽い咳払いをして注目を集める。



「とまぁ、茶番はこれくらいにして、申し訳ないが太士君と海炎君の二人は、今から軽く稽古をしてもらう。んまぁ、早い話が四國さんに太士君の能力を説明するためだな」

「普通に口頭で言った方が早いと思うんですけど」

「それじゃあつまらないだろう。実際に見てはっきり理解しなければ彼女のためにはならない。そのための実戦さ」



 とても明快で簡潔な解決策が挙げられたが、つまらないという理由で一蹴されてしまう。あきれた太士はこれ以上何も言わないことにした。

 これから始まるのは二人の喰魔喰による戦い。異能力を持つということの重要さを千癒に知らしめるための特別演習である。


 千癒の内心では、自分のためにここまでしてもらわなくても良いと思っているが、ここまで準備しておいて今更結構だとも言えないので無言を貫いておく。



「あ、そうそう。戦う前に太士君。に乗ってくれ」



 と言ってどこからともなく出したのは体重計。備考を付け足せばたったの十秒で体重から体脂肪率、さらに人体のあらゆる箇所を測定、数値化出来る最新型だ。

 これに乗るということは、やはり太っていることと関係があるのか。千癒はそう考えをまとめていく。



「えーと……体重███三桁キロ!」

「やめろ!」



 大人しく体重計に乗り、数値化された太士の個人情報を無情にも大声で発表。

 本人からの制止が来るも、気にすることなく次の段階へ。体重計を片付け、太士と海炎を運動場の中央へと送る。流石に刃物は危なすぎるのか、適当な位置に刀は置いてある。



「剣崎君、やっぱり体重結構あるんですね……」

「まぁね。彼の能力的に、今くらいの体重が丁度良いからね」

「丁度良い?」



 わりと衝撃的な情報に驚いていると、何やら含みのある言葉を薙川は口にする。それに疑問を抱くと共に、中央の二人へ声をかけた。



「太士君、今出せる本気を出していいよ! その方が相手方にも失礼ないしね。海炎君も今度こそ倒せるよう頑張って!」

「勿論です! 今日こそ君に膝を着かせてやるからな」

「本気出した分のケアはしっかりお願いします」



 海炎と太士は薙川の言葉を受け取ると、お互いに戦いの準備をする。そして、数秒の沈黙を経てから始まった。



 先制は海炎の速攻から始まる。両の手に水塊を生成し、それを維持したまま接近。早速近接戦に持ち込んできた。

 対する太士もそれにしっかり防御の構えを取り、その攻撃を受け止めた。だが──



「熱っつ……!」

「悪いが今回は本気で勝たせてもらうぞ。未来の団員を勧誘するためにもな!」



 太士が受け止めている拳を包んでいるのはどうやら熱湯の模様。熱の支配者の意を冠する異名を持つだけのことはある。

 これには流石のサムライローブも放出型の能力には無力なのか、熱さに顔を歪める。しかし、それで詰んだわけではない。



「……っ隙あり!」

「ぐっ!?」



 瞬間、太士は海炎の腹部に蹴りを入れた。それに怯んだ隙を逃さず、即座に後退して距離を取る。

 海炎の拳を受け止めた手を見やると、赤くなっており、やけどを負ったことが分かる。練習とはいえ手加減無しで来ているのは一目瞭然だ。



「剣崎君、大丈夫かな……」

「気にしなくてもいいよ。どうせすぐ治るから」



 遠くから一連の流れを見ていた千癒は、太士が怪我を負ったのを見て若干心配になる。だが、それを薙川は全く気にも止めていない。

 すぐ治る、とはどういうことなのか。現代医学のことを指しているのなら、それはそれで問題は無いが、どうも気になる発言である。



 色々と考えていると、場の方にも動きが。一旦海炎から距離を置いていた太士は、目を閉じて瞑想でもするかのように大きく深呼吸をする。

 それを見た海炎は両手の水塊を周囲に散布。構えを新たに取り直し一気に警戒を強めた様子。



「おっ、これは決着来るかもね。しっかりと見ておいた方がいいよ。町一番の喰魔狩人の本気をね」



 薙川も太士の動きから次に起きるであろう行動を察した模様。海炎が警戒を強めたのも、それを理解しているからか。


 一体何が起きるというのか。千癒の情報網にあるサムライローブという狩人は、喰魔に対し一撃必殺を徹底する人物という認識がある。これから起きることもそれに違わないはず。

