第18話 天空の風車①

「おい、あんま俺から離れるなよ?」

「だ、大丈夫だよー」


 今にもどこかへ歩いて行きそうなニーナに忠告を入れる瑞樹。


 今のニーナは動物の着ぐるみでもいたらついて行きそうな雰囲気まである。そうじゃなくても勝手気ままに店に突入する可能性が無くはない。


 これからが買い物の本番だ。必要なものはまだ半分と買っていない。

 瑞樹は気を引き締めた。


 少し歩き、見えてきたのは日用品を安く売ってる有名店。迷わず足を踏み入れる。


「ねぇ、ミズキ? この店あんまり面白そうじゃないんどけど……」

「そういうもんだろ」


 そうは言うが事実売っている商品の見栄えは良いとは言いきれず、微妙とと言われればそれまでだった。


 そんなに面白いのが見たいのなら好きにしろ! と言いたいところだが、それが出来たら瑞樹もこんなに苦労しない。

 はぐれて困るのは瑞樹なのだ。


「ねー、やっぱり服買おう! スイーツパフェでもいいよー!」

(パフェとか買ってたのか。通りで……)


 やけに財布の中身が少なくなっていたのを思い出す。

 それにしては金の減りが早すぎたから、恐らく買ったのはそれだけではないだろう。


(珈琲店の事もあるし……)


 瑞樹はニーナの腹の容量に驚愕する。


 ――ニーナの胃を通じて異世界と繋がってるんじゃないのか?


 いっそそんな考えまで浮かんでくる。それほどまでに、使われたであろう金額で食べられる量は異次元めいていた。


 買い物かごカートを押しながら、必要としそうなものは次々とかごに詰め込む瑞樹。あるのは早く選び終えるという意思だけ。

 変にニーナを刺激して魔法で目立つ流れは、どうしても避けたかった。


「厄介すぎるだろ……」

「ん? 何か言った?」

「ああ、頼むからもう少し落ち着いてくれ」


 気になったものは迷わずかごに入れるため、買う買わないの選別など行わない。


 そのおかげあってか瞬く間にかごは一杯になるが、なんと言っても買う予定のものが多すぎる。


 食器、箸、毛布、歯ブラシ……。

 大小構わず次々に購入決定したせいで、レジに通す時には二つのかごにも収まりきれていなかった。


「……本当にこれ、必要なのか?」


 そうは言ったものの、それを見つけたのはレジに通した後のことで戻すに戻せない。

 瑞樹が手に取ったのは、片手に収まる程のサイズの達磨だるま。両目が入っているのでお土産用だろうか。確かに玄関の置き物としてはちょうど良さそうだ。


「なんか可愛いでしょ。だからいるんだよ」

「そんな理由だろうとは思ったけどさ」


 その価値観は、瑞樹には全く理解できないものだった。


 この日の買い物はまさに衝動買い、店員がしばらく棒立ちしたまま瑞樹の呼び掛けに答えられなかったのも、無理はない。


 急いだ甲斐があり、瑞樹の予定よりもだいぶ早く終わらせることができた。


 売っていなかったものを探すためにこの後数件程見て回るつもりではあったのだが、入った店が優秀すぎたらしい、買う予定のものは全てこの店の商品棚に並んでいた。


 スーパーマーケットに並ぶ売り場面積のため期待はしていたが……。


 天井のガラス窓から差し込む日差しはまだ高く、ニーナの要望にしっかりと応えることができた。

 瑞樹の頑張りが伝わったのか、途中から瑞樹の隣で愚痴ぐちを零すことも無くなり……。


「お前、何か隠してるだろ。おい、今度は何だ?」

「え、え、え、えーっと。な、何のこと?」


 ニーナは声を震わせ、どこか遠くを眺めている。頑なに瑞樹と視線を合わせようとしない。


「この中か」

「えー! なんでわかるの!?」

「……やっぱりかよ」


 当てずっぽうで隠し事の正体が詰めたばかりの袋にあることを特定した瑞樹だったが、その数と探しにくさから後回しにせざるを得ない案件となった。


「盗ってないよな?」

「盗ってないから!」


 どうにも不安を拭いきれないでいる瑞樹だが、流石にニーナが犯罪に手を染めたとは思いたくない。

 そうなれば瑞樹も共犯者だ。

 もはやニーナを信じるしかあるまい。


 必要な物は全て買い終わり、本日の目的を達成した瑞樹だが、ここに来て最大の失敗を犯した。


「えぇ、この紙切れ要らないの? せっかくもらったのに……」


 瑞樹の捨てたを拾い、ニーナが言う。瑞樹が捨てたのは四つのエリアの中央にある観覧車の、無料乗車券だ。


 五千円につき一枚貰えて、十枚で一回分という買い物を抑制させる悪魔のチケット。有効期限は一日限りだ。


 無理して二万円分も買わなくても五百円で乗ることが可能なため、集める人はほとんどいない。


「残念だが九枚しかないぞ。十枚ないと意味がないんだ」


 これの卑怯っぷりは値段だけでなく、五千円分を一度で購入しなければ貰えない点だ。

 例えばニーナの服にもいくらかかかったが、それぞれを異なる店で買ったためチケットはない。


 ――のだが。


「あー、それなら一枚持ってるよ。使い方は分からなかったけど、綺麗だから持ってたんだよねー! これでしょ?」


 ニーナはなんの前触れもなくポケットから取り出した。


「そ、そうだが……。北で、だよな?」


 北とは当然、北エリアのことだ。

 彼女がチケットを手に入れられる機会は、その時以外ない。それはつまり、五千円分以上をどこかで食べたということ。


 そんな状態で巨大オムライスを注文するのだから……末恐ろしい。


 このやり取りが行われたのは、よりによって観覧車の受付の真正面。

 荷物が重いからと、降りた駅に最短距離で向かったが故の不幸だった。


 その様子を受付の係員は見ていたようで、乗車を瑞樹達に勧めようと声をかける。


「お客さん、十枚集めたんですね! いやぁ、まだ若いのに随分な金持ちで。彼女さんのために頑張ったんでしょう。僕にもよく解ります、すごく解りますとも。それで、当然乗りますよね?」


 働く者としての態度はいかがなものかと思うよりも先に、乗ることが決定されたような話の進め方に瑞樹はついていけずにいた。


 凄まじい饒舌じょうぜつ、しかし不快感はない。――が、先手必勝とでも言いたげな話し方に瑞樹はつい圧倒されてしまう。


 声の出せないでいる瑞樹に代わって勝手な判断を下したのは、毎度の如くニーナだ。


「はい、勿論乗ります! 今すぐに!」


 ニーナの身勝手さに瑞樹は我に返った――時には遅すぎて。


「おい、待て。勝手に――」

「そうですよね! ところで荷物が多いようですね……。今ならプラス百円で広い部屋を選択できますが……」

「変えます! 一番広い所に!」

「毎度、有難うございます!」


 係員の言葉に負け、瑞樹は百円とチケット十枚を係員に受け渡すこととなった。

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