災厄級

 

 斬って、蹴って、放って。

 筋力を込めて、魔力を操作し、思考を停止する。

 強くなるために戦い続け、弱さを捨てるために殺し続ける。

 それだけがアルバリウシスの為になる道。

 それこそが自身の正義の形。

 本当にこのやり方で望みは叶うのか。

 わからない。

 或いは、暗闇の中の光なんて、とうの昔に見失っていたのかもしれない。

 ならば都合が良い。

 敢えて盲目的に走り続ける。

 本質にある怠惰は、迷いも悩みも、憂いすら受け付けない。全てを振り落とし、どこまでも軽くなる。

 そうして軽くなった剣は殺意すら知らないまま、風に舞う様振るわれる。

 ロイの剣が“意思のこもった剣”ならば、スイは真逆。

 何もこもらぬ軽い剣。

 しかしそれは鋭く尖った強さを秘めており、幾多もの肉体を切り裂いた。



 王都に戻った後もスイの暴走は止まらず。

 この数日間は怒涛の勢いで依頼をこなし、それはスイの怠惰をこの世界で最もよく知る人物、メイドのメリーが驚愕する程であった。

 ただスイの怠惰は、魔物をバサバサと斬り捨てる今も変わっていない。

 少し、方向性が歪んだだけ。


「……これで、おしまいですね」


 勇者パーティの四人に雲羊のローブを纏ったメリーが加わり、計五人は王都の北東の山に来ていた。


「ええ……さあ、日が落ちる前に帰りましょう」


 危険だからと、ミラの側から離れずにメリーは同調した。




 人が変わってしまったかの様なスイの冷酷な活動が幾日か過ぎた頃、早々にメリーと親しくなっていたステュが提案したのだ。

「メリーちゃんも依頼に同伴して貰ってはどうですか?」

 スイは依頼の時以外では他人と過ごす事がなくなっていた。今までメリーと共にしてきた食事も一人で済ませていた。王城にいる限り、スイと会う事が滅多になくなってしまったのだ。

 だからスイを慕っていたメリーに声が掛かった。これはメリーの想いに勘付いていたステュの粋な計らいなのだが、ミラとロイも賛成した。メリーなら、スイの心に近付けると思ったのだ。

 こうしてミラに守られながら訪れた戦地で、メリーは悲壮に暮れていた。


 ――スイ様は決意を固めようとしているのでしょう。


 独りで何を決め込んだのかはわからなかった。だが、スイの目が向く方向が定まっている、とメリーは感じた。

 目的を見つけるのは大事なことだ。ましてやスイの様に怠惰な人間は目的が無ければ何も得られない。

 しかしスイが目指す方向はどこか歪んではいないか。

 それがメリーの懸念だった。


「俺は先に帰る。ギルドへの報告は頼んだ」


「ちょっと、スイ!」


 近頃はずっとこの調子だ。

 依頼の達成までは約束である為、パーティメンバーの歩調に合わせる――尤も、それでもスイのみの力で完結してしまう――が、指定魔物の討伐を終えた瞬間スイは誰にも追いつけない速度で帰還してしまう。

 毎回真っ直ぐ帰っている様だから心配は無いのだが、問題はそこじゃない。


「寂しいなぁ、兄貴は何を求めてるんだろう?」


 誰もそれがわからないから、スイの手を取る事が出来なかった。

 仲間が集まったのに、中心人物がその輪から抜け出してしまっては残された者が不安を覚える。ミラはそう考えて、下山しながら話題を掲示した。


「そういえば、フーガの方は上手くやっているのかしら?」


 ステュは「えへへ」と苦笑いしながら答えた。


「最初は隠れながらアランさんの事を見守ってたらしいですけど、直ぐに見つかっちゃって。まあスイ様の名前を出して理解してもらえた様なんですけどね、今は二人一緒に暮らしてる様です」