 刀を持たない今、太士がする行動とは何か。それが明らかとなる。



「──行きます」

「来いっ!」



 長い深呼吸を終えると、太士が動く。ダッシュで海炎へと近付いた次に起きる現象に千癒は度肝を抜かされることとなる。

 海炎が放った水の塊。迫ってくる太士にそれを命中させた瞬間、その姿が消えた。


 思わぬ現象の発生に、目を丸くする千癒。だが、本番はまだこれからだった。

 次に起きたのは、一瞬にして海炎を取り囲むように出現する十数も越える大勢の人影。それをよく見ると、全員がサムライローブの格好をしているのだ。


 影分身──。千癒の脳裏に浮かんだのはその言葉だ。それを、あの剣崎太士という人物が行っているというのが、信じられなかった。



「ちっ、手合わせする度に分身のクオリティが上がって分からなくなってくな。なら、俺も!」



 素行の良さで名の知れる海炎も思わず舌打ちをする。一瞬にして一対一から多対一の戦いになったのも今回が初めてではないからであろう。

 そんな厄介な動きに対抗する手段を海炎は使う。


 刹那、大勢の太士の足下が爆発する。精確に言えば急激に水が膨張し、辺りを水浸しにしたのだ。それにより分身が一気に数を減らす。


 これらは太士が影分身をする前に、海炎が周囲に散布した水を操作したためだ。あの行為は十数体もの分身を一気に処理するための布石。

 ただでは戦況をひっくり返させないということである。



「「「「|ささささすすすすががががででですすすすねねねね《流石ですね》」」」」



「なんかめっちゃ重なって聞こえる!?」

「まぁー、しょうがないね。超高速で動いてるもん。しゃべれるだけすごいよ」



 まるで音響機器が壊れたかのような連続して重なった太士の賞賛の言葉に、端から聞いて思わず困惑を隠せない千癒。あの動きは高速で動いている故の現象らしい。

 今し方の攻撃で太士の分身は四人となる。それでも数に差が出ている点は変わらない。



「でも、あの分身には欠点がある。増えても攻撃する時は一人になってしまうのさ。あと地形にも左右されやすい」

「なるほど……。でもどれが本物か分からなければ危ないんじゃ……」



 千癒の心配の通り、いくら本物しか攻撃出来なくともどれが本物か見分けはつかない。四人の中から本物を当てるのは難しいだろう。一方で海炎は再び両手に水の塊を生成し、準備を整える。

 そして分身たちが動いた。四方から一斉に迫り、一気に勝負を決めにいく。


 左右前後──。各方面から拳を構えて近付く太士。それを前に海炎は冷静に対応。

 まずは左右から迫る二人に先ほど生成した水を放つと、水に触れた瞬間姿が消える。


 次に前方の影に向かって突くような蹴りを入れた。こちらもスッと姿を消し、分身だと明らかになる。これで、残る一つの影が本物のはず。


 決まった──。そう思いながら床を蹴って急制動。身体を捻り、瞬時に方向転換をして後ろから迫る最後の一人に打撃をかます。だが──



「なっ……!?」



 その攻撃は空振り、予想だにもしない展開に海炎はそのままバランスを崩して転ぶ。

 今し方攻撃したのは最後の一人のはず。しかし、その姿は一瞬にして消え、分身は他にはどこにも見当たらない。一体本物は──?



