第15話 海浜アウトレットモール④

 ニーナの入った店は、さまざまな種類の飲食店が集まるこのエリア内で、ただ一つのオムライス専門店だった。


 ショーウィンドウに飾られているのは、いかにも本物と見間違いそうだがレプリカ。扉の隙間から抜け出る美味そうな匂いが、通りすがる人々を魅了する。


 空腹を我慢するのには限界があり、勢いに任せるままに入店する。

 あわよくば少し分けてもらおうと思いながら。


 カランカランという入店を知らせる音と共に、女性の店員がやって来る。


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」

「待ち合わせです」

「かしこまりました」


 そう言い残すと店員はレジに戻る。


 瑞樹は店内を一瞥する。客は一人だけのようだ。となると作っているのはニーナの注文したものだろう。

 まっすぐに奥のテーブル席に座るニーナの元に歩むと、向かいの席に腰掛ける。


「よう、結構遠くまで来たんだな」

「あ、ミズキ! やっと目が覚めたんだ。心配したよー」

「ああ、悪かったな」


 誰のせいだ! と指摘しようとした瑞樹だが、当の本人は無自覚なため何にもならない。代わりに軽く謝罪する。


「ところで――何してんだ?」


 ジト目でニーナを見つめる。

 ニーナは、瑞樹が座るのを見届けると両手を重ね卓上に添え、精神統一を始めた。


 瑞樹の背後を見ているようだが、どこか焦点が定まっていない。全く異なることに意識を向けている、その時の目だ。


 ――どこを見ていても変わらない。視覚を頼っていないから。


 そう物語っている気がした。


「うーん、何だろうね。ここでも魔法が使える気がしたんだ」


 ニーナが口を開いたのは、瑞樹が尋ねてしばらく経ってからだった。


 口にした内容は非常に痛いものだったが、それがただ痛いだけに留まらないことを瑞樹は知っている。


「魔法って……。公園でのやつみたいな感じか?」

「それとはまた違って。えっと、なんて言ったらいいんだろ? 全然違うんだけど、結果は同じみたいな」

「でも使えなかったんだよな? 原因は分かってるのか?」

「どうだろ。消される感じは公園と同じなんだよね」

「分解される、だっけか?」

「そう」


 こんな場所で超常現象を引き起こされても大変な目に合うだけなのだが、絶妙に使えないというのも言葉にし難いもどかしさがある。


 魔法というものに関して多大な興味を持っている瑞樹としては、自分の研究のためにもニーナに使えるようになって欲しかった。


「鍵は反応してるのになぁ……」


 ニーナの呟きは瑞樹に届いていたが、未知なるものへの的確なアドバイスなど、できるはずもなかった。


 瑞樹が本題をどう切り出すか考えていると、「そういえば」とニーナが先手を打つ。


「相談、してもいい?」


 瑞樹に断る理由はなく、肯定する。


「実は迷って適当に歩いてたら、ずっと誰かにつけられてるんだよね。ストーカーだよね?」

「あ、ああ。確かにそうだな。犯罪、かな?」


「やっぱり迷ってたのか」とか「異世界にもストーカーという単語はあったのか」とか色々言いたいことはあったが、それよりも瑞樹にはそのストーカーに心当たりがあった。

 というか本人達から自白を貰ったようなものだ。


 何度もすれ違いに行った的なことを、恥じらいなく言い放ったのだから。


 しかしニーナの見たというストーカーは、瑞樹の予想とは全く異なる人物のようだ。

 なぜなら大人一人と言うし、なによりも髪の長い男性らしかった。


 喜多嶋達三人は皆(登録上は)野球部で、丸刈りだから。ほとんど顔を出すことがないにしろ、髪を伸ばすことはしないと言う。


 これがプライドなのだろうが部活に行かなければプライドもあってないものだし、ザ・運動部の俺カッコいい、みたいなことを考えているのだろう、きっと退部しても変化しないと思う。


