聖剣の精霊

 

 群れるグリーンリザードを殲滅し、死にそうな少年に『回復ヒール』をかけてから、一人獣族の里を目指そうとしたスイ。


 だが面倒事とは、一度関われば簡単に解決するものではないのだ。



「……おにぃちゃんも、運んでください」


 涙目の幼い少女に言われたのなら断れない。

 スイは仕方なく気絶した少年を担ぎ、獣族の里へ向かう。ちゃっかり少女もスイのローブをギュムっと握っている。




 しかし引き受けた面倒事はまだ続く。


「人族!?き、貴様!ロイに何をした!!ロナ、早くそいつから離れろ!」


 里の前を見張ってた犬耳獣族は、ボロボロのロイを見て、スイを警戒した。



「めんどっちぃぃぃー」



「ま、待ってください!この人は私たちを助けてくれたんです!!武器を下ろして!」



 大きなため息を吐くスイを咄嗟に庇ってくれたのは面倒事の元凶少女。


「な、なに、本当か……?しかし一体何があったんだ」



「取り敢えず家に入れてくれ。こいつも寝かさなくてはならん」


 獣族の少女に庇われた事で誤解は解けたと勝手に判断したスイは、ズカズカと里に入る。


「あ、族長のお家はこっちです」


「ち、ちょっと待て…………なんて勝手な奴らなんだ」



 呆れの混じった呟きを背に、スイは族長の小屋に入った。




 話の最中だった黒い耳と尻尾の初老の男と中年の男が同時にスイを見て驚いた。

 当然だ。ノックもなしに扉を開いたのは人族で、丁度話していたロイを抱えているのだから。しかもそのロイはボロボロ。



「アンタが族長か。俺はスイ、人族の勇者だ。一晩泊めてほしい。その後は里の奥の洞窟へ向かう」



 相手が口を開く前に要件を伝えるスイ。これではロイを人質にして要求を叶えようとしている様に見える。

 普段のスイならこんな面倒になりそうなやり方はしない。合理的に怠けるのがスイだ。


 しかし、スイは疲れていた。朝から王都を抜け出し、ケモンシティではやたら人間と関わり、人助けならぬ獣助けもした。

 だから投げやりになったのだ。眠ってから、早く目的を達成して、早く帰りたい。それが叶うならこんなおっさんに敵視されても構わない。



 そう思っていたが、この少女は中々優秀な様で。


「あ、あの!こちらの方はさっき私とお兄ちゃんをグリーンリザードの群れから助けてくれて、えっと、詳しいお話は聞いてないんですけど、悪い人じゃ、ないです」


 それを聞いた族長達は、少し安心した。


「それはどうもありがとう。私は獣族長のドリス、こっちは息子のダイル。しかし人族の勇者がどうしてここに?洞窟のことも、どこで知ったんだ?」



「人族を嫌悪していると思ったが随分と柔らかい物腰だな。まあ話は後だ。真夜中に洞窟へ向かいたい。ひとまず休ませてくれ」


「その子達の親が良い人族だったからな……ロナ、彼を治療室に案内してあげてくれ」


「よろこんでー!」


 トントン拍子に進む話にスイは満足し、早々に小屋を出る。




「でもどうして洞窟の事を知ってるんですか?なーんにもない、崖っぷちの洞窟ですよ?」


 里に帰ってきて安心したのか、お喋りになったロナ。

 ロナの言う通り、里を北に抜ければすぐ海だ。しかしこの里は高所にあるため、そこは断崖になっている。そしてその断崖の途中に洞窟がある。いつ頃発見されたのか定かではないが、中は空洞であり、わざわざ足を運ぶ価値はない。


