第4話

 入社してから三年後、私は中学の頃の同級生と結婚した。同窓会で再会後、間もなく結婚した、という恥ずかしいくらいに良くある話である。

 再会した当時、妻は高校卒業後に就職していた地元の小さなスーパーの事務職に嫌気が差していて、大いなる愚痴を私に浴びせた。そんな様子に、中学時代の日常が激しく思い出され、自分の日常も放り出し一気に懐かしくなった私は、彼女を救えるのは自分しかいない、と勘違いしてしまった。

 私自身無意味に仕事を続け、不満はあれど、そこから逃げ出そうという気持ちもない平坦な日々に、当時の妻と同様、愚痴を垂れ流したがそれはあくまでも話のネタの一つであり、深刻に悩むような次元にまで達しているようなものではなかった。彼女の悲壮に、上手く同調しているうちに、騙された。

 

 安本と林に、結婚する事を報告すると、

「出来たのか?」と安本は下品な顔をして聞いた。

「おい、失礼だろ、幾ら友達でも。まずはおめでとう、だろ」

 林は真面目な事を言った。

 私は、安本のストレートな性格も林の優しさも分かっていた。

「いいんだよ、ありがとう、林。子供が出来た訳じゃないんだ。ただ、結婚したいって思っただけ」

「へえ、そう」

 安本は、納得できない顔で私を見てさらにこう言った。

「早過ぎるだろ。」

「何が?」

 安本の言葉に林が応戦した。

「まだ二十五だよ、俺たち」

「年齢は関係ないだろ?」という林の言葉に、やっと安本が大人しくなった。

 しばらくの沈黙ののち、

「早過ぎ、かな」

 私は小さい声で言った。

「そんなことないよ」

 林の声は優しく届いた。安本はもう何も言わなかった。

 その会話を終えてからずっと、私は自分に疑問を投げかけていた。安本の言う事はいつも正解だ。

 年齢が若すぎるとか、付き合いが短いとかではなく、手放しで喜ばしい事だと、自分でも思えていなかった所に大きな疑念があった。そもそも私は、人を愛し、守るような事は出来ない人間だ。他人と生活を共にして、一生涯死ぬまで一緒にいるなんて、出来る気がしなかった。無責任だ。あきれる。しかし、一度決めた以上、逃げる事は出来なかった。もう、私以外の何もかもは、動き出していたのだ。


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