第41話 世界の異変②

 終礼後、アルヴァートと約束した場所に向かおうと教室を出た瑞樹の元に、一通の電話が届いた。

 相手はニーナ。しかし今回も彼女を連れていくつもりであったため、その電話は良いタイミングだった。


『ミズキ、ミズキ! 大変なことになった!!』


 恐らくニーナも、アルヴァートが感じたものに似た何かを察したのだろう。あるいは、同じものかもしれない。


 相変わらず音割れが起きている。ニーナの生声は煩くなく、落ち着いて聞くと透き通るような綺麗な声をしている。だから音割れはしないはずだが……残念ながら瑞樹には、電話を片手に興奮が抑えきらないニーナの姿が容易に想像できてしまった。

 だからこそ、拳1つ分スマホを遠ざけているのだが。


「そうだな、一回落ち着こうか」


 一旦間が空き、その間電話口から深呼吸する音が数回聞こえた。


『でも本当にどうしよう。こんなの、私じゃ戻せないよぅ。魔法……ミズキ、何とかして!』


 その声は大きい訳では無いが、今にも泣きそうな様子なのが伝わる。

 泣き声は音量こそ小さいものの途切れる時間が短いため、結果としてずっと話し続けることになり、それはそれで煩かった。


「……あぁ、その事での話がある。今すぐ学校に来てくれ。場所は覚えてるよな? 俺がいるのは……いや、来たら分かる」

「それはいいけど……お、怒らないでね?」

「何を言ってるんだ、お前は。それより何も――」


 ――問題は起こさなかったよな。そう言おうとした所で通話が切られた。


「ま、いっか」


 とりわけ、掛け直す程の内容でもない。

 ひとまず電話が教師に見つかっていないことを確認すると――瑞樹とて、校則違反で罰されない訳では無い――集合場所である校門前に向かった。




「はぁ、はぁ。お待たせ……。疲れたぁー 」


 ニーナはすぐに来た。随分急いだのだろう、全身で呼吸している。この暑い中、しかし全力疾走しても汗をかいていないのは、走った距離の短さからか。ゆっくり歩いて5分足らずの道のり。これだけ速ければ、汗をかく暇もないだろう。


