第16話 海浜アウトレットモール⑤

 喜多嶋の愛の告白にニーナが即答し、瑞樹は溜息をつき、五十嵐と矢津は二人揃って腹を抱え大爆笑する。


 この上ないほどの緊張の賜物なのか、自己紹介すらない。というか切り出し方から内容まで、色々とすっ飛ばし過ぎている。

 そして頭をぴったり四十五度下げたまま動かなくなってしまった。


 ふと瑞樹と目があったのは、レジから隠れて顔を覗かせたバイトらしき女性。

 瑞樹が目を細めると、慌てて奥に引っ込んで行った。


 瑞樹の見立ては正しかったが、隠れていた割には障害物が小さ過ぎた。


「ミズキ、これどうする?」

「そうだな……。どうする、五十嵐?」


 取り扱いが面倒になった瑞樹は、笑って止まない五十嵐に振る。


「俺かよっ。まあ起こしてもいいんじゃね? それよりも笑い過ぎて腹いてぇ!」


 という言葉に従って、面倒くさくなることを確信しつつも渋々——と言いつつも積極的に——喜多嶋を前後に揺らす。


「はっ! いつの間にこんなところに……!」

「いや、そういうのはいいから。お前結構盛大にふられてるからな」

「なっ、まじかよ」

「そうだぜー喜多嶋。うん、楽しかった!」

「でもせっかく作ったカンペが無駄になったな。まあお前じゃ元々無謀な挑戦だったんだよ」


 次々と事実を伝える三人。しっかりと煽っていくのも忘れない。

 その言葉の一つ一つが鋭いトゲとなって、喜多嶋心に突き刺さる。


「で、これが証拠だ」


 そしてトドメを刺したのは瑞樹の撮った動画。

 これによって喜多嶋の淡い恋心は完全に打ち砕かれた。


「マジかよ」


 目を向けられたニーナの無言の肯定ほど、向けられて虚しくなるものはない。

 これだけの仕打ちを受けて意気消沈しないだけマシだった。


 瑞樹は、このままうまくいけば自分の話題に入らないと安心していた。

 だが、それもここまで。


 次の流れで一瞬にして保護壁が崩れ去ったんだと気づく。


「こんなこと聞いちゃいけないんだろうけど……なんで?」

「だって、ミズキがいるから……」


(あ、これはヤバイパターンだ)


 お馬鹿トリオの視線が瑞樹に向く。

 瑞樹はこの瞬間に、冷房が強化されたんではないかと疑うほど、室温が数度下がった、ような気がした。



 逃げる、とぼける、言い返す……。

 瑞樹は第一の質問が来るまでの僅かな時間のうちに、取るべき最善を模索した。


 初めの選択と考え得る喜多嶋達の反応をから、思考パターンは何重にも枝分かれされていく。


 選ばれるのは一通りのみ。

 数多の可能性のうち、瑞樹が場を和ませられると判断したもの。リスクも少ない。

 それを、全力を注ぎ探し出す。


 ――だが、シミュレーションを行ったのは彼の意識にあるものの範囲内において。


 この場に居合わせた五人の行動以外は、ありとあらゆる動作が起こり得るため、意図的に考えから除外していた。


 要するに——


「お待たせしましたー。こちらカップルに大人気、『ラブラブオムライス』でーす!」


 胡散臭いヤラセ番組を見るような目で、空気の読まない店員と持ってきたアホらしい名前の料理を見る。


 ——完全なる蚊帳の外からの来場ほ、手の施しようのないものだった。


 料理を持ってきた店員は瑞樹と目が合うと多少の苦笑いは浮かべたのだが、それ以上は特に何かを言うわけではなく戻っていった。


 瑞樹としては一言くらい言葉があっても良かったのではと思った。それは先程の覗きの件ではなく、テーブルに堂々と置かれている料理についても。


 ニーナを除いて男子四人が熱々のオムライスに冷たい視線を向け。

 やがて瑞樹に視線はニーナに、そしてお馬鹿トリオの視線は瑞樹にへと移る。


 瑞樹が目線にどんな意味を込めてぶつけようともニーナは一切意味を理解せず、それ以前に意味がこもっていることすら知らないのかもしれない。

 そのせいで熱い視線を向けられたと勘違いしたニーナは、頬を赤く染める。


 この状況下で店員が何も言わなかったということは、これはれっきとした商品だ。たとえふざけたような名前でお遊び半分で作ったような料理だとしても、メニューに書かれていれば商品なのだ。