「海炎さん、上ー!!」

「……っ!?」



 外野からの声。それの意味を脳が理解する頃にはすでに、時すでに遅し。

 太士は海炎の直上から現れ、倒れた隙を狙い手刀を背中に打つ。痛みも感じない軽い一撃ではあったものの、勝負は決まってしまった。



「俺の勝ちです」

「……ふっ、つあぁぁぁ! また負けた! 天井に分身を隠すとかずりぃぞ、それ!」



 戦いの終わりを察すると、戦闘体勢を解いて海炎は悔しさを爆発させて床に寝ころぶ。

 ツートップ同士の戦いは、サムライローブの勝利に終わる。太士のもう一つの異名である町一番の喰魔狩人の名は伊達ではないことが分かる一幕であった。



「お二人さん、お疲れ。良い試合だったよ」

「対策はしたつもりだったんだけどなぁ……。勝負するたびに強くなっていきやがる」

「それは海炎さんも同じです。正直なところ、分身を一気に消された時は俺も一瞬焦りましたから」



 お互いに健闘をたたえ合うと、太士は手を差し伸べ、海炎を起こした。

 常に無愛想な顔の太士も、心なしか表情が柔らかく見える。海炎ほどの喰魔喰ならば彼の感情に変化を起こさせられるのだろう。


 そう思うと、千癒は自分の能力がどんな物なのか改めて知りたくなった。自分の能力は太士の感情を左右させられるほどの力があるのか。その欲求が急激に強くなったのを実感する。



「はい、そういうわけで、四國さん。太士君の能力、分かった?」

「え、あ……。うーん……」



 唐突に話を振られ、一瞬焦るもすぐに考えにふける。

 試合前の体重測定、薙川が度々発した『今が丁度良い』等の発言。そして今し方の戦い──。以上のことから、千癒の中にある過去の喰魔喰たちのデータを元に、太士の異能力を推測する。



「もしかして、太れば太るほど身体能力が上がっていくタイプの強化系?」

「ファイナルアンサー?」

「は、はい。ファイナルアンサー」



 これ以上の翻意をしない旨を確認すると、その答えをすぐに発表……はせず、ゴゴゴゴゴという謎の威圧をしながら溜める。

 ごくりと唾を飲む千癒。もっとも、外れたところで罰が下るわけでもないが。



「うーん、残念不正解。その回答は惜しいとこいってる。それじゃ正解発表ね」



 やっとのこさ薙川が口に出したのは不正解。しかし、近からずも遠からずといったところらしい。

 正解発表として出したのは先の体重計。それに太士を乗せさせて再度測定。すぐに結果が出た。



「太士君の現体重は……95キロ!」

「……あれ、減ってる? いや、でも分身するくらい動いたわけだし、少しは減っててもおかしくないか。でも、短かい時間でこんなに体重落ちるものなのかな……?」



 最初に体重を計測したのはおおよそ五分前。たったの五分で三桁台もあった体重が二桁にまで減少するなどありえない。

 困惑を隠せない千癒に薙川はさらに謎を増やす。



「はい、次ね。さっき太士君が火傷したの覚えてる?」

「あ、そうだ。火傷大丈夫だっ……た? あ、あれ。火傷が……消えてる?」



 太士の腕を引っ張るとその手を千癒の前に出させた。

 そこはつい先ほど海炎の熱湯を受けて赤くなったはずだが、今は赤さなど微塵もない健康的な肌色をした手がそこにある。

 急に痩せたかと思えば、今度は怪我まで治っている。もはやわけが分からなかった。



「正解はね『ある物を変換して身体のあらゆる能力を上昇させる』のが太士君の異能力なんだ。身体能力から自然治癒力、果てには五感の強化まで。強化系では最強クラスの異能力さ。んで、そのある物っていうのが……」

「身体中の脂肪やエネルギー。俺が太っているのは、その能力をいつでも使えるよう常に蓄えているからです」



 ついに判明する太士の能力。サムライローブとして、この町一番の称号を欲しいままにしている者の能力が明かされた。

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