「いや、違うな、あれは魔法か。昨日使ったのと同じだ」


 瑞樹が見たのは、ニーナが到着する瞬間までのほんの一秒未満。しかしその一秒で瑞樹は、人間の出しえない速度で走るニーナを見つけたのだ。

 なんの魔法かは分からず、知っているものを言っただけだったが……。


「お、正解ー。でも残念、ご褒美はないよー」

「そんなもんはいらん。それよりニーナ、ここに違和感を感じるか?」

「どんなの?」

「俺は感じなかったんだが、アルヴァートさん曰く、何らかの流れが一点に集中しているらしい。話だと魔法と似ているように思えるんだが、どうだ?」

「……アルヴァートさんって呼ぶのは止めた方がいいと思う。私も禁止されたから。で、なんだっけ。魔法? うーん……あ、見つけた」

「……あるのかよ」


 ニーナは瞳を閉じた状態で、校内を指差して言った。その直線上には、やはり理事長室がある。

 理事長室がどうなろうと、瑞樹の知ったことではない。どうせどの部屋よりも丈夫で安全性は高いだろうし、心配するだけ損だと思うから。

 中で何が起ころうと、多少部屋が荒れたりはするだろうが、それ以上の被害はないだろうと予測していた。


「ねぇ、もしかしなくとも、これって危険なんじゃない? 何とかしないと!」


 そう言って走り出そうとするニーナの腕を掴み、制止させる。


「待て、危険なんだろ。なぜ向かおうとするんだ」

「中に人がいるんでしょ? 助けないと」

「それに関しては問題ない。あそこにいるのは唯一人――理事長だ。……あいつに危険が及ぶとは、到底思えない。そもそも、もう帰る頃だろう」


 理事長は、社長出勤の癖に帰るのがやたらと早い。早いと言っても、生徒が帰宅し終わるまでは残っているが。但し部活生は除く。

 業務効率が良いのだろう。でなければ、あれだけ早い時間には帰れまい。


「それよりあれは何なんだ? やはり魔法か?」

「そう。私だから分かる。あれは難しい魔法を使う時と同じ。でも人が使う魔法じゃなくて、自然の力で勝手に起きるもの。あれは、私にも出来ない」


 ニーナが解ってアルヴァートに解らない。その差があるとすれば、使える魔法の規模。魔法に対するスペックの大きさだろう。


「自然災害で間違いないか。だが俺のやることは変わりないと」


 アルヴァートを待ち、調査する。それは確定事項だ。


「アルヴァ……彼を待つ。中に入るが、行動はそれからだ。……なんて呼べばいい?」

「ミズキも『おじさん』って呼べば良くない? たまに呼んでたじゃん」

「そうだな。若干抵抗があるが……」

「あと敬語も止めて。おじさんが慕われてるみたいで、なんか嫌」

「普通はいい事だと思うんだがな」


 ニーナの息も整ってきた。魔法について軽く情報を得ながら待つ。

 校門の前の花壇に腰を下ろしているので帰宅する生徒の目を高確率で引くが、待ち合わせ場所としてよく使われているため、奇怪な眼差しは含まれていない。

 その眼差しは恋人同士を見るそれだったが、瑞樹の脳内は魔法の理論考察が大部分を占めていたため、呪いの込められた視線には気づかなかった。


 アルヴァートが瑞樹達の元に着いたのは、それから30分後のことだ。




「待たせたな」

「ええ、ずっといるものかと思ってました。貴方にも予定があるんですね」

「予定と言うほどでは……いや、予定だな。予定を変更してきた。ところで、後ろで隠れているのはニーナだろう? 君も来てたのか」


 瑞樹の背に隠れているつもりらしいが、隠せているのは一部だけで、そもそも隠れる瞬間を見られていたため、全く意味を為さなかった。


『ねぇ、ミズキ? 敬語は無しって言ったよね』

『忘れてた』

『今から全部、普段通りの口調ね』


 瑞樹の思考にニーナの思考がリンクする。言葉を介せず意思疎通を図るための、いわゆる念話。

 アルヴァートを待つ30分の間に感覚を思い取り戻した魔法だ。

 互いに肌に触れ合う必要があるが、利便性故、内密な伝言など幅広く使われている。


『何回やっても慣れないな。酔いそうだ』


 瑞樹のイメージでは、意識内に共通の部屋を作りそこで会話をしている感じ。脳が揺らされ、ジェットコースター後のような不快感に陥る。長時間は保てない。


「喧嘩中らしかったが、それが原因なんじゃ? あと、敬語は無しでお願いします」

「あ、あぁ。好きにしてくれて良い。それより大丈夫か? 苦しそうだぞ」

「お構いなく……」


 とはいえ、なれない方法での二人の会話の処理。人間という生命である以上、身体への異常な負荷は痛みとして行動にリミットを設けてしまう。


「それじゃあ出発するが……見つからない策はあるのか? 別に俺だけで行っても構わないが」

「問題ない。魔法が使えるんだ、どうとでもなる」


 すると、アルヴァートは小さく何かを呟いた。直後、彼の存在が探知しずらくなった。いることにはいる。しかし影が薄い――薄すぎて見えないレベルまで、存在感がなくなった。


「ニーナ、君も使うんだ。彼も困っているだろう?」

「……分かったよ」


 そしてニーナの影も薄くなる。


「確かにこの状況にピッタリな魔法だ。すごいな」

「そっか、ミズキには使えないんだったね」

「ああ。ま、その必要もないけどな」


 意識の外から声が聞こえる。注意すると、そこにニーナがいるのが分かる。認識できる。


「よし、行くか」


 三人はほぼ同時に校内に足を踏み入れる。


 それが予定よりも早く起きたのは、その瞬間だった。

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魔法使いは異世界科学に出会う 松方雫 @matsukata

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