第11話 ショータイム。これがトラツグの作り方②

「はぁ……」


 重く苦しいため息がその場に木霊する。


 部屋にあった椅子や書類はバラバラに吹っ飛ばされて、置いてあった機器は煙を立てて破損している。


 同時に辺りには血痕も飛び散っていた。軍服を着た兵士がそこら中に転がっており、体には服ごと切り裂いたと思われる傷が見える。既に息はしていなかった。


「ちっ、本当に胸糞悪いな。ぺっ!」


 この状況を作り出したのは、馬鹿でかい奇妙な大剣を握っている男、クオンである。口から血が混じった唾を吐き、その表情は苦悶に満ちていた。


 辺りにいる者たちは、クオンが以前訪れた戸谷と佐竹たちの拠点にいた軍の隊員で、それらがトラツグ化して襲ってきたのだ。クオンは止む無く応戦することになった。だが戦いで握っていた大剣はいつもより相当に重たかったようだ。心の重荷が文字通り、剣の重みへと変わってしまったのだろう。


「…………」


 クオンは切り伏せた隊員たちを見回した後、最後に後ろで眠る佐竹を見つめた。


「すまねぇな、仲間を斬っちまって……」


 そう呟いた後、彼は剣を持っていない手に力を込める。そしてそのまま横の壁を思い切りぶっ叩いた。大きな振動音が辺りに響く。その行動からクオンの複雑で苦しい心情が見て取れる。


「気落ちしてもしょうがねぇな。ここにトワがいるかもしれねぇんだ。それに今考えたら、ミナリとフィオネも探さんといかん。とにかく先に進まねぇと」


 と言いつつも彼の心はまだ煮え切らない。クオンは大剣を軽く振るって青い衝撃波の斬撃を放っていた。これはクロツギとの戦闘で使った技であり、一種のエネルギーの塊だ。その飛ばした衝撃波は他の部屋で稼働していた機械と培養槽をバラバラに破壊した。


 液体が溢れ出す音、壁が破壊される音。大きな騒音が立て続けに起こる。



「全く、騒がしくしてくれる……」


「!!?」


 音が鳴りやんだ後、どこからともなく男の声がした。そして同時にコツコツという足音も聞こえてきた。クオンはすぐに部屋を出て通路に立つ。そして音がする方向を向いて身構えた。


 歩く音はさらに大きくなっていき、通路の曲がり角の先から声の主は現れた。


「お前は……」


「別れて半日も立たないうちに再会することになるとはな」


 現れたのは『岡元少将』と呼ばれていた者であった。低い声と無精ひげが特徴の強面の男であり、東京の地に着いたときに出会った軍の幹部だ。そんな彼がなぜここにいるのか。クオンは怒りをむき出しにして問いかけた。


「てめぇ、何でここにいやがる!」


「それはこちらのセリフだ。まさか本当にいるとは。なぜお前がここにいる?」


「質問しているのは俺だ! 質問を質問で返えすなと習わなかったのか?」


 互いに険しい表情を浮かべ、その場で対峙する。クオンの大剣を握る力が強まる。


「私がここにいる理由か。その答え、聞いても意味があるのか? ここに来れたという事は、東京の本部から『次元トンネル』を使って来たんだろ?」


「やっぱり次元トンネルを知ってたのか。やはり軍はトラツグ共と完全に繋がってたか。確信したよ」


 確かに岡元少尉の言った通りだった。クオンの聞いた質問は彼がここにいる時点で答えが出ている。東京本部に次元トンネルが設置され、そして軍の関係者がいる。それだけで十分だった。


「しかし軍がつるんでるなら、俺が斬ったこいつらはお前の仲間じゃないのか? こいつらとは多少面識があったが、こんな事実を知ってるとは到底思えなかった」


「それは軍の上層部しかその事実を知らないからだ。下の者がうっかり口を滑らせて、守るべき住人達に敵対されてはかなわん」


「全く話が見えてこないな。トラツグと軍が組んでいると思えば、守るべき住人だと? 矛盾してるぞ、お前」


 彼の話を聞いても、何が何だがよく分からない。ここで敵対する人物たちはトンチでも試しているのかと頭が痛くなる。


「しかし私も驚いたよ。私は東京から離れろと言ったはずだが、お前はここに来た。妹を探していたんじゃなかったのか?」


「お前の言動がそもそも胡散臭かったんだよ。トワの名前を聞いた時、『この世界じゃ珍しい』と抜かしたな。そんな言い回し、『外の世界』出身か、あるいはその知識を知らねぇと出でこない。そんな奴の言葉を丸々鵜呑みにすると思うか?」