 だからこそ何故人族がしがない洞窟の為にやって来たのか、何処で知ったのか、獣族長もロナも不思議だった。


「何もないと言うのは、上っ面しか見れていない証拠だ。物事の本質というのは心眼で初めて見えるものなのだ」


 対してスイは適当な事を言っている。適当な返事をする事で、相手に「なんだこいつ」と思わせ、会話を強制終了させる為だ。つまり、休息を目前にして平常運転に戻ったのだ。


「へえ……さすが勇者様ですね…。ロイにぃちゃんも起きたら話聞きたがると思います!用が済んだらすぐ帰って来てくださいね!」


 そしてロナはスイを治療室に案内した後、自分の家に帰って行った。

 因みにここは治療用の大きめの小屋らしく、いくつかのベッドがあり、ロイもそこに寝かされている。


 スイは腰に剣をさしたままベッドに倒れ込み、瞬時に眠りに落ちた。






 ――――――――――――――








 ――カタカタッ。


 スイを起こそうとしているかの様に震える剣を押さえつけ、スイは歩き出した。






「夢と同じだ」




 里を出て少し経ち、 聳え立った崖の上に立つスイ。天高くに位置するのは美しい満月。


 アルバリウシスでは、月はずっと満月だ。そして太陽が西へ沈むと同時に、東から月が昇る。月が西へ沈むと同時に、太陽は東から昇る。

 つまり、常に月か太陽のどちらかが出ており、月が真上にある今は真夜中ということだ。



 そして真夜中に崖の上に立つこの光景を、スイは夢で二回見ていた。


 一度目はドルフから剣を返してもらった日。

 あの夜、デヴィスと酒を飲んだスイは酔い、自室に帰ってすぐ眠ってしまった。腰に剣をさしたままだった。


 そして二度目はさっきだ。


 間違いなく剣に呼ばれている。

 この場所が獣族の里の奥だとわかったのは、夢の中での直感だ。



 スイはこの為に、夢の内容を実現する為に一人でここに来たのだ。何より、ミライアなど王城の者がいたら、獣族の里に近付くことなど反対されるだろう。




 さて、一体何用か。



 面倒事を我慢してここまで来たのだ。くだらない事だったらこんな剣、海に捨ててやる。

 スイはそう決心すると洞窟へ入って行った。










「待ってたよ、勇者」


 獣族が話していた通り中は何もなく、ただ大きな広間になっていた。

 その広間の中央に、白銀の長い髪と同じ色の瞳の、少年とも少女とも言える容姿の子供が立っていた。



「だれ」


「はは、冷たいなぁ。僕は聖剣の精霊。そして君の腰にあるのが聖剣。まあ、僕が宿っていないから、器と言った方が正しいかな?そこに僕が宿る事で、聖剣になる」


「宿りたいなら早くしろ」


「……君が勇者だなんて信じられないね」


「文句があるなら帰るついでに剣を捨てておく」


「待って待って!もう、どうしてそんなにいけずなのさ」


 慌てる精霊にスイは背中のブーメランを軽く投げた。それは精霊の周りをクルクルと踊っている。


「俺は剣よりそいつが気に入った。まあ聖剣でしか倒せない敵がいるなら捨てないでおくが、どうなんだ?」


「ふーん、確かにこれも特別な武器みたいだ………。でも聖剣って言うのは世界の均衡を保つ為に生まれたんだ。果たして均衡を保つ為に何かを倒す事が必要なのかな?」


「……お前の言う通りだな」


 スイは戻ってきたブーメランを背中に仕舞い、腰の剣を抜いた。


「ならば宿れ。聖剣として世界を救え。そしてその後は俺に休息を授けろ」


「ははは、最後のセリフ絶対いらないから。そのお願いは雇い主に言ってね。それより、君は何を救うの?」


「違う、救うんだ。この世界は少し歪だ」


 スイの言葉に笑顔を見せた精霊は、手元に光を集め、それは剣の形になる。


「それでこそ勇者」


 跳躍するように向かってくる精霊。

 流れるように振り抜かれる剣は戯れのようで、殺気はない。

 しかし死を意識しなくて良いわけではない。


