第9話 第三の異能力とは何か

「どの分類でもない……ですか?」

「ああ。その通りだよ千癒さん。少なくとも私が今まで見てきた喰魔喰の中で、君だけはいずれの型にも当てはまらない。唯一の存在だ!」



 薙川が出す回答。それに対する千癒が見せる反応は、困惑そのものだ。

 何せ期待していた能力は分からず、おまけにどの型にも該当する物がないという特異中の特異。それが自身に宿っていたというのだ。驚かない方がおかしい。



「博士、お言葉ですがそれは流石に信じられません。該当するタイプが無いなんてことは喰魔喰にはないはず。単に機械の不調ということでは?」



 ここで太士が会話に参加。異論を申し立てる。

 そう思うのは千癒も同様だ。喰魔喰がこの世に現れてから四十年以上が経過。その間に二つのどの型に当てはまらない特異な能力の出現など前例が無い。もしかすれば検査のミスなのかもしれない、そう思っている。



「私も最初はそう思ったさ。でも再度確認をする度に、それが間違いなんかじゃないと分かるだけだった。千癒さんは間違いなく喰魔喰で、能力の断定がつかないとても珍しい人なんだよ。これも、第二世代に移行した進化なのかな?」



 嬉々とした表情でこの結果をあからさまに喜ぶ薙川。仮にも博士号を取得し所長という役職に就いている者。その人物が嘘をつくようなことをするはずはない。


 認めざるはを得ないが、どうやら千癒という人物の保有する異能力は人類の誰もが見たことのない物で間違いはない。喰魔喰オタクに降り注いだ奇跡である。



「そ、それで、私の能力はどうすれば判明するんですか……?」

「分からない」

「え?」

「うん、分かんない。自力で探り当てるしかないね」



 だが、一方でどうしようもない現実がそこにはあった。

 それは千癒本人の能力は結局不明のままだという点。いくら唯一無二の異能力を備えていても、発現しているかどうかすらも分からないために詳細は不明。薙川の頭脳を持ってしても打開策は自力で探すという初歩的なものだ。


 期待してラボの検査を受けたというのに結局能力は分からず終い。自分が希少な存在だと判明した嬉しさの反面、現状は何も変わっていないことに千癒は肩を落とす。



「とにかく、千癒さんの特異能力はもしかすれば世界初の発見になるかもしれない。近い内に論文にまとめたいと考えている。協力をしてくれるかな?」

「はぁ、論文……論文!?」

「ああ、だからさらなる精密な検査のためにもうしばらくここに居てほしい。大丈夫、ちゃんと食事や休憩時間は用意するし、不当拘束にならないよう遅くても十八時までには海炎君同伴で家に返すのも約束する。どうかな?」



 そんな千癒の珍しい体質に目を付けた薙川は、このチャンスを物にしようと様々な条件を突きつけてくる。

 仮にも博士号を持つ者として、この千載一遇の機会を逃すわけにはいかないのだろう。持てる権限を全て行使してまで彼女を引き留めようと奮闘する。



「……分かりました。でも、その前に一つ聞いておきたいことがあります」

「ん、なんだいなんだい? 私に分かることなら何でも訊いておくれ」



 多少悩んでから下した答えは了承だ。これから行われる精密な検査をするのを認める旨の言葉だが、それを承認する前に薙川へ一つ訊ねる。



「可能性として、その再検査で私の能力が判明するということはあるんでしょうか?」

「ああ、十分以上にあるとも。現にそれに近い例がいくつもある。能力再検査は新たな発見をする可能性が十分に考えられる。やって損はないよ」



 それを聞いて、千癒は少しばかり安心した表情を浮かべる。結局不明だった能力も再検査を経て判明する可能性が出たことに安堵しているのだろう。

 とにもかくにも、千癒の再検査は本人の意志により決定する。未知の能力が判明するよう今度こそとばかりに期待をしておくことにした。



「……それじゃあ、俺はこれで」

「ああ、朝から五万もの大金を稼いだんだ。帰り道は気を付けたまえ」

「えっ、五万!? 剣崎君、今日どんだけ喰魔倒したの!?」

「四國さんには関係ありませんので。では」



 事の行き先を一通り見届け、そそくさと帰る準備をする太士。去り際に薙川からさらりと今回の換金総額をバラされてしまう。

 次の稼ぎ時である五時までどう暇を潰すかを考えつつ、ラボを後にした。











 時刻は午後十二時。昼時である。

 午前を何とか潰し、本日の昼食として選んだのはラーメン。行きつけのラーメン屋へと足を運び、カウンター席へ着いて早々舐めるようにじっくりとメニューを拝見。トッピングからシメまでを選択、そしてオーダー。


 周囲に漂うあらゆるラーメンの芳香を鼻で楽しみながら、出来上がるのをただ待つという至福。これもまた、真の食す者のみが感じ取れる感覚だ。

 そんなを贅沢を味わいながら、今朝の出来事について少しばかり思考を巡らせる。


 四國千癒。二つある能力系統の内、そのどちらにも属さない新たな系統の能力を宿した少女。あの薙川が太鼓判を押したということは、間違いはないはず。


 二度も迷惑をかけるだけでなく、あまつさえ自分に関わろうとする厄介な存在。そんな人物がまさか、ある種の才能に恵まれた者だとは思いもしなかった。



「……第三の型か。一体どんな能力なんだろうな……?」



 当初は千癒の能力などこれっぽっちも興味は無かったが、新種の能力を持つともなれば話は変わる。多少ではあるものの、彼女の能力に興味が湧いた。


 これまで喰魔狩人として活動する中で様々な能力者たちと出会って来たが、そんな彼らを越える異能をあのクラスメイトが持っているという可能性。薙川のような研究畑の人間ではないにしろ、実に興味深い。



