第二話 自由すぎるクラスがちょっと引き締められる


「さて、私が担任になったわけだが……まず最初に。学校とは生徒と教師、それに関係者しか入れない場所だと聞いている」


 教壇の前に立ったラスタが数カ所に視線を送る。

 三人の生徒の顔が青ざめる。


「ラスタ先生、どうしたんですか? この教室には先生と生徒のほかは誰も……あ、伊賀さん?」


「私は特務課員でラスタ先生の護衛ですから、教室から出るわけには」


 教壇の横にいた男は、ラスタの護衛らしい。

 ゆったりスーツは、内側に武器を隠すためなのかもしれない。


 ちなみに特務課とは、クラスまるごと異世界に行ったという情報を確認して、秘密裏に自衛隊に作られた組織だ。

 遅れてきたラスタを保護したのは彼ら特務課である。


 また「いままで通り学校生活を続けたい」という要望により、力を得たことは最小限の人に伝えられるのみで、生徒は変わらぬ生活を送っている。

 田中ちゃん先生が魔法にも特務課の伊賀の存在にも驚かないのはすでに聞かされたからだ。

 昨年度、さんざんイタズラされたからでもある。

 たとえ生徒たちが変わっても、みんな高校生なんです。私は変わらず接しますから! と言った優しい教師にヒドい扱いである。


「田中ちゃん先生、伊賀さんのことではありません。まず……そこ」


 机と机の間、通路を指さすラスタ。

 指先から光が飛ぶ。

 と、虚空にぶつかって弾けた。


「ニャ、ニャニャッ! 『これで見えない』って言われたのにニャ!」


 誰もいなかった通路に、しりもちをついた女の子が現れた。

 ふさふさと毛深く、をつけた女の子。

 生徒たちは目を丸くしている。

 女の子の存在ではなく、あっさり見破ったラスタに。


「えっえっ!? 何もない場所からオオカミさんが!」


「狼じゃないニャ! アタシはニャ!」


「狼の獣人なのに、語尾が『ニャ』か。〈バーバリアン〉猿渡さわたりの趣味だな?」


 ラスタの問いに、ポリポリと頭をかいて照れる一人の生徒。照れている場合ではない。


「次。……そこ」


 続けてラスタは、教室の後ろに置かれた観葉植物の鉢に指を向けた。

 まっすぐ伸びて上部に葉をつけた観葉植物・バキラに光が飛ぶ。

 いや、光はバキラの横で弾けた。


 何もない空間に現れたのは、華奢な女の子だ。

 スレンダーな体にさらりと流れる金髪、そして先端が


「ま、また! ……えっと、外国の方ですか?」


「外国と言えば外国だろう。この世界ではないがな」


「エルフは森に暮らすのではなかったか? 〈追跡者ストーカー〉の追立おいたてが追われる立場か。愛されているようだな」


 でゅふふ、と照れ笑いする一人の生徒。褒められているわけではない。


「そして……はあ、もう面倒だ。そこ、そこ、そこ」


 窓側、天井、机の下。

 三つの光が飛ぶ。

 それぞれに女の子が現れた。

 いや、女の子と言っていいのか。


 開いた窓の桟にいたのは、鳥のような女の子だ。

 というか下半身は鳥で、腕は翼だ。

 人間部分が上半身と顔しかない。

 上半身はむき出し……ではなく、ビキニをつけていた。


 天井から現れたのは、蜘蛛のような女の子だ。

 というか下半身が蜘蛛で、にょきっと女の子の上半身が生えている。

 こちらは服を着ているが、逆さになっていたためペロッとお腹までめくれていた。


 机の下にいたのは、ヘビのような女の子だ。

 というか下半身はヘビで、途中から女の子の上半身になっている。

 服はちゃんと着ていた。

 少なくとも上半身は。


「キャー! 大変、大変です! 女の子が蜘蛛とヘビに食べられちゃってます! はやく助けなくちゃ!」


「田中ちゃん先生、あれは襲われているわけではありません。蜘蛛がアラクネ、ヘビはラミアです。鳥はハーピーですね。魔物、なのですが」


「大丈夫大丈夫、人間を襲わないようきっちり教えてあるから!」


「そうか、それは何よりだ。強力な〈テイマー〉ならではだな犬飼」


 ボヤくラスタの言葉に、誇らしげに頷く一人の生徒。褒めてない。

 副担任の女教師はおろおろしている。

 あと魔物っ娘の布面積の少なさに生徒たちは盛り上がっている。


「明日からは学校に連れてこないように。君たちの魔法では、私には隠しきれまい」


 いかに校則が緩い学校といえど、部外者を連れてきていいわけがない。

 まして獣人もエルフも魔物っ娘も教室の中にいたのだ。自由すぎる。


「はーい。明日からは留守番を頼む」

「留守番……いや巣作りだと考えればいいニャ……つまりこれは婚姻の申し込みニャ?!」

「獣人って単純なんだな」

「一日の大半を離れて過ごす……だと……?」

「なんか〈追跡者ストーカー〉をストーカーする声が聞こえた」

「連れてきちゃダメっておっさん嫉妬か? さすが童貞!」


「みなさん! 学校は学ぶところです! いくら好き合ってたってこここ恋人を連れてきちゃダメなんですからね!」


「私はおっさんではない! あと清らかなだけだ!」


 教師二人、動揺しすぎである。

 あるいは最近の高校生はませすぎか。


「……ふう。まあ連れてくるなとわかってくれたところで何よりだ。では今後の予定を」


「うーっす! ごめん田中ちゃん先生、すっかり遅刻だわ」


