第8話 彼女の才覚は曖昧で

 喰魔喰の朝は早い。早朝五時ともなれば、多くの狩人は起きて狩りに出ている頃合いだ。今日もまた、その例に漏れることはない。



「……ふぅ、ちょっと休憩っと」



 昨日同様数体の喰魔を狩り、一旦休憩を挟む。まだ朝日すら昇ったばかりだというのにこの時点でノルマをすでに達成。手持ちの喰石を換金すれば目標金額を越えるだろう。


 フリーランスの喰魔狩人の収入源。それは、喰魔を倒すことで得られる喰石を換金すること。朝と夕方の出現時刻は絶対に逃すわけにはいかない絶好の稼ぎ時なのだ。



「十一、十二、十三……。今日はずいぶんと集められたな」



 喰魔の体内器官である喰石は個体によってサイズが異なる。ラボで換金する時はサイズ毎にランク付けされ、報酬に影響を及ぼすのだ。


 Sが五百~千円程度で、Mが二千~六千ほど、そしてLサイズが七千円からだが、物によっては一万円以上にもなる。喰魔を倒せる喰魔喰にのみ許された、新世代の職業だ。


 現在の収穫を単純計算しても、二万以上確定と断言出来る程の収入を得た。たったの一時間でこの稼ぎ。まだ出現時間は二時間近くも残っているので、まだまだ収入の増加は見込めそうだ。


 喰魔喰に憧れを持つ者の一部はこの仕事を目的にしていると言っても過言ではない。このような効率の良い稼ぎは他に無いからだ。

 もっとも──それを出来るには相応の実力を持たなければならないのだが。



「さてと、休憩終わり。次に行こう」



 僅か数分にも満たない休憩を終え、再び次の獲物を探しに向かう。

 早くしなければ喰魔が別の喰魔喰に狩られてしまうからだ。休憩時間が短いのもそのため。


 この町にいる喰魔狩人は太士だけではない。霧島海炎率いる対喰魔兵団バスターズもこの時間でも動いている上に、ラボ直属の狩人や太士同様フリーランスの喰魔狩人もいる。


 喰魔も無限に湧き出てくるということもないので、朝の八時までにどれだけ狩れるかの勝負。生活のためにも負けられないのだ。



「──! いた」



 と、ここで次の標的を発見。すぐに刀を抜いて接近するや否や、喰魔・即・斬。

 速攻で倒した喰魔から喰石を回収し、流れるように清掃の連絡。そのまま次の獲物を狙いに町中を駆け巡る。


 喰魔狩人、剣崎太士。あざ名を『サムライローブ』。彼の朝は戦いと共に始まるのだ。











 狩りを始めてから三時間後の午前八時。この頃には喰魔の出現が止まる。それにともない、町にはようやく活気が出始めてくる。


 太士も狩人としての姿を潜め、今は一人の学生として町に溶け、町中を歩いていく。

 そんな彼の目的はラボ。用事はただ一つ、朝に集めた喰石を換金するためである。 


 ほぼ喰魔狩人の収入だけで生きている太士にとって、狩猟後の換金は必要不可欠。その日暮らしの生活をしているので換金をしない理由はない。


 それに今回は朝から機嫌が良い。それもそのはず、本日の朝狩りで得た喰石を計算すると、合計額が五万以上なのが確定したのだ。

 朝からこの金額は中々お目にかかることはない。上機嫌なのもそれが理由である。



「さてさて、朝から頑張った自分に何をしてやろうか。豚骨ラーメンチャーシュー特盛りか、あるいは寿司でも行くか……?」



 自分への褒美を考えながらラボへと向かう幸せほどないだろう。万札五枚が手元に来るのだ。流石の太士も思わずニヤけが止まらない。

 うっきうきで研究所に到着。入る前に表情をぐっとこらえ、いつもの無表情を作り、向かうはラボの換金所だ。



「失礼しま──」

「あ、剣崎君。おはよう!」

「…………どうも」



 入った途端、すっと浮かれ気分がすっかり萎える。

 分かってはいたが、まさか鉢合わさるとは思わないだろう。四國千癒である。入った瞬間、目が合ってしまった。


 この日は千癒に喰魔喰としての能力を調べるために検査をする日であるため、本人がいるのはおかしい話ではない。しかし、まだ朝だというのにこの人物は運動場のスペースでストレッチをしているなどと、誰が考えようか。