「坊主の男子三人じゃないのか」

「? それもいたけど、ストーカーは大人の男しか当てはまらないでしょ?」

「そ、そうなのか?」


 どうやら世界の壁によって、言葉の意味に差が出ているらしい。


 事実、ニーナの世界にはこれを意味する単語が存在しているが、日本語にしようとすると「ストーカー」という単語が最もしっくりくるものだった。


「誰かをついて回る人のことをストーカーって言うんだぞ。この国ではな」

「そうなんだ、じゃあストーカーだね。うわ、一度に四人って、なんだかすごい体験をしてる気がする!」


 増えたからといって格段きにすることはない。精神の鈍感さもとい、強さがニーナの強いところだ。


「まあお前みたいなのが一人でうろついていたらそうなるか。でも、ま、大丈夫だろ、単独行動をつつしめば」

「あ、確かに私は美しすぎるもんね。いやー、美女は辛いですねぇ」

「うるさい」

「いたっ」


 ニーナの頭に軽く拳をのせ、いつのまにか運ばれていた水の入ったコップを手に取る。


「ストーカー三人がニーナに会いたがってたぞ」

「ゲホッ、ゴホッ」


 瑞樹の言葉に、水を飲んでいたニーナが咽た。


「お、おい。大丈夫か?」

「あーあーあー。うん、大丈夫みたい。で、ええと、それ本当?」

「ああ。告白したいって言ってた」

「えぇ……」


 ニーナはあからさまに顔を顰める。腕を組み、難しい顔で深く考えている。


「それって結婚の前段階になるってことだよね?」

「まあ、そうなるな」


 言い方が多少気になるが、文化の違いはどうしようもない。


「断っていい?」

「俺としても、そうしてくれると助かる。あ、今ここに呼んでもいいか?」

「いいんじゃない?」


 瑞樹は早速喜多嶋にメッセージを入れる。

 既読がついたのは送った直後。スマホをいじっていたのが丸わかりだ。


「そうだ、俺達はたった今会ったばっかりってことにしといてくれるか?」

「それはいいけど――なんで?」

「特に意味はないが……。念のため」


 すると、カランカラン、と鈴の音が鳴り響いた。喜多嶋達が来たサインだ。


 せっかくだからと、瑞樹はスマホを操作して写真を撮る準備をする。喜多嶋ならばきっと面白い反応をしてくれるだろう、そう確信した上で。


 三人は店員を無視してこちらに向かって来る。一言で言えば、挙動不審。


 非常にわかりやすく緊張している。彼の目に映っているのはニーナただ一人だけだろう。

 真後ろにいる五十嵐と矢津はともかく、店員も、ニーナの正面にいる瑞樹すらも視界に入っていない。


 極度の緊張のせいで視界が極端に狭まっている。

 もはや段差があっても気づかないだろう。深刻な症状だ。――が、本人以外からすると、おかしくてしょうがない。瑞樹は迷わず写真一枚。


 それはニーナの正面に立っても治まらず、冷房が効きすぎている室内にいるにも関わらず、額は汗で薄く光を反射していた。


「うっ」

「?」


 ニーナと目が合うと、それだけで息を詰まらせる。試合後のような息切れに、ガチガチに固まった身体。

 正直、気持ち悪い。


 せめてもの救いは、この場にいるのがニーナを除けば知り合いのみで、他の客はまだ一人も来ていないこと。

 もし他校の女子高生でもいたならば、あっという間に市内の高校全般に悪い噂が流れただろう。


 本人的には今の自身の様子が最も傷つくだろうが。

 なんせ告白の場で、その相手にだらしない姿形を見せてしまったのだから。


 店員は我関せずといった様子。大学生くらいなので、こっそりと聞き耳を立てているかもしれないが。


 喜多嶋は、スゥ、ハァ、と数回深呼吸をして、真摯にニーナに向き直る。


「ぜ、是非自分と付き合ってください!」

「ごめんなさい、無理」


 無意識のうちに瑞樹は、録画開始ボタンを押していた。

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