第32話 存在感をください、もしくは優しくしてあげてください

ケロッとしている真由と虫の息の父さん。

母さんの


「あなた?」


の一言でパッと生き返る父さん。

……どうやら生殺与奪の権は母さんが握っているらしい。

父さん……。



真由もなんだか無事みたいで良かった。

ところで……


「なんで2人ともここにいるの?というかここって何?」


「ここはな……」


「ここは見た通りの地下室よ」


父さんっ……セリフまで取られて……。

きっとこれは、さっきまで虫の息だった父さんを気遣っての行動に違いない。

………少なくとも、僕はまだそう信じたい……っ。


「地下室ってことは……分かってる」


「それならば……」


「それなら何が知りたいの?」


父さん!もう無理して喋ろうとしなくていいよ!

若干涙目じゃないか!


「……ええと、ここって何のための部屋?」


「地下室といったら……」


「ち、地下室といったら………?」


ちなみにさっきのセリフは母さん。

父さんはもう……。(落ち込んでしまった)


「カラオケルームよ」


「か、カラオケルーム?」


だから防音なのか……。

でも……


「で、でも、カラオケマシーンなんて無かったけど……」


僕だってカラオケ屋にカラオケマシーンがあることくらい分かる。

それにこの前行ったからな!

友達と!(←ここ重要)


「あぁ、それはここを……」


よく見ると小さなスイッチが壁にあり、母さんはそれを押した。

すると……

ガコンッ、ガッ、ガガガガ、ギィーーーー……ガチャン。


壁からゆっくりとカラオケマシーンのようなものが迫り出してきた。

これが、カラオケルーム……!


「はい、これで話は終わり。それじゃあ上に戻りましょう」


「あぁ、うん………いや、ちょっと待って!なんで2人がここに居たの⁉︎」


危ない危ない…………カラオケルームにびっくりして忘れるところだった。


「誤魔化せなかったわね……」


誤魔化すつもりだった!


「それで、結局なんでここに居たの?」


「それは……もちろんカラオケをするためよ」


「へ?」


「そうよね、あなた」


「………」


返事がない。ただのしかばねのようだ。


「あなた?」


「はい!まったくもってその通りでございます!」


「ね?」


なるほど、何が‘ね?’なのかさっぱり分からん!

番組とかなら、たぶんここで“父さんは特別な訓練を受けています”っていうテロップが出るだろう。

出ないか。

まぁ父さんはほっといて……

つまり、2人がカラオケをしようと思って地下室に来たら、ちょうど僕たちが急いで出てくる所で、

運悪く開き戸に挟まれて力尽きた父さんは、母さんによって再び沈黙させられた、と……。

うん、後半はいらなかったな。



でもまぁ、そうか……そうだったのか……


「さぁさぁ、これでスッキリしたでしょ」


「うん」


「それじゃあ上に戻りましょうか」


父さんを引きずって階段を上る母さんに続く僕と真由。


「というか、地下室なんてあったんなら言ってくれればよかったのに」


そうしたら1人カラオケなんて行かなくてよかったのに……。


「あら?前にちゃんと言ったわよ?」


「えぇ⁉︎」


いつ⁉︎


「“蓮也、帰ったら……ずっと秘密にしていた地下室を……見せるからね”って」


どこの巨人だよ!


「まぁ、冗談はさておき」


「冗談だったの⁉︎」


母さんの冗談は分かりにくいんだよなぁ……。


「あら?やだ、お湯沸かしっぱなしだったわ。急がないと」


「母さん!」


足早に階段を駆け上っていく母さん。

父さんがいるのを忘れないで!

走らないであげて!


「はぁ……」


「大丈夫?おにいちゃん」


「あぁ、ちょっとツッコミ疲れただけ……」


「そ、そうなんだ………あ、あのね……」


「ん?」


「さっき、」


さっき?


「私、重くなかった……?」


重くなかった?


「お、お姫様だっこのとき…………」


だんだん声が小さくなる真由。


………ええと、


「お姫様抱っこって?」


記憶にないんですが………


「⁉︎……し、信じらんない!おにいちゃんのぼ……ばかぁーーー!」


真由⁉︎

今ぼっちって言おうとしただろ!

真由ーーーー!


全力疾走で階段を駆けていく真由。

母さんをも追い抜くほどのスピードで。

……父さんを避けずに。



「ぐほぁ!」


父さん!

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