「朝、早いですね。八時なのに」

「へへへ。実は昨日あんまり眠れなくてね。起きてすぐに来たんだ」



 世間からは朝と認識される今の時刻。つい先ほどまで喰魔が出没していた危険な頃合いだと言うのに自分より先に来ていたとは……と内心驚く太士。


 例え能力が判明しても必ず狩人になれるとは限らない上に仮になれたとしても訓練は必須。


 すぐに活躍出来るわけではないと分かっているはずなのにこうして朝早くにラボへ訪れるとは、その熱意はまだまだ冷めなさそうである。



「おはよう、太士君。君の彼女の検査はもう終わったよ」

「くだらない冗談はよしてください。それよりも検査は終わったんですか?」

「技術は日々進歩するものさ。千癒さんは実に物分かりの良い子で、君とは大違いだよ。結果が出るまでここにしばらくいてもらうつもりさ」



 冗談混じりの挨拶で現れる薙川。湯気が昇るコーヒーカップを持って、二人の下へとやってきた。いつ見ても姿格好は汚いままだが。

 そんな所長曰く、千癒の異能力検査は終了した模様。ずいぶんと早く終わったものである。



「ねぇねぇ、剣崎君は私の能力はなんだと思う?」

「何の能力であろうと興味はありません。それより博士、喰石の換金を」

「あいよっと。換金所へどうぞー」



 浮かれ気味な様子の千癒の問いに対し、冷たい返答をして自分の用事を済ませようと急ぐ。


 千癒の能力がどのようなものなのかなど知る由はない。そもそも興味すら無いに等しい。喰魔喰である以上、すでに喰魔を殺せる力はあるのだから。



「もう、そんなんじゃあ誰からも信用無くなるよ? 友達いるの?」

「それで結構です。俺に仲間は必要ありません。友達もです。では」

「あ、ちょっ……!」



 最後の最後まで冷たい態度のまま、太士は千癒から離れ、換金所へと赴く。

 誰に対しても排他的な同学年の男子の背を見ながら、どこか不満げな様子を浮かべる千癒。


 相手がどう思えども、千癒にとって恩人のような存在。彼からラボへの紹介を経て、こうして検査が実施されたのだ。


 彼が喰魔喰でなければ今も喰魔狩人を夢見るだけの人生を歩むことになっていた。その点においてはいくら感謝してもしきれない程だ。



「……はぁ、私って厄介者扱いされてるのかなぁ。よし、剣崎君からの信用を得るためにも、私も頑張らないと!」

「ふふふ、太士君のあの態度は生まれ持っての性質だからしょうがないさ。ま、良い能力を出して彼に見返して貰おうじゃないか」



 町一番の喰魔喰に認められるよう気合いを入れる千癒。薙川もそれを応援してくれる。


 能力の結果が出るのがとても待ち遠しいと思う中、ふと思い立った千癒は剣崎太士のことを少しでも知るために、比較的親しそうな薙川に話を振ってみることにした。



「薙川さん。剣崎君とはどういうご関係なんですか? 炎海さんや青柳さんの時もそうでしたけど、ラボの人には結構親しそうな感じが……」

「ああ、簡単な話さ。彼は中学までは吾妻ラボが経営する施設にいてね、法定上は私の義理の弟になる。他の二人も出会った当時からのつき合いなのさ」

「施設? 剣崎君の本当のご両親は……?」



 すると、薙川は剣崎太士の過去を少しだけ教えてくれた。ラボの施設で育ったという話で、その中に出てきた彼の両親の存在について気になってしまう。


 他人の家庭事情に関わろうとするのは良いことではないが、これから喰魔喰として関わっていく間にいつか地雷を踏んでしまう事態に陥るのを防ぐためにも、失礼を承知で訊ねてみる。


 どこか後ろめたそうな表情をした後、声の調子を一つ落として話の続きが語られた。



「いるよ。ただ、今は面会も出来ないくらいに酷い状況にあってね、かれこれ数年はまともに会っていないのさ。……太士君はああ見えてとても義理堅い人だから、親や施設に迷惑をかけさせないために高校に入ってから独り立ちしたんだ。まだ遊び盛りなはずなのに健気なもんだよ」

「そう、なんですか……」



 薙川が話してくれた太士の背景は、千癒自身が想像していたものよりもずっと重いものがあった。


 病気か何かで太士の両親は動けずにいる。おそらくそれを治すために、薙川家へ養子となって若くしてプロの喰魔狩人となって稼いでいるのだろうと考えが及ぶ。


 覚悟の重さが違い過ぎることに少なからずショックを受けてしまう千癒。思わず萎縮してしまう。



「別にあなたが気にするような話じゃないよ。人は他人ひとだ。手段はどうあれ自分の意思でここまで来たことに変わりはない。そんなことをいちいち気にしてたら何も出来なくなってしまう」

