第37話 訪問者③

 その後、瑞樹とニーナは昼食ついでに観覧車の様子を確かめるべく、再び海浜アウトレットモールへと足を運んだ。


 巨大観覧車はその巨体故ある程度距離が離れていても目視できるのだが、地上の様子等、近づかなければ見えないものもある。だから食後すぐに中央へ向かったが、立入禁止の看板と共に三角コーンと棒で仕切られ、先に進めないようになっていた。


 警備員が見回る中侵入する気にはなれず、二人は軽い魔法の実験を終えると、家へと引き返すことにしたのだった。



 そして現在帰宅した二人は、瑞樹の部屋でパソコンに視線を向けていた。

 USBに保存した監視カメラ過去七日分の映像。カメラの数が多いため、重要そうな場所をピックアップして早送りで流している。


 映像のほとんどは無意味な風景ばかり。そこに変化が訪れたのはおよそ67時間前、すなわち、木曜日の午後8時過ぎだ。


 瑞樹にとって見覚えのある――つい最近体感した激しい光が、パソコンの画面を襲った。


「これは!?」


 忘れられない。

 忘れられるはずがない。

 この光は、ニーナが転移した時の前兆と同等のものだ。それは部屋の内部が見える画面中を覆い尽くした。


 「おじさん」が転移してきたことは解っていた。それ以外考えられないし、そうでないと辻褄が合わない。そして、その裏付けが今とられた。


「ニーナ、この光についてどう思う?」


 画面を一時停止して尋ねる。話を振られたニーナは訝しげな表情を浮かべなら、


「どうって言われても……。めっちゃ眩しい、とかでいいかな?」

「……答え方は考えてなかったが、まぁいいか。じゃ、次の質問だ。この後、何が起こると思う?」

「えぇー、なんだろう?」


 腕を組み、うーん、と唸る。考えること数秒。


「わかった! 火事だ!」

「おそらくは正解だろうな。だが俺が思うに、その根源が映る。だから良く見ていてくれ」


 瑞樹は動画を再生した。眩い光、それが収まると、次第に画面が振動し始めた。

 地震――ではない。振動しているのはカメラ自身。つまり建物自体が揺れている。


 原因は瑞樹の予想した通り。だから簡単に分かった。

 建物内部で発生した突風である、と。


 映像を切り替え、地点ごとに見比べる。当然、震えの大小に差はある。それらを注意深く観察し、そして気づく。


「あいつの転移先は二階だったのか。振り幅が最大なのはこの映像で……この景色。はっ、あの部屋の真上かよ。となると出火元も二階か? どちらにせよ、何かが映るはずだ」


 ニーナの転移先であるこの家も二階であることと関連させようとしたが、情報量が多くなりすぎたため、後回しに決めた。


 振動が収まる、次の瞬間――




 それは一瞬の出来事だった。

 瑞樹の目の届かない建物の内部で、黒石が出現したのは。


 その現象を正確に表すなら、極めて特殊な環境下でのみ形成する物質が、環境条件が揃ったことにより形成した、と言ったところ。


 ただし全くのゼロから生まれた訳ではなく、原料となる二つの世界の粒子が、空間が捻じ曲がることで生じた圧力により、元々その場所にあった金属を触媒に、驚くほど速く生成しただけの話。

 それを知る者はいない。たとえ予想出来たとしても、それが事実であるという、証明のしようがないのだから。


 瑞樹は黒石が、魔法の使用を促成させる作用を持つことに辿り着いた。恐ろしく軽く、地球上の物質ではないと知った。瑞樹の知識にない物質を含んでいることが解った。


 しかし極端な話、それだけ。

 瑞樹は知らない。石の中心では常に素粒子が振動しており、僅かに熱を生み出し続けていることに。

 瑞樹は知らない。黒石同士が集団で近くにいると、振動が共鳴し合うことに。

 瑞樹は知らない。熱伝導率が非常に高く、共鳴により加速度的に上昇した温度が、小さな衝撃で発火に至ることに。


 結果、建物内全域に黒石がちりばめられ、熱を溜め続け。


 男が確認のための魔法の試用を引き金に、一斉に火災が発生したのだった。




 建物全体が同時に燃焼開始する。その不自然に気が付かない瑞樹ではない。

 より一層、画面に見入る。


 多くの画面がしばらくしてスノーノイズに見舞われた。残る映像は外側からの物、それと、火事の影響を受けなかった一室の外のみ。

 しかし、映像の途切れたものはどれも屋外を映したもの。調査に支障はない。


「お、出てきか」


 やがて、ボロボロの服に身を包んだ男が、部屋の窓から顔を出した。

 下を覗き込み、熟考する。何を考えたのか、瑞樹にはそれが容易に想像できた。それはきっと、自分も同じ行動をとるだろうなと思ったから。


「跳んだ!」

「跳んだな」


 地面は硬くない土であり、高度も3メートル強と不可能ではない数字。

 あとは本人の気持ち次第だが、背に腹はかえられない。炎に突っ込むよりは生存率が高いと考えたのだろう。


「……話では問題はこの次、この行動が部外者の無断侵入だと判断されたことだが」


 確かにそう見えないこともない、そう思う瑞樹である。

 加えて、理事長曰く、侵入者対策はバッチリらしい。優秀な防衛装置なのだろう。つまり、人間の判断とセンサーによるAIの判断が高確率で一致するということ。


「もう、あれは不審者でいいんじゃ……」


 ニーナの結論と人工知能の結論が重なった。


「そう認識されたらしいな。冤罪――仕方がない面があるのは否めないが――で、あの仕打ちは、いっそ哀れにも思える」


 見事着地に成功した男は、問答無用でレーザーによる熱線を浴びせられた。ギリギリで躱しているため、直撃はない。しかし焦げた地面を見ても解る通り、威力は凄まじい。

 何とか範囲外に逃れて反撃を試みても、何せ速すぎる。どこから飛んでいるのか、検討もつかなかった。


 男の表情は見えないが、肩で息をしているのはわかる。

 監視カメラに映ったのは壁を伝って敷地を出るところまでであり、その日は姿を現さなかった。


 瑞樹は考える。彼はこの後どこに向かったのか。どのようにして火事が起こったのか。あの建物とこの家の共通点は何か。そもそも魔法とは何か。

 溢れる問いは、湧き水のようだ。


 食事に行った――金がないのに?

 魔法で燃えた――同時出火するものなのか?

 同じ二階――他の家はどうなる?

 科学で説明出来ないもの?――抽象的すぎる。


 解りそうで解らない。パズルのピースを無くしたようなもどかしさを感じる。


(100%ピースを揃えなければならない。……本気なのか?)


 どうして涼太は以来達成だと判断したのだろう。データが足りず、合格の条件を満たしているようには思えなかった。

 それから数分間は画面と睨み合っていたが。


「あー、くそ。止めだ、止め。今考えても答えを出せる気がしない。これは明日に回す」

「賛成。目がパサパサするよぅ」


 瑞樹の宣言は、目を擦りながらのニーナの首肯によって決断された。

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