第三話 新担任は大騒ぎしながらホームルームを終える



「でもラスタせんせー、授業の枠はいっぱいだと思いまーす。『魔法』の授業はいつやるんですかー?」

「追加とか居残りとかぜってーイヤだかんな!」

「俺、部活あるからそれはムリ」


「うむ、その質問はもっともだ。だが、一つ私から質問を返そう。君たち……勉強、手を抜いてるな?」


「なななんのことですかねー」

「そんなわざと悪い点を取るわけないじゃないすかー」

「やだなあおっさん何を根拠に!」


 動揺しまくりである。

 ぴゅーぴゅーとヘタな口笛を吹く生徒までいる始末である。


「え? あの、ラスタ先生、どういうことですか?」


「簡単なことですよ田中ちゃん先生。私がこの世界に来てからおよそ半年。特務課への協力と研究の合間に日本語を勉強したわけですが、それだけで読み書きできるようになりました。カタカナも、漢字さえも」


「おっさん実は日本人だったんだろ? ほら転生とか転移とか!」

「うわっ、そんなこと言い出しちゃうのか」


「私と彼らが力を宿した理由はまた説明しますが……近接を得意とする職業クラスであっても、知力は元の私より上でしたからね」


「ぐあー、これごまかせねえ!」

「〈ステータス鑑定魔法〉か! 喚んですぐアレかけるとかいま思えば卑怯!」


「みんな……」


 手抜きがバレてうめいていた生徒たちが静まる。

 田中ちゃん先生がうつむいたから。

 生徒一人ひとりに向き合って、テストで悪い点数を取れば心配していた、昨年度までの担任が。

 ちなみに赤点はクラス全員ゼロだ。手抜きしても余裕だったらしい。


「よかった! 先生みんなのこと心配で、でもウチの学校でいい点を取れるならきっと大丈夫!」


 ニッコリと笑う田中ちゃん先生。純粋か。


「おおお、罪悪感やべえ!」

「むしろ怒ってほしかった! 胸が痛い!」

「田中ちゃんは学歴信者か」

「いやまあウチ付属だし? 都内でもけっこうレベル高いし?」


 頭を抱えたり、手で胸を押さえたり、落ち着かない生徒たち。

 手で胸を押さえてもおっぱいはない。〈男の娘〉とアメフト部は怪しいが、ないはずだ。


「む、まだまだ甘い」


 そう言って突然、虚空を指さすラスタ。

 田中ちゃん先生はこてんと首を傾げている。

 このあたりの幼さが生徒に舐められる……親近感を持たれる理由だろう。

 まあ男子校ゆえ、若い女性教師というだけでアイドル扱いされるのは必然か。


 ふたたびラスタが虚空を指さす。

 今度は、自らの目の前で。

 ラスタの顔色が変わった。


「最初のスカート狙いはまだいい。いやよくないが気持ちはわかる。だが! 髪はないだろう髪は!」


 今日一日でラスタの指先から光が放たれたのは何度目だろうか。

 うっと声をあげて、イスに座ったまま上体を揺らしたのは一人の生徒だった。


「〈大魔法使いアークウィザード〉と言ってもまだまだだな、風間」


 ダメージを受けた生徒を前に、ラスタは満足げである。


「あの、ラスタ先生?」


「いま風間が魔法を使ったのです。属性は風。おそらく、風でめくろうと思ったのでしょう。その、スカートを」


「えっえっ!?」


 バッとスカートの裾を掴んで下に引っ張る田中ちゃん先生。

 スカートはヒザ下までの長さだが、タイトではなくヒラヒラしている。

 風を受けたらめくれそうな。

 というかラスタ、イラッとしたのはスカートめくりではなく前髪を狙われたことなのに、そこには触れない。ハゲてるわけではない。薄くなってもない。


「安心してください田中ちゃん先生。彼らの魔法の構築はまだまだです。私がいる限り、スカートも髪もそよ風ひとつ受けることはありません」


「はい、ありがとうございます! 私、昨年度は何回も、それでスカートは履かないようにしてたんですけど、でも新学期だし春だし」


 もじもじする田中ちゃん先生に、ラスタはわかりやすくデレッと表情を崩していた。女性に免疫がなさすぎる。


「……さて。〈大魔法使いアークウィザード〉であれば、本来私の目をあざむいて魔法を通すなど簡単なはずだ。君たちは魔法の構築もマナの制御もまだまだだ。高いステータスと職業クラス補正、有り余るマナで強引に発動させているにすぎん」