 メニューを一通り眺めそれを見つけてしまった瑞樹は、がっくりと項垂れる。

 もう逃げられない。


 二人前の巨大オムライスには、ケチャップで大きくハートが描かれていた。


「全国模試一位だと女の口説き方まで知ってんのかよ。さぞかし納得のいく説明してくれるんだよなぁ、瑞樹君?」


 キレているのか悲しんでいるのかいまいち判断のつかない様子の喜多嶋だが、その全力さだけは瑞樹に伝わる。


 喜多嶋が告白するのを止めず強いては推奨した以上、先に話しかけたら上手くいった、なんて手は使えない。瑞樹だって自分の性格が悪いなんて噂は広められたくはないのだ。


「……紹介するのが遅れたな。彼女はニーナ=ルイス。俺の遠い親戚で、兄妹みたいなものだ。かなりのブラコン気質だが、気にしないでくれ」

「なんだ、そうだったのか。んなら先に言えって」


 苦し紛れの言い訳だが、相手が相手、これを言い張っていれば勝手に納得してくれる。

 それでも応急処置としてなので、このまま通すのは少々厳しい。いずれは事実を伝えることになる。


 一時の安全を手に入れた瑞樹は、ニーナの注文したオムライスを一見する。ケチャップライスに玉子という、最もオーソドックスなオムライスだ。


 しかしその時は、あまりにも早く訪れた。


「え、何言ってるの? パートナーって昨日の夜に言ったばっかりじゃん」


 隠すことを知らないのか、そう素で返した。

 瑞樹は、おい、と言いたくなるのをぐっと堪える。

 何を言っても手遅れだから。


「ああ、もう、説明はいらねぇ。拳で語り合おうじゃないか! 体力だけは負けねぇぜ!」

「それなら俺らも参加するぜ! なあ、矢津?」

「もちろんいいぜ」


 三人は戦闘態勢に入る。

 当然、漠然ばくぜんと突っ立ったままでやられるつもりもない瑞樹も腰を下げ、臨機応変に受け流すつもりだ。


 戦前の炎のような盛り上がりを見せる喜多嶋達三人に対し、瑞樹はあくまで冷静で居続ける。例えるならば、流れる水だろうか。子供のように気の済むまで暴れるつもりはさらさらない。


 正反対の心境の両者が向かい合う様子は、格闘技大会の決勝戦などならば空前絶後の盛り上がりを見せるだろう。

 長年のライバル同士ともなれば、観客自身が試合を行っている風を味わえるだろう。


 ――が、彼らは生涯のライバル同士でもなければ格闘技の経験もない。

 ただ週に一度の武道で柔道を習っているだけ。


 言葉に風格がマッチしていない。観客がいれば嘆息ものだろう。

 それ以前の話として、この場合の観客である他の客がいれば、迷惑以外の何も感じないだろうが。


 店員は止める気がないのか、それとも気づいてすらいないのか、レジの奥に引っ込んだまま出てこない。


 故に喜多嶋はたがを外してしまった。


 三人対一人ならば瑞樹に勝ち目はない。しかし喜多嶋との一騎打ちとなれば結果は大きく変わる。


 授業の模擬試合では、瑞樹の七戦全勝だ。そこに圧倒的な力差が存在していたわけではないが、単純な攻撃なら瑞樹は全てを受け流す。搦手を使わなければ効果はない。


 箍を外したのは喜多嶋一人で、五十嵐と矢頭は未だ行動に移せずにいる。


(正しい選択だ)


 瑞樹はそう批判しつつも、眼前に迫ってきた右手を捌く。


「まだまだ行くぜーっ!」


 バランスを崩したところを抑え、無力化しようとした刹那。


「えっ?」


 瑞樹の正面にいたはずの喜多嶋が、視界から一瞬にして消えた――と脳が判断した時には、彼は瑞樹の足元に仰向けになっていた。

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