第51話

「あ、そういえば。もひとり、兄に友達がいるって聞いてるんですけど……?」


いや、べつに来て欲しいとかじゃないけど。また女の人だって聞いてるし。


「ああ、花音君のことかな? 残念だけど、ボクは学年が違うから知らないんだ。それに、急いで来たからね」


「まあ、結局家の前で不審者みたいにうろうろしてるだけでしたけどね」


「………それはそうと、キミはいつまでそうしているんだい?」


「そうして、とは……?」


何のことだか、まったく心当たりがない。


「だからその──」


すると那月さんはあたしの手を指差し、


「しっかりと握っている十宮君の手のことだよ!」



「体が弱ると心も弱るって言うじゃないですか。ですからこうしてると安心して眠れるかなって思いまして」


「ぐっ!それはたしかに正論だが……。それならボクもそうしていた方がいいんじゃないかい?」


「残念ですね……兄のベッドが壁に沿うように置かれているので……」


なかなか難しい事になる。無理やり手を取ろうとすればむしろおにいちゃんに負担をかける体制になって……。


「つまり、手を握っていられるのはただ一人ということだね……」


「まあ、現状がこうですから………そっとしておきませんか?」


「キミが得するだけじゃないか!」


「バレましたか。でも、あまりあれこれとするのが良くないのも確かですよ?」


それでもなかなか引かない那月さん。


「……しかし、ボクのほうが十宮君を安心させられるのではないだろうか?」


「いえいえ、あたしだからこそおにいちゃんはこうして安心して眠っていられるんですよ?」


こうして、あたしと那月さんの手に汗握る(それはそうと、おにいちゃんは汗をかいているけれど、あたしの手は冷たいからむしろ気持ちいいと思う)が幕を開け───


「すみません、いろいろ準備してたら遅れちゃいまして……」


──ようとしたその時、おにいちゃんの友達がネギを背負ってやってきた。


注意:ちなみにこの時の場の圧が強かったせいで蓮也はうなされていたそうな……。





「あ、初めまして、妹の真由です。兄がいつもお世話になってます」


「十宮くんの妹さんですか……?」


直接面識の無かった花音さんはあたしのことを見て驚いているらしく、持っていた買い物袋や袋に入らなかったネギを床に置くと……


「わー!カワイイですねー! 私、一人っ子なので妹や弟がいるって憧れなんですよー。ふにふにー、なでなでー」


「ちょ、やめてください!あたしがおにいちゃん以外にそう易々と……ふやーん」


「ふやーん言ってるじゃないか、キミ」


しかも手も離してしまってるじゃないか、と何か言っているようだけど聞こえない。


……それにしてもこのテクニック。並の妹なら完全にKOされるんだろうけど、あたしはよく訓練された妹。この程度でおにいちゃんに及ぶなど……。


「はーい、ぎゅー」


「わーい」


「完敗じゃないか」


ちょっとなに言ってるか分からないですね……。



話を聞くに、花音さんはどうやらおにいちゃんのために買い物をしていたらしい。


………あの、おにいちゃんはべつに一人暮らしとかじゃないですよ……?


あたしが戸惑っていると、おにいちゃんの様子を見て大丈夫そうだと安心した花音さんは、ふとキョロキョロと部屋を見渡しだした。


「い、いえ、べつに以前にプレゼントしたぬいぐるみがこの前部屋に来た時からずっと見当たらなくて気になって不安になってるとかそういうことじゃないんですよ?」


「もう全部言ってますよ……、あ。あれ花音さんから貰った物だったんですね」


「!? もしかして、今は真由ちゃんが……? ………そ、そうですよね、男の子ですから、あの時もお世辞で言ってくれただけかもしれませんし。……でも十宮くんが受け取ってくれただけでも嬉しかったですし、それに真由ちゃんが持っていてくれるのならきっとあの子も本望でしょうし…… 」


なにを勘違いしたのか、おにいちゃんがあたしに譲ったと思い込んでしまったらしい。


………はぁ……この人、バカだなぁ……。


「いえ、今も兄が持ってますよ?」


「え……!」


あたしの言葉にぱぁっと目を輝かせている姿は、まるで恋する乙女みたいだった。


まさか、ライバルが増えた……!? え、この人も……?


「ん? そうは言っても、どこにも見当たらないみたいだが……?」


那月さんはベットの上や棚の上を見ながら不思議そうにしている。


「そこのクローゼットを開けてみてください」


「ここ、ですか?」


勝手に開けてもいいんでしょうかと迷いながらも、あたしが『大丈夫です』と言ったことで思い切って扉を開く花音さん。

そこには。


「こ、これは……!」


目を見開く花音さん。


「そんな、まさか……」


その事実を受け入れられないような那月さん。


「ええ、そうです」


あたしは、驚く彼女達に、その名前を告げた。


「──よく博物館とかで見るです」


「もっと気軽に持っててくださいよーーー!」


花音さんは、大仰なガラスケースの中に鎮座するクジラのぬいぐるみの前で、今日一番の叫び声を上げた。

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