第10話 Velocette

僕の乗っていたバイクで一番印象に残ったバイク。それは英国のVelocetteである。最初の出会いはかつて通っていたレストアスクールに、Velocetteを持込みでレストアしている先輩がいたことで、その黒の車体と金文字のロゴやラインがカッコよかったという程度の印象だった。


余談だけど、この時代の英国車では割と一般的な黒の車体に金文字のロゴやラインというのは、元々は1900年のパリ万博に日本が出展した仏壇を見た外国人たちが、カッコいいじゃん、クールじゃんと言って(たか、どうかは知らないが)バイクのデザインに取り入れたという事らしい。


レストアスクールの校長も、英国のバイクはトライアンフやBSAだけじゃない。もう一方の極みの一つがVelocette なのだとよく言っていた。


僕の乏しい知識で簡単に説明すると、当時の機械の加工技術の中でエンジンの高回転性能を追求するためにクランクシャフトを限界まで短くし、フライホイールも薄くして代わりに径を大きくとっていた。そしてクラッチも鉄板に小さなコルクの栓をたくさん差し込んで摩擦力を得るというものだった。独創的なメカニズムの塊といっていい。


その分、機械的には難物でVelocette を扱えるショップはほとんどなく、レストアスクールの先輩は仕方ないので自分でやる事にしたらしい。先輩は仕事が忙しい事もあったが、なかなか卒業できなかった。結局、僕が卒業してから、しばらくして先輩のVelocette は完成し、卒業したと聞いた。


そんな訳で、僕としては Velocette というのは自分で修理整備を行うのではなく、面倒を見てくれるお店があれば乗ってみたいと思うようなバイクだったのである。


ある日、買った旧車雑誌に八王子に英国車専門店がオープンしたという記事を見つけた。その店の店主は自分もVelocette のViper というモデルに乗っていて、Velocette は得意という触れ込みだった。僕はその店を訪ねてみた。ちょうど1950年のMACという350ccのモデルが入荷するということで、そのバイクを見た僕は手付けを打ったのだった。


僕のMACだったが、なかなか納車されなかった。ほかの納車や修理依頼の順番があるので、多少時間がかかるとは言われていた。僕は1年くらいかなと考えて、Velocette の洋書を取り寄せたりお店に作業の様子を見に行ったりして過ごした。当時はトライアンフもあったし、他のバイクもあったので、あまり気にならなかったね。


結局、納車されたのは手付けを払ってから3年後のことで、その当時は嬉しいというよりは正直複雑な気分だった。だが、僕のMACは素晴らしいフィーリングだった。説明が難しいが、トルク感がないのにギューンとエンジンが回ってスムーズに走る、あの感じは今に至るまで他のバイクで感じたことはない。


僕は夢中になってツーリングに行った。2年に一度清里で行われる『英車の集い』というイベントにも東京から自走で行った。


だが、しばらくしてエンジンからかなり激しくオイル漏れがするようになった。それはなるべく早くかつ安く直しますということで、僕はVelocetteを入院させたのであった。


そして一年が過ぎ、二年が過ぎ、バラバラになった僕のVelocette が全く変わらずに放置されているのを見て、僕の中の何かが切れた。僕は店にVelocette を買い取らせ、その店と手を切った。店主の彼には彼なりの理由があったのかも知れない。だが説明を求めても曖昧なことしか言わない彼に愛想が尽きたのであった。結局、その店は納車や修理の依頼をさばき切れず、逃げる様に店を畳んだと後で聞いた。


無事これ名馬とはよく言ったもので、どんなに素晴らしいバイクでも、いつまでも納車されないとか修理できないとかで乗ることができないなら全く意味がない。


人生の折り返し地点をとっくに超えた今、自分の人生の残り時間、特にバイクに乗れる健康・体力がまだ残っている時間を考えると、もう理由のない時間を取られるのは、まっぴら御免であると今の僕は思っている。

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