12話――熱





「それでソフィアお姉ちゃん、ここってどこなんだっけ?」


 一晩を明かした宿を出て、俺たちはやけに賑やかな大通りを歩く。


 早くここから逃げた方がいい、とソフィアは言っていた。

 その時は特に何とも思わなかったが、今になって思う。


 そもそも逃げるって、一体誰から――――


「――もう、ホントにしょうがないなぁウィルくんは。ここは王都だよ、王都」


 顔を膨らませて、両手を腰に当てるソフィア。

 そんなわざとらしい仕草さえも、どうしようもないまでに愛おしくて、可愛いと思えてしまう。

 

 俺は、思わず手を伸ばして、隣にいたソフィアの手を強く握りしめる。


「あ、ウィルくんの方からそんなことしてくれるなんて珍しいっ、嬉しいなぁ」


 弾むような声で言って、ソフィアは俺の手を握り返す。

 それだけのことで、彼女と触れ合っているだけで、酷く体が落ち着いた。





 王都から出て、俺たちは南の方へ行くことになっていた。

 ここから南といえば、丁度俺の村がある方向と真逆だ。


 南に行くために使用する移動手段は、乗合馬車。

 ソフィアは転移魔法を使えるのだが、転移魔法は一度行った頃か、見たことのある場所でないと、転移できない。


 なのでこうして、行ったことのない場所には直でいくしかないのだ。


 乗合馬車の停留所があるところは、俺たちが泊まった宿から徒歩で約二十分ほど。

 

 至福にも思えるような、ソフィアとの他愛もない会話を交わしながら歩みを進める。

 しかし、目的地までの道のりが残り半分ほどとなったあたりで、ソフィアがピクリと肩を震わせた。

 急に立ち止まったソフィアは瞳を閉じて、無言で固まる。


「そ、ソフィアお姉ちゃん?」


 突然のことに困惑した俺は、思わずソフィアに話しかけるが、


「思ったよりずっと早い……」


「え?」


 小さな呟きと共に、舌打ちが漏れ聞こえた。


「ウィルくん、こっち来て」


 戸惑う俺の手を引いて、ソフィアが脇道に逸れる。

 グネグネと曲がりくねった裏道を進むことしばらく、立ち止まったソフィアが俺に言った。


「ごめんねウィルくん、お姉ちゃんもすぐに追いつくから、ちょった先に行っててもらっていい?」


 先ほど歩いていた大通りがある方とは反対側を指差して、ソフィアが言った。


「ど、どいうこと……?」


 それは、つまり


――ソフィアと離れるということだろうか。


 それを理解した瞬間、今までに感じたことのないほど強烈な怖気が全身を駆け巡った。


 ダメだ、彼女と離れては行けないと、ナニカが絶叫をあげていた。


 体が熱い。

 特に、胃の底が燃え上がるように熱く感じられた。


 ソフィアの側にいなければならない。


 脳が焼け付いて、酷い嘔吐感がこみ上げる。


 吐きたい。全て吐き出してしまいたい。


 胃の中のモノをすべて外に出せば、この言い知れない怖気と恐怖、燃えるような熱から解放される気がした。


 と、その時、やわらかい感触が俺の体を包み込んだ。

 瞬間、体にまとわりついていた熱がスッと引いていく。


 見ると、ソフィアが俺を抱きしめていた。


「ごめんねウィルくん、大丈夫、大丈夫だよ。私はちょっとウィルくんの側を離れるだけで、すぐに戻ってくるから。だから、大丈夫、……ね?」


 顔を上げると、唇にそっとやわらかいものが触れる。

 唇と唇が軽く触れ合うだけのキス。


「好きだよ、ウィルくん……」


 それだけで、酷く落ち着いた。


「先に行っててくれる?」


「う、うん、分かった」


 ソフィアに言われて、俺は自分を無理やり押し出すようにして歩みを進める。


 俺が離れると、ソフィアは俺に背を向けて、正面を静かにそっと見据えていた。



 ◯



 ソフィアに言われた方に進み続けると、先ほどとはまた違う大通りにたどり着いた。


 ソフィアは、「先に行っててくれ」と、そう言っていた。


 つまり、俺はこのまま乗合馬車の停留所を目指せばいい。

 後ろ髪を引かれる思いで、俺は無理やり足を動かす。


 体は、寒かった。心が冷えていた。


 体全身が凍えるような寒気に覆われる。

 原因は言われずとも分かった。

 側にソフィアがいないからだ。


 体は寒いのに、胃の奥だけは変わらず焼けるように熱い。

 

 今すぐソフィアの元に戻れと、ナニカが叫ぶ。強制する。命令される。


 それを無理やりにでも押さえつけて、尋常では済まされない痛みを訴える頭を意識の外に追いやって、俺は歩き続けた。


 すると次第に、俺の視界に見覚えのある光景が映り始めた。

 

 俺は、昔に、子供の頃に、誰かと、家族と一緒に、この近くを訪れたことがある。

 確信できた。


 周りの景色に気を取られすぎたせいか、それとも先ほどからチリチリと痛み続ける頭のせいか、俺は足をもつれさせて、無様に転んでしまった。

 硬い地面に顔面をぶつけ、盛大に転ぶ。


「……ってぇ」


「おい坊主、大丈夫か?」


「あ、ありがとうございます……」


 丁度近くにいた、親切な男の人に助け起こされる。


 ぶつけた額に手をやりながら、俺は立ち上がって、助けてくれた男の人の顔を見た。


 俺は目を丸くする。

 それは、その男の人もまた同じだった。


「何でお前がこんなとこにいるんだ? ウィル」


 それは俺――ウィルロール・リーベドの父親である、ルーカスであった。


 

 


 

 


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