「あ~い、濃厚こってり豚骨ラーメンチャーシュー特盛り海苔増しライス大盛り付きの方~」

「む、はい。俺です」



 色々と考えにふけっていると、注文の品が完成した模様。先ほどまで考えていたことは一旦横に置いておき、年配の女性店員が持ってきた丼二つを手元に寄せる。


 頼んだのは豚骨ラーメン。瑞々しいネギを散らした白いスープに沈む太麺、器の内側を囲むようにトッピングされた十枚もの自家製厚切りチャーシューと海苔。それの相方として加え入れたのは、新米を使った炊き立ての大盛りライス──。


 そのカロリー総量は計ってはいけない。知ったが最後、もう普通の食事は出来なくなるだろう。



「すゥ──、はぁー……。良い匂いだ。いざ、いただきます」



 先ほどまでの考えは横に置いておき、早速ラーメンに手をつける。

 あらゆる味覚を凌駕するであろう至極の一皿。割り箸の割れ方を気にすることなく、最初の一口を味わう。そう、まずはスープから。


 レンゲですくったスープを口に運ぶ。長時間かけて煮込んだ結果とも言える白濁したスープの濃厚さは、その例えが指す通り味わい深い甘みを感じる。


 もはや言葉はいらない。次に白い液体の中に隠れる太麺を啜る。絡みつくスープの旨味と麺のもっちりとした食感。まさに二つの要素があってこそ一つの料理。


 寿司も焼き肉もご馳走として負けてはないが、トッピングという自由度においてはラーメンの完全勝利を認めざるを得ない。



「……美味い……ッ!」



 思わず漏れ出す心の声。食べてこその人生、先人の言葉が心と胃に染み込んでいく。

 そして、いよいよ器を囲うチャーシューに手を付けようと箸を伸ばした時である。



「あ、太士君じゃないか」

「……っ、海炎さん」



 至高の一人飯タイムは残酷にも終演を余儀なくされてしまう。

 霧島海炎とその部下数名がラーメン屋に訪れてしまったのだ。元々他の客や作業の音などで喧噪だった空間が、暑苦しい対喰魔兵団バスターズたちによって加速する。



「おっ、良いの食べてるじゃん。大将、俺もこれと同じのちょうだい」

「あいよー」

「……ちっ」



 太士のメニューを見て、あろうことかを同じ物を注文をする。

 思わぬ相手の登場に舌打ちが出てしまうが、本人には聞こえなかった模様。さも当然とばかりに隣の席に座る海炎。



「ふぃー、暑い暑い。それにしても、今日はすいぶんと豪勢だな。やっぱりフリーだとその場で収入が得られるからいいよな」

「……ここで仕事の話はしないでください。せっかくの食事が不味くなります」

「おっと、それは失礼」



 上着を脱ぎながら太士に語りかけてくる海炎。それに対する太士の反応は変わらず拒絶的だ。食事を理由に接触を拒む。


 せっかく一人でご馳走に舌鼓を打てる貴重な時間を知り合いの干渉によって台無しとなってしまった昼。いくら比較的親しい人物であっても昼時を邪魔されるのは頂けない。すぐにでも退散しようと手早く箸を動かしていく。


 しかし、ここで一つ思い出したことが。それを確認すべく、一度箸を止めて隣の美丈夫に問う。



「海炎さん。朝、博士から四國さんについて何か聞いていませんか?」

「所長から? ああ、確かに六時になったら千癒さんを家まで送ってやれとは言われてるが。あれだろ、今あの子の異能力を調べるための検査をしてるんだったか。何の能力になるんだろな」

「それだけですか?」

「そうだけど……。え、何? なんかあったのか?」



 どうやら送迎については聞いているらしい。だが、千癒が未知の異能力者である可能性については知らなそうだ。

 改めて問い直しても反応は同じ。余計な混乱を防ぐためか、まだ他の誰にも教えていないのかもしれない。



「……いえ、四國さんの能力が少しだけ気になってるだけです」

「そっか、太士君もやっと他人のことを気にするようになったか。成長を感じるなぁ」

「別に。あの人はしつこく付きまとってくるから、能力が分かったら兵団に押し付けようかなって」

「……マジで言ってんのか? あんな可愛い子と一緒にいてしつこいとしか思わないとかおかしいぞ?」



 人間性を疑われるような言われをされたが、千癒の危険性については海炎のように本名を公開しているような者には分からない問題。

 正体を隠す者にとって、一般人との接触は身分を晒しかねない。接する際は慎重にいかねばならないのだ。


 それに、太士とて千癒が美人だという認識は持っている。自ら距離を保とうとするくらいには自己管理は出来ているつもりだ。



「あい、濃厚こってり豚骨ラーメンチャーシュー特盛りライス大盛り付きの方~」

「あ、はーい、俺です!」

「あっ、よく見ればあんた、スチーム何とかの海炎君じゃない! 生で見るとより格好良いわぁ~。そうだチャーシューとライス分サービスしちゃおうかしら!?」

「えっ、マジっすか!? 助かる~! お礼代わりにサインで……」



 先程太士のラーメンを持ってきた人と同じ年配の女性店員は、接客相手が海炎と知るやいなや、トッピング分のサービスを提案した。


 さも顔の良さはここまで人生を楽にするのかとひっそりと思いつつ、残り僅かになっていた麺とチャーシュー、そしてライスを速攻で胃に納めて会計。店を後にするのだった。

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