リッヒランド編

第2話捕らわれた女性?

 俺は悲鳴が聞こえた方向にバイクを走らせる! 

 こんな森の中で悲鳴だなんて…… 誰かが猛獣にでも襲われたんだろうか? 

 桜は俺の腰にしっかりと手を回し、声を掛けてくる。


「ちょっとパパ! もう少しゆっくり!」

「我慢しろ! 安全運転とか言ってる場合じゃない! 話してると舌噛むぞ!」


 すまんな! 人命がかかってるかもしれん! 今は急がないと! 

 鬱蒼とした森の中、バイクを走らせる。

 少し進むと視界が少し開けてきたので、ゆっくりとブレーキをかけバイクを停める。

 俺は一人バイクを降りて……


「桜、お前はここで待ってろ」

「なっ!? 嫌よ! こんなところで一人で待ってるなんて! それに私だって何かの役に立てるかもしれないじゃん! こないだ保健体育の授業で怪我した時の応急処置の勉強もしたんだから!」


「分かったよ…… でも何か危険を感じたらすぐに逃げろよ」

「了解!」


 桜は元気よく敬礼をする。どこで覚えてきたんだか…… 

 俺達はバイクを下り、歩きで声のした方向に進む。

 そして……


「止めて! 離しなさい!」


 再び声がした。

 離しなさい……? 相手は猛獣とかではなさそうだな。

 近くに身を隠せるほどの大木があったので、そこに身を隠す。

 そして声のした方を桜と覗き見ると……


 一人の女性が縛られ、地面に転がされていた。

 そしてその女性を取り囲むように多くの男達が十人ほど…… 

 いや男ではなかった。


 そいつらは…… 


 燃えるような真っ赤な瞳。

 口から飛び出た牙。

 背丈は成人男性より少し低いくらいだろうが、筋骨隆々の体。

 そして…… 人の顔をしていなかった。


 RPGで序盤に出てくる雑魚モンスター、ゴブリンとよく似た姿だった。

 うっわ…… これで俺達が異世界転移したってのは確定したな。


「ねぇパパ…… あれって……?」

「あぁ…… 分かってる…… でも今は様子を見なくちゃ……」


 小声で話しつつ、遠目からゴブリンらしきモンスターの様子を観察すると、一人のゴブリンが捕らわれた女性の前に立つ。


『サガシタゾ、アルブ・ビアンコノムスメヨ。ヨウヤク、アノカタトノヤクソクヲハタセル……』


 捕らわれた女性は憎々し気にゴブリンを見上げる。


「離しなさい! 私をどうする気!?」

『キマッテオロウ。ワレラノシュジン、アルブ・ネグロスノオサニ、オマエヲヒキワタスダケダ』


「アルブ・ネグロス…… そんな……! 止めて! 離して!」


 なんだかよく分からない会話が繰り広げられるな。

 整理してみよう。

 恐らくゴブリンは女性を殺す気はなく、こいつらの主人だか雇い主にあの女性を引き渡すだけのようだ。

 命の心配はないだろうな…… 

 ここは俺達の安全が最優先だ。

 あの娘には悪いが助けられないな…… 


「桜…… 逃げるぞ……」

「パパ!? なんてこと言うの! あの人を助けないの!?」


 気持ちは分からんでもないが、俺は平和な日本で暮らしてきたサラリーマンでしかない。

 武道の嗜みなんかも全くない。殴り合いのけんかだって中学生の時が最後だ。

 俺一人なら多少無茶も出来るだろうが、娘の安全が最優先。

 この子に怪我でもさせたら、天国のかみさんに怒られちゃうからな。


「いいから…… 桜、行くぞ!」


 強引に桜の手を引いてバイクを停めている場所まで戻る……が、途中で桜が俺の手を引き返した。

 振り向いて桜の顔を見ると…… 

 その顔は涙で酷い顔になっていた。


「桜……」

「パパ…… あの人を助けようよ…… 困ってる人を見捨てることなんて出来ないよ……」


 気持ちは分かる。でもな、俺はあの娘を助ける武器も技術も無い。

 不用意に出ていっても俺が死ぬだけだろう。

 俺が死ぬ。それは桜がこの世界で一人になってしまうということだ。

 それだけは避けないと。


「桜…… これ以上俺を困らせないでくれ。安い正義感のためにお前を危険な目に会わせるわけにはいかない」

「安い正義……? パパ! パパは教えてくれたよね! 成さぬ善より成す偽善だって! あの言葉は嘘だったの!? 困ってる人がいたら出来る限りでいいから助けてあげろって!」


 あちゃー…… 確かに桜が小さい時からそれは言ってたな。

 でも今は状況が違うだろ。例え桜に嫌われることになってもここは逃げないと…… 


 桜を説得させるために口を開こうとしたところで、再び捕らわれた女性の叫びが聞こえる。


「いや! お願い! 離して! 解放して! あいつらの手に落ちるくらいならここで殺して……」


 その言葉を聞いて桜が俺を睨む。


「パパが行かないなら私がっ!」

「待て。お前に何が出来る」

 

