白い魔女の手記

@eriretarurera

白い大地

第1話 プロローグ:白い女神

「白い魔女の手記〜白い大地」

プロローグ:白い女神


 大雪のため遅れると思われた飛行機は、定刻通りに到着の予定、と機内アナウンスがあった。異常気象に対応が追いついた、滑走路の除雪が間に合った、のだろう。

 隣に座るジェレミーが言った。「よくヤンがOKを出したな?」私は笑う。「ヤンは私の保護者じゃないもん。…たまたまだよ。彼の仕事の都合がついて、前から行きたいって言ってた、飛行機のライセンスを取りに行ったの。『私にその間留守番だけしてろって言うの⁉︎』って言ったら、渋々承知した」ジェレミーも笑った。「俺(旅行の同行者、つまり私の護衛)が頼りないって事じゃねえだろうな?」ふざけて付け加える。「その逆なのは周知の事実でしょ?」「また"やきもち"かよ?」「今までみたいのじゃなくて、旅行に行くなら自分も一緒に行きたいって意味だけど。それに元々、大先輩のポール・フィンチ上級曹長(ジェレミーの元の姓名と前職での階級)には"やきもち"やかなかったよ?」「そうか」

 それに、今回の旅行は私には仕事のうちだ。"やきもち"やいてる場合ではない。ジェレミーが親友ジェームズの遺髪を彼の故郷へ葬りに行く。それが旅行の目的だが、出来る限り目立たないようにする必要がある。女連れ(私だと親子連れに近いな)は、あまり想定されないだろう。(この場合は、だけど)。


 「おお、痛てえ!」入国手続きを終えた途端、ジェレミーが目を押さえて一番近い手洗いに駆け込んだ。私も女子用に入っておく。

 私と同時にトイレから出て来たジェレミーは、濃い色のサングラスをかけている。横からの光も遮るデザインで、彼の目は全く見えない。私は大男を見上げる。彼の見事な赤毛は出発前日に黒く染めてあった。

 「ダニーはよくあんなモン四六時中着けてられるな」彼はサングラスを少しだけ持ち上げ、ハンカチで目頭を拭いた。ダニーはカラーコンタクトで黒い目を青にしているが、今ジェレミーは青緑色の目を黒く変えている。「ダニーは前から目が悪かったんだ。だから眠る時以外着けっぱなしでも、それで普通なの」ダニーは家族とメインメンバーの前のほかでは一切コンタクトを外さない。


 レンタカーに乗り込み空港を後にする。我々は先方が出すと言った迎えを断っていた。用心するに越した事はない。「やつの実家は名門でな」「それは何度も聴いたよ?」ジェレミーは片手をハンドルから離し、自分の髪を撫でた。「ああ、やっぱり変で妙で落ち着かねえ!」それから私を見て、手を下ろし両手でハンドルを握る。「やつの祖父さんの名前が、ロイヤルネイビーのフネについてる。空母だったか護衛艦だったか」「わー!首相とか、それに近い大物政治家だったわけだ。大貴族じゃん」一族に連なる人も多いうえ、重要人物も多いと言う。いくら用心しても、し過ぎる事はない。納得だ。

 ジェレミーはサングラスを少しの間ずらし、私を見下ろして言った。「やつの知り合いで赤毛のデカい男は俺しか居ねえんだ。ここまでせにゃ、俺だけじゃなく先方にも危険が及ぶかもしれん」髪の色もさることながら、ジェレミーの鮮烈な青緑色の目は、とても印象的だ。顔を変えただけでは不十分なはずだ。ジェレミーがボヤく。「偽造パスポートが2つになっちまったぜ」私はクスッと笑った。「今回のはねー、偽造だよねー。でも、赤毛のジェレマイアの方は国が発行したれっきとしたパスポートだから、ダニーが怒るよ。『偽造は身分であって、パスポートではない!』って、私、前に言われたよ」ジェレミーも笑った。