「ならよかったんじゃないか?」という疑問にステュは首を振った。


「アランさん、食生活がフーガさんと全く違くて。菜食が主なアランさんに対して、フーガさんは肉食ですから。物足りないって偶に不機嫌なんです」


「なるほど」と笑ってから、ミラは全員に聞いた。


「でもアランって子は、一体何者なのかしら?」


「さぁ……スイ様が守ろうとするお方……重要人物である事は間違いないのでしょうけど」


「誰も知らないのですね……。フーガさんは銀髪碧眼の美少年だって言ってました」


 それを聞いてミラは思い出していた。

 ケモンシティにて、スイと獣人リラと共にいた美少年を。あの時は認識阻害でよくわからなかったが、恐らく彼がアランだったのだろう。

 しかしどういう経緯であそこにいたのかも、スイとの関係もわからなかった。


 ――どうして何も話してくれないのよ。


 思い返せば知らない事が多過ぎる。

 その一つ一つを話せたら靄も晴れるのに。

 ミラはそんなもどかしさを胸の内に閉じ込めていた。






 一方、城の門兵に驚かれる程早く帰還したスイは、一人自室に向かっていた。

 湖の精霊に教わった転移魔法。

 それを習得する為に時間を確保したのだ。

 魔法の習得は誰にも邪魔されずに独りで行った方が良い。

 孤独は創造性を発揮させる。

 ふと、リクハートの事が浮かんだ。

 孤高の王はどれほどの魔法を使用するのか。

 興味深い。

 その時、魔力の歪みを感じた。

 廊下の窓から外を見る。

 北の方角だ。

 昼下がりの空の青は、色を薄くしている。

 目立った不自然さは無い。

 気のせいかと思い、再び歩き出そうとするスイの後ろに、男は現れた。


「何用だ?」


「流石ですね、スイ様。以前は私の隠密に気付けなかったのに。短期間で成長を遂げる理由はなんでしょうか?」


「セバス、用件を言え」


「くっくっ……スイ様の望みが叶うかもしれません。北の方角に魔力の歪みを感じたでしょう?王はフェンリルが現れたと仰いました」


「なるほど、それを倒せば王に会えるのか」


「いいえ、倒せとは仰しゃいませんでした。しかし、勇者が圧倒的に強い魔物を前にしてどんな戦闘を見せるか興味深いと。それを見てスイ様に価値があると判断すれば、王は謁見を許すそうです」


「わかった、俺一人で向かう。いいな?」


「ええ、ご自由に……今頃スイ様のお仲間はギルドで報告を済ませようとしているでしょう」


 ――何でも見えているのか気持ち悪い。

 スイはそんな悪態を内心で吐きながら、ギルドへ向かった。




「――大変だ!!王都の北側に巨大な白狼の化け物――フェンリルが現れた!!」


 ギルドの扉を叩き開いて叫んだ冒険者に一斉に視線が向く。


「嘘だろ!?何十年ぶりだよ、災厄の前兆か!?」


「前兆なんてもんじゃねえ!今すぐ討伐隊を編成しよう!」


 慌てふためく冒険者。

 直ぐに二階からギルドマスターアミゴが降りてきて、事の重さに顔を顰める。

 ギルドで扱っているSランク級の魔物を超える災厄。

 目撃頻度は少ないが、現れれば万全の部隊を組んで討伐へ向かう。

 決して個人で相手するべき敵じゃない。

 アミゴが相手した魔族よりも強大な力を持つのが災厄級の魔物なのだ。


「直ぐに騎士団にも知らせてくるわ!」


 その場に居合わせたミラの行動は正しかった。

 しかしミラがギルドから出る前に、立ちはだかる者がいた。


「スイ!丁度いいわ!災厄級の魔物が――」


「わかっている。俺独りで向かう。セバスから許しは得た」


 そう言ってズカズカと、ミラを通り過ぎてメリーの前に歩み寄った。


「これを預かっていてくれ」


 スイが差し出したのは聖剣だった。


「ちょっとスイ、どういうつもりよ!貴方は最近ずっとそうよ!何を考えているのか……そもそも聖剣を手放した上に単独でフェンリルに挑むなんて、いくら貴方でも自殺行為よ!いい加減に――」


 ギルドの冒険者達も、受付嬢も、アミゴも、皆スイの変化を感じていた。

 故に口を挟めずにいた。

 冷酷な勇者の行動と、魔法師の正論に。


 メリーに剣を預けたスイは踵を返して、外に出ようと歩き出す。

 勿論止めようと動くミラだが――


「な、何よ……これ……」


 スイが振りかざした手は空間を捻じ曲げ、開いた扉の先を虹色のマーブル模様に塗り潰してしまった。

 その空間の外にたった独り出るスイだが、誰もここから抜け出す事は出来ず。

 窓を見ても同じ模様が広がり、この建物内だけが幻惑魔法に閉ざされてしまった。


 これ程の魔法を会得していた事も知らず、ここまでして他者を遠ざけるスイの心理もわからず。

 ミラも、この場の冒険者も、ただただ呆然とするしかなかった。


 ただ一人、幻惑魔法の抜け道を視る事が出来るステュだが、彼女はそれをしなかった。

 ここを抜け出してもスイの心を視る事が出来ないなら、行っても無駄だとわかっていたのだ。

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