 桜を言葉で制する。

 全く…… お前はガキの頃の俺にそっくりだね。

 安い正義感のために無茶しては母さんに怒られていた。


「いいか。お前はここで大人しくしていろ。俺は今からあの娘を助けにいく。でもな、必ず助けられるかは分からん。俺の命が危ないと感じたら全力で逃げる。ほとぼりが冷めたらお前を迎えに来る。約束しろ。ここで大人しく待てるか?」


 桜は一瞬驚いた顔をしてから頷く。


「でもパパ…… どうやってあの人を助けるの……?」


 俺の手元にある唯一の武器。

 それは愛車のバイクだ。これを使ってゴブリンを轢き殺すしかないだろうな。

 俺は返事をすることなくヘルメットを被る。

 あーぁ、今まで安全運転を心がけてきたのにな。

 十年間ゴールド免許だったのに、異世界で交通事故を起こすはめになるなんて。


 キーを差し込みエンジンをかける。


 

 ドッドッドッドッドッ



 聞き慣れたエンジン音。心地いい振動が伝わる。


「じゃあ行ってくる!」

「パパ、気を付けて!」


 俺はバイクを走らせる! 大丈夫だ、必ず帰ってくるからな! 

 


 ブロロロロッ



 ゴブリンがいるところまでは二百メートルといったところだろう。

 加速には充分な距離だ。時速は六十をキープ。

 まともに衝突すれば命を奪うには容易い速度だ。

 あと数十メートル! 異変に気付いたゴブリンの一人が俺を見つめ……


 目が合った。

 だが次の瞬間にはゴブリンは前方に大きく吹っ飛んでいった。

 


 メキョ



 肉がひしゃげる嫌な音が伝わってくる。


『グギャッ!?』


 悲鳴が聞こえたが、俺は速度を落とすことなく次の獲物を狙う。

 ゴブリンの視線が一斉に俺に集まり、一匹が俺に向かい矢を放つ! 



 シュンッ ガッ



 うぉ!? 矢がメットを掠めた! 

 だが痛みはない。流石はア○イのヘルメットだ! 

 いいやつ買ってよかった! 


 メーカーに感謝しつつゴブリンに突進! 



 ドスンッ メキィッ



『ゲハァッ!?』


 一匹目よろしく矢を放ったゴブリンは俺のバイクに轢かれて動かなくなった。

 こうして俺は次々にゴブリン共を轢き殺していく。

 くそ、嫌な気分だ。平和な日本で安全運転を心がけてきたのに。

 車、バイクが動く凶器だって教習所で教えてもらった意味が初めて分かったわ。


 そんなことを考えながら最後の一匹を……



 ブロロロロッ グシャッ 



 轢き殺す。これで全部か…… 

 辺りには動かなくなったゴブリンが横たわっている。

 動いているのは俺と捕らわれた娘だけだ。

 俺はバイクを降りてその娘に近づく。

 娘は怯えた表情で俺を見ていた。


「い、いや! 来ないで!」


 そんな怖がらなくても…… せっかく助けてあげたのに。

 あ、そうか。フルフェイスのヘルメットを被ってるからかな? 

 俺はメットは外して…… 

 あれ? 遠目からじゃ分からなかったけど、この娘って……


 金色の長い髪。

 綺麗な顔立ち。

 細い体。

 そしてファンタジーでよくあるような横に長い耳。

 これって……?


「君はエルフか?」

「エルフ……? いえ、私は…… 危ない!」


 ん? 危ない? 

 俺は後ろを振り向くと…… 


『ギ……』


 顔から血を流したゴブリンが後ろにいた。


 大上段に剣を構えていた。


 それがゆっくりと振り下ろされる。


 ゆっくりとだ。

 あぁ、これが走馬灯ってやつか。

 某格闘漫画で読んだことがあるな。

 身の危険を察すると動きがゆっくりに見えるんだって。



 死



 その言葉が脳裏を過ぎる。

 俺は死ぬのか? 


 いや、そういう訳にはいかない。

 俺一人ならここで死ぬのもしょうがないだろう。

 だけど俺には娘、桜がいる。

 あの子を独り立ちさせるまで俺は死ぬわけにはいかない。


 無意識だった。

 ここで後ろに下がれば俺は袈裟懸けに斬られて死ぬだろう。



 ザッ



 懐に飛び込む。

 せっかくだ。こいつを一発ぶん殴ってやろう。

 ゴブリンは背が低い。俺の中段突きがちょうどヤツの顔面に当たる位置にある。


 俺は前に出つつ、ゴブリンの斬撃を避ける。

 さて渾身のサラリーマンパンチを食らえ!

 拳に力を込める!



 バチバチッ



 ん? バチバチって何?

 まるで拳に電気が走ったような感触が……

 いや、今は考えまい。

 とにかく一撃をお見舞いしてやらないと。


 狙いは顔。口と鼻の間。人中ってやつだ。

 拳を握るが中指の第二関節は少し出しておく。一本拳ってやつだな。

 もしかしたら倒せないまでも意識を刈り取ることが出来るかも……



 ビュンッ メキィッ



 俺の拳はゴブリンに当たった瞬間、顔にめり込む?

 


 メキィッ ヌチュッ



 拳が脳の温かく、気持ちの悪い感触を感じさせた瞬間……



 バシュッ!



 ゴブリンの頭が弾けた!?


 次の瞬間、体が熱くなるのを感じた。

 力がみなぎる。これって……?

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