「なかなかの観察眼だな。だが私は後者の方だ。この世界で生まれ、後に外の世界の知識を教えてもらった」


「教えてもらった……か」



 それを聞いてクオンは思う。


 自分が回ってきたこの世界の場所は『次元トンネル』という技術に対応しきる程の文明とはとても思えなかった。ここの文明は日本の明治時代と似ているものであり、機械的な高度な技術はあまりない。


 つまりこの世界の一般的な人々が『次元トンネル』の存在を認知し、能動的に使うことなどありえないのだ。事実、その他の類の技術が普及していない。


 だからこの研究所にいるメンバーに技術を教え込んだ『部外者』がいるはずだ。




「誰だ、そいつは? どう考えてもこの世界の外の奴だな。外からの部外者と言えばクロツギもそうだが、まさかあのアサギリってやつなのか?」


 クロツギはクオンの旧知という事もあり、この世界の住人でないことは明白だ。そして横にいたアサギリも妙な言い回しを好み、尚且つ胡散臭さで言えば目の前の男よりもに上である。十分に可能性はある。


 しかし、その答えはあっさりと返され、全く予想だにしない返答をされる。


「そうか、クロツギとアサギリに会ったのか。クロツギは確かに外の世界の住人だが、ただの雇われだ。そしてアサギリはこの世界の住人だ」


「そうかよ……」


「私はそんな話をしに来たのではない。今まさにお前が気にしている『部外者』に命令されてここに来たんだ。お前を私の元に連れて来いとな」


「なにぃ?」


 不意な話の内容に虚を突かれるクオン。しかし、そんな提案に乗る彼ではなかった。


「行くと思うか? 俺は今、沸点が低いんだ。ここにトワがいないってことが確定してるなら、今すぐにでもこの建物をぶちこわしてる」


「ならばここを破壊されずに済みそうだな。私が案内する所に彼女もいる」


「なんだと!?」


 岡元少尉のその言葉でクオンに衝撃が走った。今まで話半分に聞いていたクオンだったが、ここで大きく感情をゆすぶられる。とはいえ敵の言葉は信用に欠けた。


「本当なのか? そもそもお前は、トワが別の村にいるって言ってたよな。半日足らずで意見が変わるとはな。年配者ってのは物忘れでも激しいのか?」


「今度は本当だ。あの時はここに来させまいと嘘をついたが、今は事情が変わったんだ。まぁ確かめたいのならどの道はお前は来るしかないがな」


「ちっ」


 クオンは思わず舌打ちをする。そして構えていた武器を降ろして肩に背負った。


「ほら、さっさと案内しろよ」


「ふっ」


 クオンが武器の構えを解いたことを確認すると、岡元少尉は通路を歩き始める。そしてクオンはゆっくりとその後を付いていった。








★★★★★★★★★★★★












「ここだ」


 先ほどの研究所から少し歩いた先、岡元少尉はある自動式の扉の前に立ち止まっていた。さっきいた場所と比べて、かなりきれいに整備されており、より最新の研究施設に感じられる。


 岡元少尉は、扉の前に置かれている手のマークが描かれた台に掌を当てる。するとその扉は開いた。どうやらこの台は指紋を認証することができる電子ロックのようだ。


 彼がそのまま入室すると、そこにはかなり大きな空間が広がっており、そして部屋の中央には今までと比較にならない程の巨大な培養槽が置かれていた。機器への接続も多く、様々なケーブルで交わっている。