 気を取り直したラスタがホームルームを進めようとしたところで、ガラリと扉が開いた。


 入ってきたのは、制服を気崩したチャラい生徒だ。

 まったく悪く思っていなそうな謝罪を口にしている。


 ラスタがグッと眉を寄せる。

 腹に手を置いたのは胃でも痛いのか。


「愛川。ずいぶん自由を満喫しているようじゃないか」


「あれ? ラスタのおっさん? 『クラスのみんなにはナイショだよ!』って特務課の人が言ってたけど」


「ああ、愛川が秘密を守れるようで何よりだ。いやいまはそういうことでは……ない……?」


 遅刻を咎めようとしたラスタが、愛川が入ってきた扉を見てフリーズする。


 生徒のあとに、続けて入ってきたのだ。

 明らかにこの男子校の生徒ではない二人が。

 二人の女の子が。


「……姫様? 侍女までつけてこちらで何を?」


「あら、ラスタではありませんか。決まってますわ、わたくしも授業を受けるんですの!」


「田中ちゃん先生?」


「ラスタ先生、その、彼女は昨年度からちょくちょく教室に……学校は、許可を出してないんですけど……」


「伊賀さん?」


「特務課としては、一箇所にいた方が護衛しやすいのは事実だ。だがここは学校だ。学校の規則に従うと伝えているのだが」


「つまり、学校も特務課も認めていないと? 愛川と姫様が勝手にやっていると?」


「……はい」


 力なく答える女性教師と、ラスタの護衛らしい伊賀。

 確認したラスタは、クラスメイトに暢気に挨拶する愛川と姫様と侍女に向き直る。


「姫様、ここは学び舎です。姫様がいらっしゃるような場所では」


わたくし、この世界の、この国のことを学びたいのです!」


 目を輝かせて無邪気な姫様。さすがナチュラルボーン王族である。希望は叶えられて当然のことだったのだろう。

 気圧されたようにうっ、とうめくラスタ。

 さすが元貧民のナチュラルボーン下っ端である。姫様は気にしていないようだが、元いた世界では直答など許されなかった立場だ。


「姫様、この学び舎に通えるのは、この学校の生徒だけなのです」


 ラスタ、切り口を変えたようだ。

 社会のルールを盾にとるらしい。薄汚い大人である。


「ではわたくし、せいとになりますわ!」


 姫様の宣言にクラスメイトは拍手喝采だが、ここは男子校である。

 少なくとも、すぐに姫様が入学できるわけがない。


「愛川」


 ラスタ、自力での説得を諦めたようだ。はやい。


「あー、まあマズいのはわかってたんだけどさ。でもこの二人に護衛が必要なのは確かなんだよなあ」


「伊賀さん」


「護衛は特務課で引き受けましょう。いままでも護衛はつけていたのですが、きちんと表立って」


「だそうだ愛川。これでいいな?」


「うーっす」


「まあ! ラスタはわたくしとアイカワ様を引き裂くんですのね!」


 目に涙を溜めて、ゴテゴテしい指輪が並ぶ指で涙を隠す姫様。

 元貧民のラスタはたじたじである。

 あと悪ノリした生徒たちがブーイングを浴びせている。さすが男子校の生徒、ノリに生きる生き物である。


 だが。


「姫様、ここは日本! 異国で、異世界です! もう立場など関係ありませんし、この世界、この国の規則に従っていただかなくては!」


 ラスタ、吹っ切れたようだ。

 逆ギレではない。

 ルールを破っているのは生徒と姫様と侍女で、この状況を引き起こした自分が諌めなければ、ということだろう。

 ラスタがいなければ生徒が力を宿すこともなく、姫様も侍女もここにはいないはずなのだから。

 ラスタなりの責任感である。だから苦労するのだが。


「そ、そんな……」


「あーっと、ほら、俺が勉強を教えるから。……二人っきりでさ」


「まあ! アイカワ様!」


 絶望の表情から一転、愛川のフォローに顔を赤らめる姫様。チョロい。


「とにかく! 全員、明日からは関係ない者を連れてこないように!」


 ふたたびのラスタの宣言に、はーい、と気の抜けた返事を返す生徒たち。

 というか、教室に他人を連れてこない、など基本的なことだ。自由すぎか。


 だが、どこのクラスにもはねっ返りはいるものだ。


「ラスタせんせー、もし連れてきたらどうするんですかー?」


 ゆるい聞き方だが、質問内容は重大だ。

 田中ちゃん先生のように「先生怒りますからね!」とかむくれて見せたところで舐められるだけだろう。


 ラスタの答えは。


「いいか、私は君たちを異世界に呼び、この世界に送り還したのだ。同じ世界なら送るのも簡単そうだと思わないか? どこがいい? ヒマラヤか? 活火山か? 南極や北極、海溝がお好みか? なに、いまの君たちなら生きて帰ってこられるだろう。だいたいでしか送れないが、多少場所がズレても高度がおかしくても手足が千切れても問題あるまい」


 ラスタ、ちょっとヤケクソ気味である。

 まあ生徒たちが答えにどん引きしたので、効果はあったようだ。

 ラスタが意図したかどうかはともかくとして。


 こうして、担任に異世界の元宮廷魔術師、ラスタ・アーヴェリークを迎えて。

 A組の生徒たちの、新学年がはじまるのだった。


 生徒たちにとっては、昨年度の異世界往還に続いて波瀾万丈の学校生活である。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る