婚約破棄された男爵令嬢は隠れ聖女だった。

克全

第1話クレア男爵令嬢視点

 分かっていた事だった。

 父上の情報網に間違いはなかった。

 ポールに新しい恋人ができた。

 表沙汰に出来ない恋人だ。

 なんと第一王女のエミリー殿下と道ならぬ恋をしているという。


 エミリー殿下は評判の悪い方だ。

 恋多きこと自体は悪くないのだが、悪趣味なのだ。

 人の恋人や夫を奪うのが大好きなので、これまでも多くの恋人を引き裂いている。

 今回は私が、いえ、ガルシア男爵家が眼をつけられたという事です。


 それも仕方がない事です。

 最悪とまでは言いませんが、父の評判が悪いのです。

 元々やり手の冒険商売人だった父は、命懸けで莫大な富を築きました。

 そしてその金で、財政難に陥った王家が売りに出した、男爵位を買ったのです。


 それも自分一人ではありません。

 冒険や商売を手伝っていた伯父達にも爵位を買い与えたのです。

 世襲貴族の方々の反感を買うのは当然でしたが、父はやり手です。

 放漫経営で没落寸前の貴族家を支援し、財政再建を成し遂げた事で、一定の立場を築き上げました。


 父は慎重で、踏み倒される危険のある融資はしませんでした。

 あくまでの財政再建とそれに必要な投資です。

 だから没落寸前の貴族家を立ち直らせた上に、自分の資金を増やしただけでなく、新たな金儲けの元となる商売まで創り出すのです。


 そんな父が次に力を注いだのが、自分が買った男爵の地位を向上させる事です。

 男爵は爵の文字が使われていますが、貴族ではないのです。

 男爵は士族でしかないのです。

 男爵・准男爵・士爵・騎士は士族なのです。

 子爵以上からが貴族なのです。


 父は私や従兄弟達を子爵家子弟と結婚させることで、子爵以上に陞爵される事を狙ったのです。

 父の持つ金と領地は侯爵家に匹敵するほどなので、王家と貴族たちの承諾があれば不可能ではありません。

 貴族や士族の結婚は、上下一つの爵位までに限られています。

 側室や妾は別ですが、正室には厳格なルールがあります。


 貴族家の支援が必要な父は、今まで恩を売った貴族家を利用して、私達の婚約をまとめ上げました。

 だから私とポールは愛し合っている訳ではありません。

 私には恋する人がいます。

 誰にも言う事ができない、片想いの方です。


 ポールと結婚したとしても、私の想いは生涯あの方に向けられると、命を賭けて断言できるほど恋しています。

 その抑えに抑えた想いが、婚約破棄で暴走しそうになっています。

 身分違いの上に、随分歳の差もあります。


 お側近くにいる為には、父の構想に逆い、妾になるか侍女として奉公するしかありません。

 それでもお側にいたいのです。


 エイデン卿。

 忠勇並びない豪傑。

 ガードナー伯爵家の八男と言う部屋住みに生まれながら、武芸一つで一代辺境伯と世襲子爵を手に入れられた当代の英傑。

 エイデン卿の側にいたい。

 それ以外に私の望みはありません。

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