第8話:覚醒?


どうやらサラはその機器の扱い方は知っていても、結果の出し方までは詳しく知らないらしく、院長とやらのレイが判断を下すことになったようだ。

彼はどこか愉し気な笑みを浮かべながら分析を進め、この世界ではどう呼ぶか知らないが現代で言う三十分が経過した頃にレイは顔を上げた。


「結果は出たよ。複雑故に時間がかかってしまったが、まずは舞くん。君は自身で把握している通りだね。空間を歪める力、歪みを広げる力。加えて君自身の生体魔素アストマナは信じられない程に膨大だ」


「・・・・・・まあ、それ以外にないものね。膨大かは知らないけど」


舞はその結論に納得すると共に測定器の信憑性も再確認しており、輪の前では虚勢を張って対峙していたレイに対しても完全に慣れた様子だ。


「ちなみに我々が分類する所によれば、“空間歪曲魔術ディストーション”に位置するものだ。覚えておくといい」


能力分けをするに当たって分類が存在しているようで、呼び名まで頂戴する舞。

この世界に来る前から舞の現代魔術師としての優秀さは解り切っていたので、今更になって自分と比較してショックを受けはしない。

それよりも、今まではほぼ役に立たなかった能力も判別機能を使えばついに正体が判明するかと思うと心臓が高鳴ってくる。


特にあの文字盤達の起動の仕方さえわかれば、文字盤の形をした現代魔術達は解き放たれるだろう。


「さて、輪くんの魔術だが・・・・・・」


「・・・・・・・・・」


「今は口にするのは控えるとして、特殊な方法で君の能力は測定しようと思う。輪くん、今すぐコロッセオに降りたまえ」


古い呼び方ではあるが、要は先程の戦う為にあるようなフィールドに今すぐに降りろと言っているようだ。

最悪の想像が脳裏に過った輪は引きつった顔でレイを見返すが、この上なく嬉しそうな笑顔でこくんと首肯を返されてしまう。

どうやらこの男は物腰こそ柔らかいものの、特に輪に対しては優しくする気は全くないことが心の底から身に染みた。


「まさか・・・・・・そういうことかよ」


「ああ、そうだ。君の力は少し扱いが難しい。だから、この場できっかけを与えてあげようという温情のつもりだ。折角の機会だから魔術についても基礎を教わっておくことをお薦めしよう」


「ちょっと、院長先生!!まさか戦わせようって言うんですか?ろくに自分の力をわかってないのに危険すぎます!!」


サラが見かねたように抗議してくれるが、その言葉を聞いてもレイは何かを確信したかのようにどこ吹く風だ。


「危険だと思うならサラくんが相手してあげなさい。そうだな、不得手だろうが赤を使った方が手っ取り早いだろう」


「・・・・・・それで本当に彼の力が?」


「それは彼次第さ、君はただ輪くんを追い詰めれば良いんだ」


半信半疑のようだったが最後の砦のサラがついに陥落して、申し訳なさそうにちらりと視線を輪へと送ってくる。

普段なら止めてくれそうな舞も何かを考え込んでいたものの、決心したのか輪に向かって囁くように一言を添えた。


「・・・・・・輪、やってみたらどうかしら。少し私にも考えはあるから」


「マジかよ・・・・・・。まあ、嫌だって言って見逃してくれそうな空気でもないな」


今までに敵と戦いを交えたことはなく、模擬戦形式と言ってもどんな戦いになるのかもその方法からしてさっぱりだ。

それでも退く道が最初から用意されていないのなら、舞の考えとサラの人柄の良さを保険に能力の壁へと挑んでみるしかない。



そして、サラと輪はコロッセオの底にある土の地面で対峙していた。



一通りの解説は受けた上で、柄に紅の小さな水晶が嵌った棒状の武装がサラと輪の手には握られている。

どうやら生体魔素アストマナに性質・指向性を与える機能を持たせた魔導士の操る得物をこの世界では魔導器ロッドと呼んでいるようだった。

今は訓練用の棒状の物なので大した威力は出ないらしいが、それでも棒切れで人と殴り合うなんて簡単には出来そうにない。


「あんまりこういうの気が進まないんだけど・・・・・・炎熱魔術フレア第一式ワン


それこそが生体魔素アストマナを現象を起こす為のエネルギー変換技術を活かした秘奥、魔術の発現だった。


ため息と共に呟いた一言と共に、火の塊がサラの棒型武装の周囲を這い回るように覆っている。

今の状態の輪にはあんなことは出来ないと、なぜか理解できてしまっていたので真似をする気持ちにはならない。


内側に意識を飛ばし、七つの文字盤の様子を視る。


薄く輝きを放ち始めているのは紅の水晶を戴く文字盤だが、やはり針は軋みを上げながらも動く気配がない。

実際の魔術と対峙してもダメとなれば、この現代魔術の起動条件は何なのか更にわからなくなってくる。


「サラくん、遠慮はいらない。潰す気でやりたまえ。彼は傷を負うどころか、そのまま状態の君の手には余るだろうからね」


「・・・・・・やっぱり、そういうことね」


レイの横にいた舞が半分だけ不機嫌そうな顔をしている半面、輪は自分の内側にもう一度だけ目を向けて確信に近い予感を得ていた。

確かにもうすぐ現代魔術が解き放たれる予感はしているが、まだ一つだけピースが足りていないのがもどかしい。


そもそも、なぜレイは確信を持って輪を戦場に送ったのか。


あの笑みは決して輪を害そうという暗い笑みではなかった。

それなら、戦いに巻き込むことによってしか目覚めないという計測結果が出ていたとしたら舞が黙っていることも辻褄が合う。


「サラ、遠慮しないで来てくれ。多分・・・・・・そうしないと何を変わらない」


「リンまで何言ってんのよ。もう、何が起こっても知らないからね」


深いため息を吐くと、わずかにサラの纏っている空気が変化したのを感じ取る。

同時に手元の炎が更に燃え上がり、今まではあれでも十分過ぎる程に力を抑えてくれていたのだと今更ながら悟る。


―――怖い、という気持ちが内側から滲み出す。


ここから先は恐らく人が踏み越えてはいけない領域で、勇者達への憧れでは済まない凶器を手にすることになる。

だが、この世界で『魔王』と名乗る存在を見つけ出すには、自分の身を護る力が今後は絶対に必要になってくるはずだ。


生きるにはこうするしかないと、不安を乗り越えて一歩踏み進む準備をする。


なぜ英雄や勇者の類に憧れたか、それは彼らの力を持ちながらも己を律する強さが眩しかったからではないのか。

無条件の賞賛が欲しかったからではなく、力を正しく使った末に得た栄光がとんでもなく幼い頃の輪には眩しく思えたからだ。


サラは躊躇いを踏み越え、一瞬で輪へと肉薄して棒を振るう。


それでも随分と加減してくれているのが見えるが、見立て通りに躱すのが精一杯で頬を炎が焦がして肝が冷える。

鋭く振るわれるサラの得物は風を鳴らし、炎を纏う切っ先は炎の軌跡を描いて空間を切り裂いていった。

日常生活では絶対に味わうことのなかった魔術による身の危険を前に不思議な程に気持ちが落ち着いていく。


サラの一撃を今度は余裕を持って躱す。


次も、その次もただ抵抗するでもなく回避する。


その度に輪の体が変貌していくのがわかる、全身に何か今までとは違う力が浸透していくのを理解し始めていた。


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