 だが一番クオンが衝撃を受けたのはその中身だった。



「ト、トワ!!???」



 それを見て、クオンの全身が震え、そして髪が逆立つ。 


 その中にはクオンの妹である『トワ』が入れられていたのだ。灰がかった黒髪の少女が、瞳を閉じて裸で、培養槽の中央に浮かんでいる。



「トワぁぁぁぁぁ!!!!!!!」



 クオンの体は瞬時に動いていた。青のモードを開放し、その培養槽に高速で向かい、そして得物である大剣を振る。しかしその攻撃は放たれることはなかった。



「ぐぅ!?」



 途端、クオンの動きは止まったのだ。ただそれは自らの意思で止まったわけではなく、動きを止められたのである。大剣を振りかぶったままの体勢で。


「ぐぅ、く……?」


 クオンはその姿勢のまま、なんとか目の視線だけを右側に向ける。


 するとその先には、黒の紳士服を身に着けた長身の男性が立っていた。


 黒みがかった銀髪と整った顔立ちの男であり、目を閉じて壁に体をもたれ掛けている。不思議なことに、彼の足元にあった影が不自然にクオンの影に交わっている。


(なんだこいつは!? 影が……? これで体が……)


 力を込めているはずなのに全く体が動かず、鎧の力もうまく発揮できない。そして自身を絡み取る異常な影。これらの要素からこの拘束はその男の力だとすぐに分かった。


『オシリス君。よくやってくれた』


「!!?」


 その男に気を取られている時、クオンの目の前にある立体映像が現れた。


 そこに現れたのは白衣を纏った老人。白髪でかなり高齢の老人であるが、その顔はまさにマッドサイエンティストと言うべき、狂気的な顔をしている。


『ハハハ、まさか、この世界に転移してきて三日もかからずここに来るとは思わなかったなぁ、クオン君』


 そして立体映像越しに、映る老人は歯をむき出しにして笑っていた。だがクオンの名前を発した事に疑問を抱いた。


「なぜ俺の名を……。お前は誰だ!?」


『おぉ、一方的にしか知らなかったようじゃな。こりゃ失敬した。儂の名はスイセン、見ての通りここの研究所の長をしている。ちなみに横の彼は、私が雇った傭兵だ、名は『オシリス』、異世界を回る者達からは死神と呼ばれている男だ」



「スイセン、オシリスだと……!?」


 クオンは必死に目を移動させ、横の男を見直し、そして再び正面の老人を睨みつける。


「ここの長ってことは、この馬鹿げた装置を作り出したのはお前か……」


『馬鹿げたとは心外だな。この素晴らしい発明の魅力を分からぬとはのぉ』


「分かってたまるかこんな悪趣味」


 クオンは怒りの表情を浮かべながら、何度も体に力を込めた。しかし、体はいまだに動かない。


『オシリス君、そろそろいいじゃろう。彼を解放してあげなさい』


「分かった」


「!?」


 するとスイセンは、オシリスと呼ばれた男に命じる。するとクオンの影に重なっていた影が消え、拘束から解き放たれた。しかしその瞬間、オシリスは体を瞬時に動かしてそのままクオンの腹に蹴りを入れる。


「がはぁ!?」


 軽く吹っ飛ばされ、クオンの体は後ろへとのけ反った。そしてそのまま床に倒れこむ。その様子を見てスイセンは口をニタリと歪めた。



『ここの研究所は「人」と「他の獣の力」を合わせて「トラツグ」と呼ばれる合成獣を作り出している。元々、儂は生物兵器としての構想を練っていた。だが私がいた世界では倫理だの理解しがたいしがらみがあってのぉ、隠れて研究を行うのに限界があったのだ』


 スイセンは言葉を続ける。


『そこで儂はこの世界に目を付けた。文明が大きく遅れて、なおかつ次元トンネル等の技術や諸々の制約がないこの世界であれば、のびのびと研究が行えるとな』


「お前……」


『そして人間を半人半獣にする研究を始めることにした。とはいえ儂一人では何もできん。そこでこの地をまとめている軍の人間に声をかけたのじゃ。それが『この世界の50年前』の軍の幹部であったアサギリ君だった。彼は実験体の第一号でもある』


「50年前……? 確か、トラツグが現れ始めた時期か。あの男、軍の人間だったのか……」


『ほぉ、聞いていたか。そう儂がこの世界に着手し始めたのは50年前だ。次元トンネルで時代を調整し、儂は50年前の彼に接触したのだ』


 50年前。クオンが言った通り、トラツグと呼ばれた存在がこの世界に現れた時期であった。戸谷や東京であった魚屋の親父からそのこと聞いていたが、次々と判明するこの世界の歪んだ歴史に、クオンは驚愕していく。