「……はい」



 一通り話を聞いて意気消沈とする千癒。今後のためという体で訊いたことを少しばかり反省する。

 その反応に対する薙川のアドバイス、気にするなとは言うが、それでも心の深いところにまで衝撃は来た。


 これ以上自分の都合で太士を巻き込んでしまうのは如何なものか──そう思っていると、どこからかピーッという電子音が。



「ぬっ! 解析結果が出た!」

「えっ!?」



 その音にいち早く反応したのは薙川。どうやら異能力検査の結果が出たらしい。待ちわびていた能力がどのようなものなのか、ついに判明するのだ。


 千癒も薙川の後を追う。すると、タイミング良く喰石の換金を終えたであろう太士と鉢合う。



「あっ、太士君! 四國さんの能力検査の結果が出たんだ、一緒に着いてきてくれ!」

「興味ないんで結構です」

「いいから来なって!」



 同行拒否の意思は見せるもそれを無視して彼の腕を掴み、半強制的に連れ去っていく。太士本人も能力を使えば逃げられるというのにそれを使わないのは諦めているからだろう。

 先ほどの話のせいで居合わせるのが気まずく感じている千癒。それに介さず、薙川はラボの奥にある研究室へと向かう。



「はてさて~、どんな能力なのかな~っと」



 千癒本人よりも嬉しそうな様子でパソコンの前で作業を開始する薙川。超高速ブラインドタッチで出てくる結果を解読していく。

 それを待つ間、千癒と太士は横に並んで棒立ちの状態だ。



「…………」

「…………」



 お互いに無言を貫く。片や興味なさげに結果を待ち、もう片方は居づらさで勝手に気まずくなっている。


 何か話をして気分を誤魔化すべきなのは理解にあるが、どうも何を話しても相手方はそれを続かせようとしない意志がある。このまま黙っているのが最善手だと思えてきた中、意外なことが起きた。



「四國さん、あなたは何故、喰魔狩人になりたいんですか?」

「ふへっ!?」



 想像もしていない、まさかの出来事に思わず変な声が出てしまう。

 問いは喰魔狩人になりたい理由。誰に対しても排他的な太士から話を振られるとは思わなかった。


 思わぬ出来事に一瞬焦るも、この会話チャンスは逃させはしない。千癒は自身が喰魔狩人を目指す本心を告げることにした。



「えっとね、ちょっとありきたりなんだけど、子供の頃に喰魔喰に助けられたことがあって、その日から喰魔狩人に憧れたの。それで、ある日から自分が喰魔喰かもしれないことに気付いて、そこから本格的に目指すようになったんだ」

「……そうだったんですか。てっきりなりたいだけって言うのかと思ってました」

「それちょっと酷くない!? 私も理由無くなりたいなんて言わないから!」



 わりと失礼な返事だが、太士から投げられた言葉のキャッチボールが初めて出来た。


 喰魔狩人になれるかどうかはこの検査結果次第。それ故か少しでも認めてくれたのかどうかは分からないが、少しだけ気まずさが晴れたように気になる。


 だが、多少和やかになったこちらとは別に、検査の結果を調べている薙川の様子に異変が起きているのを太士は気付く。



「……博士? 手が止まってるように見えますが」

「…………うん、もうちょっと待ってて。少し分かんないことがあってさ。それ調べるから」

「分からないこと?」



 長い沈黙のあとに出た返事に、太士と千癒は首を傾げる。

 仮にも所長という役職に就くほどの明晰な人間が、ここまで黙りこくってまで悩むものとは何なのか。検査に異常でも出たのだろうかと心配が浮かんでくる。


 それから、もうしばらく待つも同じ。無論、千癒や太士には分かるわけがないので手助けは出来ない。ただ待つばかりである。



「……そうか、そういうことなのか」

「博士、一体何が……」



 そして、次に言葉を発したのは、解析から三十分を越えようかとした頃。ようやく算出した数枚のコピーを手に、近くの椅子に腰を降ろしていた二人の下へ近付いていく。


 渡された用紙を二人に手渡す。内容はなにやら小難しいグラフやら数値やらが記載されており、ただ見るだけでは何を示しているか何も分からない。



「四國さん。喰魔喰が持つ能力が何種類分類されているか分かる?」

「分類? えっと、強化系か超能力系かってことですか?」

「ああ、そうだ。喰魔喰には大きく分けて二種類の能力がある。今言った『強化型』と超能力系……研究者われわれの界隈では『放出型』と呼ぶそれだ」



 何を説明し始めるかと思えば喰魔喰が持つ異能力の分類について。二つあるそれの説明をしてきた。


 喰魔喰に関して知識のある者ならば誰もが知っている常識の一つ。全ての喰魔喰は『強化型』と『放出型』のいずれか一つの能力を保有している。



「特定の物質を操ったり、あるいは何かしらのエネルギー体を出して武器のように扱うのが『放出型』。身体能力の上昇や、物体に力を付与するのが『強化型』。近年では変わった異能力が度々報告に上がるが、いずれも分類的にはどちらかに属するんだ」

「……つまり、どういうことですか……!?」



 言葉を放つ毎に薙川が興奮して早口になる。それほどまでに強力なものなのかと千癒の期待も高まっていく。

 改めて自身の能力が何かを問う。薙川も自分の興奮ぶりに気付いたのか自制をかけ、冷静さを取り戻してからようやく口にする。



「四國さん、落ち着いて聞いて欲しい。調べた結果、今のあなたに能力が無いことが分かった」

「……は? な、無い……んですか?」

「いや、正確に言えば。おそらくあなたの能力は『強化型』や『放出型』でもない、かもしれないんだ!」

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