007 幸せになろうよ――春

30 電子蔦は敵か味方か

 蔦は歌い続ける。

 変な歌。

 気分が悪い。

 何の警報かと思うよ。

 ああ、俺のハッピーバースデーパーティーをへし折られ、魔女騒ぎまであったしな。

 この蔦は先日入った洞穴とは異なるようだ。

 幾つかあるのだろうか?

 分かれ道ともなっていそうだ。


「古代遺跡か……。どの時代に繋がっているのだろう。今よりも本当に古い時代なのか? もしかしたら、未来に、いや、現在に繋がっているのか?」


 01101……。

 ゲーム脳は考える。

 この遺跡の向こうに何があるのか。

 俺の一縷の望みだな。

 このゲームの世界らしき所に入ってしまってから、全く時間の感覚がない。

 ぐーっと煩い腹時計は、当てにならない。

 けれども、【空腹】にはなる。

 この世界の決まりごとのようで、労働をある程度しないで【空腹】でいると、【HP】も下がり、本気で倒れる。

 俺は、何しに此処へ来たのか。

 苦手な女子高生の皆、流石に女神だけあり、ニートアレルギーではないようで、よくしてくれている。


「そうなのだよな。女子高生女神の皆、ああ、ニャートリーも優しくしてくれた」


 蔦がざわつく。


「タ~ナ~ン~ナナ~。タ~ナ~ン~ナナ~。タナナナナン、ナナ」


 独特過ぎる歌だ。

 世界はとても広いと感じさせられるよ。

 遠く、遠くに行ってしまった大神直人。

 今まで俺を知っていた人、と言っても憧弥母さん、誠一父さん、優花だけしかいない。

 俺の部屋は、元通りかな?

 蛍が光るゲームの画面に床を這うコード達も懐かしい。

 何か、センチメンタルだ。

 情けないな。


「迷いの多~い仔羊さんは、こちらですよ~。私は電子蔦~」


 蔦の歌。

 正式名称電子蔦か。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 コイツの誘いにのってみるか。

 俺は、電子蔦にゆっくりと歩み寄った。

 すると、自動ドアのように、蔦が絡まりながら入り口を開けてくれた。


「ますます、入ってくださいか……」


 中は、随分と暗い。

 こんな所へ入らなくても、皆の所へ行けば、ハッピーバースデーパーティーもできる。

 でも、どうなのだろうか。

 家に帰れた場合について、再び妄想してみる。

 母さんが優花と一緒に用意してくれるのは、何故か煮物にモンブラン……。

 あの手羽先の甘っ辛いのが美味しいのだよな。

 うちのクリスマスにいただくターキーも鶏で代用だ。

 俺は幼い頃、手羽元の軟骨を豆だと思っていたらしく、母さんに取ってくれとせがんだらしいがな。


「くすっ。ははは! 思い出し笑いをしているなんて、久し振りだな」


 ちょっと内緒で心に模様を描いただけ。

 俺が、東京の田舎と冗句にして笑っていた自分の家。

 二十余年もそれを続けて来たのだな。


「段々と郷愁に浸り過ぎて行く気はする。でもさ、俺は独り暮らしをしたことがなかったのだ。今、ゲームの中に落ちても、東大学を卒業する頃には、実は決壊した気持ちだった。だが、それも……」


 考え事をいちいち口に出してしまった。

 ブンッ――。

 俺の耳元を何かがかすった。


「誰だ!」


 ヒヤリとした俺は、振り向くこともできず、目を見開き、ただ佇んでいた。

 伸びた髪が乱れたので手をやると、ふわもこに触れた。

 この感触は、暫く振りだ。

 ほこほこして、可愛いだろう。

 俺をこのゲームの世界で導いてくれた――。


「ニャンニャニャー!」


 このキュートな声もあの猫鶏、ノンノンノン。

 ニャートリーのご登場だ!


「ニャートリー! ニャートリーだろう? 俺、ださいけれども、待っていたんだ。心配したよ。とっても、とっても、とっても」


「ナンニャー?」


 俺の肩にちょこんと止まった。

 怪訝な顔をして覗き込む。


「オスだかメスだか分からないが、そのピンクのもこもこに、癒されるのだ。この異世界ファームで、一番のオアシスだな。逃げ水でもない」


「ニャン」


 返事は、うんだよな。


「……あのさ、暇潰しでもいいから、俺とこの古代遺跡の向こう側を探索しに行かない?」


 どうしよう?

 こんなこと、思い切って提案するだなんて。

 告白しているみたいだな。


「ニャンニャン」


「ええ! いいのか。ありがとう。はー。心細かったんだよ。正直さ」


 しょんぼり気分を紛らわすように、ニャートリーに頬ずりをした。

 結構、頬が痛かった。

 ふわもこに見えて、羽だった……。

 痛いっす。


「ニャートリー。ニャオー!」


 猫鶏は、咆哮した。


「ははい。入ります!」


「タ~ナ~ン~ナナ~。タ~ナ~ン~ナナ~。タナナナナン、ナナ」


 来たー!

 けれども、いつまでもビビッていては、古代遺跡の本当が分からない。

 必ず明かしてやる。


「後進がいないな。女子高生女神も尽きたか。俺が居なくとも、女子高生女神だけで、生活できるようにはして来たからな。もう、モンブランまで作れてしまう」


 ジュル……。

 

「ニャートリーの涎か? ニャートリーの分もあるぞ。何なら後生だから、食べてから古代遺跡に突入するか」


「ニャーン」


 遠慮するのか。

 殊勝だな。

 よく観察していると、ピンクのもこもこに大和撫子の品格さえ感じられる。

 きりっとしているしな。


「ニャニャ?」


 思えば、ニャートリーのお陰で、俺はこの地へ辿り着けた。

 自分でがんばって、水を得ることから始まって、畑まで作り、牛のような生き物まで飼うことができるようになった。

 全て、俺だけの力ではない。

 ニャートリーと女子高生女神がいたからこそだ。

 感謝は伝えないとな。

 このトンネルに入って、死んでしまってからでは遅いから。


「ニャートリー。何て言ったらいいのかな……」


「ンニャ?」


 俺の鼓動が警鐘を鳴らし始めた。

 ど、どど、どどど……。


「あの、さ」


「ンニャ」


 今だ!

 さあ、チャンスを逃すなよ、大神直人よ。

 俺は、ニートプラスアルファ。

 これまでとは異なる自分に出会えたのだ。

 それもこれも、この世界に来たお陰だと、ニャートリーのお陰だと、たった一言伝えるんだ。


「え、ええーと。俺はさ」


「ニャン。ンニャー!」


 急に俺の腹は力が入らなくなった。


「うぐ、ふう。げぼお――」


 腹に一重二重と蔦が絡まって行く。

 ベルトを引き締め過ぎたときの感覚に似ている。

 だが、それだけではない、ピリッと来るものがあった。

 そして、その程度が急激に上がる。


「うあ……」


 もう、これ以上は声の糸にもならない。

 苦しい。

 誰か助けてくれ。

 ここにいるのは、可愛い猫鶏だけ。

 皆もいない。


「だめだっ。も、もう……」


 俺の意識が遠のいて行く。

 ――ここで、負けられ、な、い……。

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