 次元トンネルは『時空間を行き来する機能』があるのだが、同じ世界でありながら『時間軸』をずらして転移することも可能なのだ。


『彼は当時、疑問を感じていたようだ。人間というのは弱い、それ故に些細な争い事ですぐに死んでしまう。治安を守る仕事を行う上で、何度も死の場面に直面し、辟易していたみたいだのぉ。そんな彼に強化人間の話を持ち掛けたら協力してくれた。すんなりとはいかなかったがな』


「…………っ」


 クオンはその忌々しい声を聞きながら、その場からゆっくりと立ち上がる。


『だがアサギリ君は良い仕事をしてくれた。初めての実験体でありながら、暴走もなくトラツグへと覚醒し、そして多くの部下たちを懐柔して仲間に引き入れた。よほど人望があったのじゃろうな。おかげで手頃な人間をすぐに集められた。ハハハ、研究で最も労力がかかるのはサンプルの採集なのだ。それがここまで楽に行えるのは最高の実験場であった』


「ちっ!!」


 その言葉に切れたクオンは、大剣を振るって斬撃をスイセンに放った。しかしこの老人はただ立体映像。その衝撃波はそのまますり抜けて壁へと激突する。


『儂はここにはおらぬぞ?』


「勝手に体が動いた」


 クオンはそう告げるとスイレンをさらに険しい表情で睨みつける。そしてその後、ここまで案内してくれた岡元少尉に視線を移した。


「お前、こんなやつの言いなりになってんのか? こんな屑に」


「確かにその方の言動や理念は褒められたものではない。だがこのトラツグの力を与えてくれた。人以上の驚異的な生命力、身体機能。そして多くの技術も学んだ。倫理はともあれ、彼の行いは私たちに利益を与えてくれたのだ」


『そういうことだ、クオン君。50年前から軍の上の者達だけをじっくりとトラツグへと変えていったのだ。そのかいもあって今残っている人間たちに知られることなく大量のトラツグ達を生み出せたのじゃよ』


 二人の言葉を聞いて、余計と虫唾が走った。思わず歯噛みしてしまうほどに感情が震えあがる。


『これだけの月日があればすべての人間を変えるのも造作ではなかった。だが人が残っていないと、トラツグ達の戦闘データが取れないのだ。バランス調整は大変だった、ハハハ』


「てめぇ……」


『ところで「トラツグ」という名は儂が考えたのだ。君の世界には「キメラ」と呼ばれる空想上の合成獣がいるだろう? 同様に「鵺(ぬえ)」という合成獣もいる。儂はこれらからうまく名前を取ろうとしたんだが、なかなかいい名前が思いつかなくてのぉ。そこで鵺の声と呼ばれている「トラツグミ」いう鳥を思い出した。そしてそれを名前に当てたのだ。なかなかいいだろう?』


「そんなことどうでもいいんだよぉ!!!」


 スイセンの言葉の一つ一つが、あまりにも理解しがたく、言動を発するたびに気が狂いそうになるほどの怒りに駆られる。それほどまでにこの男は性根から腐ってるのだ。


『ただ、儂がトラツグの実験をする中、ひょんなことから入手できた『トワ』君が現れたのだよ。彼女はとてつもない素質があってね、合成獣トラツグとしてはまさに最高峰の力を手に入れた』


「お前、既に『トワ』をトラツグに……」


『ここに厳重に入れていたのだ、既になっているのはなんとなく察せるだろう?』



「てめぇぇえぇ!!!!!!!!」



 クオンが雄たけびをあげて、大剣を構える。そして培養槽へと攻撃を放とうとしたその瞬間だった。




 突如として培養槽に亀裂が入る。その亀裂は中央から広がっていき、全体へと達する。そして中にいる『トワ』を見ると、目は見開いており、瞳が紅色に染まっていた。


 さらに彼女の体に異変が起きる。紅い鱗のようなものが、体の一部に鎧のように覆いだし、背中には蝶のような大きく紋様のある羽が生え始める。そしてそのまま轟音を立てて、培養槽は破壊された。


 覆っていたガラスは飛び散り、中の液は溢れ出す。そして『トワ』はその場を浮遊し始めた。



「ト、トワ……」



 変わり果てた『トワ』のその姿を見て、クオンはただ立ち尽くすしかなかった。

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ディメンション・レコード~大剣の男は狐の美女と毒舌AI美少女と供に異次元戦記を織り成す~ フィオネ @kuon-yuto

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