 空気はピアノ線の様に張り詰めていて。スイが調律を間違ったのなら、その身体は即座に断ち斬られるだろう。


 躱して、受け流して、押し出して、受け流す。


 二人の剣舞の主導権は精霊が握っており、スイが生き残る術は、精霊の剣に合わせる他にない。



「俺はお前の操り人形か」


「滑らかに動く操り人形だね。君の剣は

 クールでスマート。長身のデヴィスから教わっていながら、細かい所は君の体格と性格に合うように工夫されている。悪くないよ。ただ、もう少し踊ろうよ」


 二人の剣は加速していき、剣を合わせる舞台は広くなっていき、今では広間全体を要する程だ。


 打ち合い、跳躍し、弾き飛ばされ、宙を蹴る。




 スイはブーメランを扱っている時と似ているなと思った。


 踊る様に武器と舞う。それがスイの戦闘スタイルなのかもしれない。




 しかしスイは気付いた。



 スイはブーメランを扱う時、ほとんどその場から動かない。ブーメランが思うままに操られてくれる為、動く必要がないのだ。


 そして今、そこの精霊はどうだ。

 精霊はほとんど広間の中央から動かずにスイを広間のあちこちに飛ばし、跳躍させる。



 そう、精霊は剣の使い手であるはずのスイを踊らせているのだ。



「気に食わないな」



 怠惰を貪る為には、怠惰を支配しなければならない。

 怠けて委ねているだけでは怠惰に飲まれてしまう。それは更なる面倒の訪れを意味する。


 故にスイは怠惰を支配する。



「鋭い剣になったね。まるで本物の剣士だ」


 流れる様な剣にはキレが増し、力強く舞う。


 そう、支配し、他人を踊らせ、自分はその上で胡座でもかいていればいい。それこそが真の怠惰である。




 いつしか立場は逆転し、広間の中央にいるスイは、その剣舞で精霊を自在に操っていた。



「はは、素晴らしい。やっぱ君には剣を使って欲しいなぁ」


 そう言う精霊の身体は少しずつ光を帯びている。


「なんだ、成仏か?」


「……勝手に殺さないでよ。君の剣と僕の波長が合ってきたんだ。一体化が始まる。君の剣は決して朽ちない聖剣となる」


「お前はもう出てこないのか?」


「寂しがってくれてるの?でも、君に呼ばれたら姿を現わすよ」


「決して呼ばない」


「いけずだなぁ」


 精霊はスイに弾き飛ばされながら再び戯れの様に笑うと、洞窟の壁に足をつき、膝を曲げて脚に力を込める。


「忘れないで欲しいのは、僕は君だけに聖剣を扱うことを許したって事」



 壁を蹴り弾丸の如く真っ直ぐ飛ぶ精霊。

 対してスイは、その場で迎え撃とうと、低く構える。


「やる気はないが、俺にとって寝心地の良い世界にしてやろうとは思う。最近は少し、快眠を味わっていないからな」



 スイの発言に満足した精霊は口元を綻ばせ、その手に持った光の剣を振り下ろした。




 それはスイの手に持った剣――器とぶつかり、交わり、洞窟内を白く染め上げる程の光を放つ。













 どれくらい経っただろうか。




 夜の静寂に波の音が響いた時、スイは目を開いた。

 再び崖の上におり、満月は未だ真上にある。


 あの空間は時間が止まっていたのか。それとも全て夢だったのか。それとも今が夢?


 スイは疑問を置き捨て、精一杯働いたのに時間が止まっていたと嘆くべきか、それとも帰って休む時間が増えたと喜ぶべきか、真剣に悩み始めた。




 そしてとりあえず帰ろうと歩き始めた時、スイの仕事はまた増える。



「――ゆーしゃさ、ま、勇者さま!!」


 茂みからバサッと出て来たのは獣人ロナ。余程急いで来たのか、肩で息をし、体中小さな傷と埃と葉っぱだらけだ。


「勇者さま!助けてください!里が、魔物に襲われてます!」


 目に涙を浮かべる少女と、耳を澄まして争いの音を探る勇者。


「……そうか、わかった」



 スイは面倒と言わなかった。

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