31 炎と氷のラブソング

「ニャートリーノ!」


 ========☆

 ニャートリー


 HP  9999

 MP  9999

 【氷爆ひょうばく】7000

 ========☆


「な、に……。【氷爆】だと?」


 ニャートリーの両翼から、氷の柱が俺に向かって突き刺さる。


「だー! ニャートリーよ。氷柱は痛いだろうよ」


 ズズズズズ……。

 俺の肉体を突き刺して、背中へと抜ける。


「まさか、ニャートリーに殺されるなんて! 意外過ぎる展開だろう。どういうゲームだよ。どういう世界だよ」


 腹に刺さった一本を抜こうとする。

 ぐっと力を入れるが、全く動かない。

 だが、思ったよりも痛くないようだ。

 これは、見た目は氷だが、実は魔法の一つではないかと思った。


「ニャートリーは、炎属性も氷属性もあるのだな」


 感心している場合ではない。

 これで千切れた電子蔦を、俺だって引き裂かなければならない。

 動かない氷柱が十二本あることが分かった。

 手あたり次第に動かしてみる。


「うーん」


 どれも、俺の本来の腕力では無理なようだな。

 そうだ、アレの出番だ。


 ========☆

 大神直人


 HP  0083

 MP  0101

 【竜巻】2000

 ========☆


「我が【竜巻】よ。俺のスマートなウエストに巻きついた電子蔦を散り散りにし給え!」


 深呼吸で、肺胞まで沢山の空気を送り込む。

 一つ一つに酸素を送り込んで、俺の燃えたぎる炎のエナジーへと切り替える。


「こんなときのイメージは、炎の竜だ!」


 ========☆

 大神直人


 HP  0079

 MP  0300

 【炎竜えんりゅう】3000

 ========☆


 必殺技のセンスは、ゲームで培われている。

 任せろだ。


「行け――! 【炎竜】の原罪落とし!」


 ブウウンウンとブースターが掛かる。

 この【炎竜】には、期待できそうだ。


「俺の竜よ。言わすもがな。電子蔦を千切れ!」


 ズガアアアと、上手く、【竜巻】に絡みついた【炎竜】が、地球を巡る月のように莫大な力でなぎ倒してくれた。

 散り散りにしてくれたようだ。

 刺激的だったせいか、俺の腹が氷や竜巻で痛みを覚えた。


「う、うう。痛い」


 不摂生が祟ったかとは、今は思うまい。

 俺は、がんばって、この森でこの世界で生き出したのだから。


「ニャートリー。ありがとう。氷柱が役に立ったよ。疑ってごめん」


「ニャーン」


 殊勝に覗き込む猫鶏が愛らしい。

 おい!

 異世界の奇怪な生き物に対してだぞ?

 お、俺は……。

 俺は……。


「許してくれるのか。サンキュー」


 そう言いつつ、自分は動揺している。


 ――ニャートリーに恋してはだめだっ。


「気が付けば、二人っきりだな」


 ニャートリーが俺の肩にちょこんとする。

 俺のぽつんとした心模様を聴き、その小槌に応じるように、ニャートリーが啼いた。


「ニャンニャン。ニャートリー。ニャ?」


「ニャートリーの気持ちを知る必要があるかって? 気になるだろうよ。答えなくてもいいけれども」


「ンニャー!」


 空高く羽ばたいて見えなくなってしまった。

 おおー。

 俺は、どうして、「恋愛はだめだっ」の方向へ行くのだろか。

 ――悪い癖だな。


 ◇◇◇


 いつまでも夜にならない古代遺跡の前で、もしかしたら女子高生女神が、大神直人を求めて集まって来るのかと思っていた。

 所が、全く気配がない。


「きっと、新しいケーキでも作って盛り上がっているのだろう」


 俺は、ぶすっとして嫌味まで吐き出した。


「喉が渇いたな。井戸の水を飲むか」


 俺が、井戸を覗いたら、俺がいた。

 まあ、至極当たり前だ。

 俺が二人いる訳ではない。

 だた、井戸がやけにきらきらと光っているなと思ったのだ。

 まだ帰らないニャートリーに訊いてみる。


「井戸に魔法が掛かったようだ。飲めるかな?」


 飲めるかが問題ではないと思う。

 何やっているのだ、俺は。


「井戸がマーブルに、様々な色に変化して行く。水仙さんが登場して来たときとは、全く異なる。どうしたんだろうか。やはり、飲むのは我慢しよう」


 飲むのを我慢する話でもない気がする。


「なあ、ニャートリー。お前ならどう思う?」


 お喋りなニャートリーが水面で黙りこくっている。

 いや、そこに可愛い猫鶏がいなかったのにだ。

 大丈夫だろうか。

 俺に厳しく、自分には甘くのニャートリーがだ。

 い、な、い。


「おいおい、飲まない方がいいよ。危ないぞ、井戸なんて。深さも知れない」


 ――しゃぽん。


 水面にあったニャートリーの淡いもこもこの影が消えた!

 同心円状に波紋が広がる。

 どうした?

 あの水の飛沫のような音と共に去ってしまったのか?

 本当に。

 

「嘘だ。嘘だよと啼いてくれ。ニャートリー!」


 俺は、真っ先に井戸を疑った。

 がっつりと井戸を掴んで、中を覗くが、ニャートリーがいない。

 揺れる影が別の何かであって欲しい。


「ニャーンでも、何でも構わない。何処にいるのか、啼いてくれ。俺は助けに行くから! 必ず、必ず行くから!」


 ニャートリーは、炎と氷を自由に操れたな。

 井戸から救い出すには、炎では反対魔法だ。

 氷は、同族魔法だ。

 だから、使っても効果は薄いだろう。


「俺は、どうしたらいい? ニャートリー。何時の間にか誤って落ちちゃったのだろう? そうなのだろう?」


 もう、このときには女子高生女神達のことは一柱も思い出せなかった。

 俺の仕事を誰かにして貰おうとか、全く思わない。

 例えば、ブンモモモさんを百合愛さんに頼むとか、そんな安い考えだよ。


「俺が、ニャートリーを救いたいのだ」


 拳を一つ握る。


「俺が! ニャートリーを助けるのだ!」


 両手を拳にする。


「俺が助けなくて誰がするのだ! ニャートリー。友達以上に想っている。俺達は、いいパートナーだと思うのだよ……」


 なすすべもなく、井戸に手をついて覗き込んでいた。

 俺の想い出が駆け巡る。

 このゲームの世界へ来てから、水を探すことや開墾することから始め、色々な種を貰い、苦手だった女子とも会話を上手にできるようになったということ。

 その全てが、ニャートリーの恩義に繋がっているということだ。


「一つ一つのシーンが、数珠繋ぎに俺の宝物になっている。まだ、生きているな。走馬灯のようではないから」


 今なら、ニャートリーが俺の【不遜】の値を下げてくれるだろうと思っているが、これも【不遜】に当たるかな。


「ここへ来たのが春頃だったか。もう小春日和も過ぎた。春はもう直ぐだ。何をしているのかな? ニャートリー」


 溺れて亡くなったりしていないよねと、心配で心配で仕方がなかった。

 俺にとって、アイツは、ただの猫鶏ではない。


「ニャートリー。もう、言葉を拾えないよ」


 暫く、愕然としていたが、何もしないのでは、ニャートリーを救えない。

 そうだ、歌を歌おう。


「俺の歌を聴いて欲しい……」


 再び、深呼吸をし、頭が上に引かれるようにして、お腹などの姿勢を正す。

 ――俺の大切にしている想い出で、ニャートリーを救いたい。

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