 ジェレミーが運転する車は、スコットランドの豊かな自然の中を走っている。この時期の例年にはない一面の雪景色だったが、とても美しく、何故か私は懐かしく思う。故郷や今住む土地と同じく白銀の大自然だが、地形や植生がまるで違うのに。私はこの土地にも生きていた事があるのだろうか。ジェレミーが、物思いにふける私の様子に気づいて言った。「…定刻に着いたからな、時間がある。先に行っておくか?」私は笑顔を向け「お願いしていい?」と答えた。ジェレミーがハンドルを切って、車は脇道に入った。

 脇道の入り口付近には、世界的に有名な遺跡まで『後何マイル』と看板が立っていて、その数字は信用できないだろうと思ったが、その通り。さらに1マイルは雪の薄っすら積もった砂利道を走り、やがて、巨石を積み上げた遺跡が見えてきた。

 車を駐車場に停め、ジェレミーがドアを開けてくれて、人気のない寒い草原に降りた。ジェレミーは何も言わず、私の後をのっそり歩いてついてくる。遺跡の中心部を通り過ぎ、一見何もないと思える所まで来たが、彼は何も言わない。

 少し離れた、枯れた草の合間に石くれが積み上がっている箇所がある。私はそこを見据えてじっとしている。しばらくすると、時折雪がちらつく曇天が割れ、晴れ間が出てきた。日の光がスポットライトのように、そこを照らす。ダイアモンド・ダストに日光が当たると〈サン・ピラー(日光の柱)〉という現象が起こる。ジェレミーが息を飲んだ。ダイアモンド・ダストが起こる気象条件ではないからだ。それでも彼は黙っている。今、私達が見ているものは、"光で出来た衣"を"柱"に乗せた、に見えるものだ。

 ジェレミーと私が同時に感動の溜息をついた後、日が傾いて光のショウが終わった。「…俺に見えたものは、おまえにも見えていたのか?」「同じ映像かもしれないと思うけど。ジェレミーにはどんな風に見えたの?」彼は私が目で見たものと同じものを見ていた。「だけど私には、目で見た以外にエネルギーや情報もわかったの。…ねぇ、今のを大昔の人が見たら…ベールを被った女性に見えない?」「おお!そうだ。ギリシア神話の女神か、時代が下れば聖母マリア。あと、翼を広げた天使にも見えるな!」「東の国では観音菩薩って言うかもね」やはりベールを被り女性的な姿で表されるホトケだと補足する。

 ジェレミーはまた黙って、私を見下ろしている。無言の問いだ。「あのね、今のは、この遺跡を造った人達が信仰していた女神の残像なの。私はこの女神に会いに来たんだよ」私の答えに頷くと、彼は先程の場所を見ながら言った。「〈白い女神〉…聴いた事があるぞ。この巨石文化を残したやつらは、俺ややつ(やつ=ジェームズの事)ブリテン人の先祖ではなくて、何処から来て何処へ行ったかわからん謎の民族だ、って」「うん、私も本で読んだよ。…古い時代の女神様、この女神が女神性の原型に近い。地球にやってきた初めの女性性」

 「私は実際にここに来て、自分の足で歩いて自分の目で見る必要があったんだよ」「俺は?」ジェレミーは神妙な顔をしている。「うん、ジェレミーも。どういう理由があったのかはわからないけど、でも、ジェレミーも感じたでしょ?…魂のレベルで、魂の理りにかなう事をした、って」「おう」

 また雪が降ってきた。まだ旅の目的地には先がある。私達は、自分達の他には誰もいない観光スポットを出た。


 (偶然ってないんだなぁ。雪が積もらなければ冬でも人がいたと思うし、私が運転してたら辿り着かなかったと思うしねー)滑走路の除雪が間に合い、今日のうちにこの遺跡に来れた。天(宇宙、神と表現しても)の采配には無駄がない。

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