 目の前で実力を見せられたからか。

 やっと、生徒たちはラスタの言うことを聞いていた。

 魔法を防がれた〈大魔法使いアークウィザード〉も、遅刻してきた愛川も、姫様と侍女さえも。あとなぜか田中ちゃん先生と特務課の伊賀も。


「知力を持て余して勉強に手を抜き、マナを持て余して魔法を学ばない。有り余る身体能力でままならぬことも、強さゆえの悩みもあるだろう。それも、私が君たちをあの世界に喚び出したことが原因だ。送り還したからといって消えるものではない」


 真剣な眼差しのラスタに、生徒たちは静かに話を聞く。

 ラスタの言葉に頷くところがあったのかもしれない。


「特務課のみなさまに、この機会を与えてもらったことを感謝する」


 教室の隅にいる伊賀に頭を下げて、ラスタは向き直る。


 かつて自分が異世界に喚び出した勇者たちに。

 望む望まぬにかかわらず、力を得てしまった生徒たちに。


「今日から私が君たちを教え、導こう。かつて、師匠が私にそうしてくれたように」


 ラスタの宣言は、拍手で迎えられた。

 さすがノリで生きる生き物……これはきっと、ノリだけではない。


「ラスタせんせー、それでいつ授業するんですか?」

「必要だってのはわかるけど、授業数が増えるのはちょっと」


「おっと、その話だったな。忘れたわけではないぞ?」


「ふふっ。ラスタ先生、忘れてましたね? 私もよくあるんです!」


「実技系以外の教科から、週にひとコマ分の時間をもらっている。その分、各教科の進みが速くなるだろうが……問題あるまい?」


「ええー。手抜きできないじゃん!」

「近接系の職業クラスざまあ!……〈竜騎士〉って大丈夫だよな?」

「〈賢者〉たるもの、知力においてはクラストップを取らなければ」

「うるせえエロサイト送りつけて賢者タイムぶっ壊すぞ」

「興味深い話ですね? ワタクシにURLを送っていただいても?」


 問題ないようだ。たぶん。


「では授業は明日からだ。時間割を配っておくので、各自『魔法』以外の教科は準備しておくように。それと関係ない者を連れてこないように。姫様もですよ?」


「わかりましたわ、ラスタ」


「くっ、だが学校に入らなければいいのだな!」


「エルフは木登りと精霊魔法も禁止だ。森の賢人なのだろう? ああそうだ、明日から教室には結界を張る」


「え? ラスタ先生? 結界ってなんですか? 私、聞いてませんよ?」


「田中ちゃん先生、普通にしていれば問題ありませんから。騒音を外に漏れないようにするため、それに魔法を隠すためです」


「田中先生、これは特務課からの依頼です。この教室の両隣は空けているのですが、念のために」


「ええええええ!? じゃあ連れてきていいじゃん!」

「よっしゃ騒いでも問題なしってことか!」

「魔法が便利すぎる……」

「〈性騎士〉は不可視化の魔法が使えてたしなあ」

「よし。ちゃんとマジメに授業を受けよう。『魔法』だけ」


 異世界の元宮廷魔術師、ラスタ・アーヴェリーク。

 2-Aの担任となった初日は、なんとか終わりを迎えたようだ。

 といっても、まだ始業式後のホームルームしかしていない。


 初日にしてはヒドい濃度である。


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