第26話 悪循環

 最初のイベントが成功に終わってから、俺はしばらく呆けたようになっていた。田島さんに「羽鷺さん、燃え尽き症候群バーンアウトですか?」なんて笑われたけど、冗談抜きにそんな感じだ。


 当日のアンケートを集計していると、本当に市民の皆さんが楽しんでくれていたのがわかる。

 特に乳幼児向けのコンサートは好評だった。育児中のお母さんたちが赤ちゃんを抱っこしながら生演奏を聴くなんてことは非常に難しい。幼児連れでも難しいのだから当然だ。毎年やってくれという要望が多くてびっくりした。


 午後からの子供向けコンサートも、心配した割に大盛況だった。

 俺も初めて聴いたんだけど『ピーターと狼』っていう曲は、ナレーションが入りながら進んでいくという珍しい曲だった。作曲者がストーリーも考えたそうだ。

 田島さん曰く「メッチャ有名な曲ですよ!」とのことだが、あいにく俺はベートーベンの『じゃじゃじゃじゃーん』ってやつしか知らない。

 でも今回のコンサートのお陰で、クラシックのイメージが『しゃっちょこばって聴く上流階級の音楽』から『一般家庭の子供がおしゃべりしながら聴く音楽』に変わった。


 そして! これは外せない。

 昼間のコンサートが終わって夜のコンサートが始まるまでの時間に、サイコキネンジャーショーを挟んだのだ。これが驚くほどバカウケだった。


 仕事をせずに怠け倒すことを世界中に布教する謎の新興宗教、その名も『秘密結社・地獄じごくかま教団』の教祖が、お客さんの中にいた若いお父さんを拉致、謎のビームを発するとお父さんは仕事をするのが嫌になり、教団に入ろうとする。

 このお父さんがなかなかにノリがよくて、アドリブで「翔太、お父さん、明日から仕事行かないことにする!」とか言い出して、他のお客さんが大笑い。


 そこにサイコキネンジャーが颯爽と現れるんだが、設定どおりのキャラでそれぞれで意味不明な事をしているし、教祖が「仕事したくない人、手ぇ挙げて~」って言うとお客さんたちみんなが手を挙げちゃって、「ほれ見た事か、これが最古杵市民の総意だ!」とかとんでもないことを言いだすし、リーダーのキクイエローがソッコー「そうっすよね、仕事なんかやってらんないっすよね」っ寝返っちゃって……ってそんなことはどうでもいいんだが。

 とにかくいきなりサイコキネンジャーと秘密結社・地獄の釜教団が凄まじい人気を博してしまい、教祖の名前を考えなくちゃならなくなった。こういうのを嬉しい悲鳴というんだろう。


 幽霊も見に来ていて、メチャメチャ笑ったとか言ってくれて、それなりに手ごたえは感じてた。最近では俺自身が最古杵市のヒーローみたいに扱われてる。


 だけど、こうしてチヤホヤされればされるほど、俺の気分は沈んでいく。そんな俺を元気づけようと、みんなが俺の活躍を話題にする。悪循環だ。 


『ねえ、最近どうしたの? コンサート終わってから、なんだか元気ないね。たまにはゴージャスに焼き肉でもする?』

「いや、肉は食べたくない」

『ねえ、想ちゃん、悩みがあるなら言ってよ。同居人じゃん』


 霊だけどな。


「悩みなんか無いよ」

『嘘だよ。何か悩んでる』

「ほんとなんでも無いから」

『想ちゃん』


 いきなり幽霊が目の前のテーブルとかの存在ガン無視で、俺の目の前に現れた。こういう時、霊っていいよな。そこに邪魔なものがあっても完全にスルーできる。お腹をテーブルの天板が真っ二つにしていても、何の問題も無いんだからな。


『ねえ、なんなの? あたしにも言えないようなこと?』


 むしろお前だから言えねえよ。


『イベント大成功だったじゃない。職場の評価も上がったんでしょ?』

「それを……言わないで欲しいんだ」

『え、まさか想ちゃん』


 ああ、気づいた? コイツ勘が鋭いからなぁ。


『ねえ、想ちゃんの頑張りだからね。それ以外の何物でもないよ』

「いや、今回の成功も、俺への過大な評価も、全部幽霊がいたからだ。俺の力でやったことなんて一つもない」

『そんな事ないよ、想ちゃんと田島さんが頑張ったから』

「幽霊がいろいろ教えてくれなかったら何も進まなかった。コンサートだけじゃない。ゆるキャラも、ロゴデザインも、大盛況だった戦隊ヒーローも。何一つ自分の力で成し遂げていない」


 言ってからハッとした。あんなに言っちゃいけないと思ってたのに。

 幽霊が上目遣いに俺を見ている。何か言いたそうだけど、何も言わない。何も言えないのかもしれない。そうだよな、俺だったら何も言えない。

 ああ、もう、俺なんでいつも幽霊を傷つけるような事ばっかり言ってしまうんだろう。自分で嫌になる。


『ごめんね、想ちゃん』

「え、なんで幽霊が謝んの。俺の方こそ――」

『あたし、まだ仕事したいんだ。仕事、楽しかったんだ。想ちゃんの体を使って、自分のやりたい仕事をしてただけなのかもしれない』

「いや――」

『でもそれって、想ちゃんにとってはいい事ばっかりじゃないよね。自信持てなくなっちゃうよね。あたし、出しゃばりすぎたよ。ごめんね』

「いや、そういう意味じゃない。とても助かったよ。ありがとう」


 嘘くさい言葉が口から出て行く。助かったのは本当だ、ありがたいと思っているのも本当だ。だけど俺が一番言いたくて、一番言っちゃいけなくて、一番飲み込んでいる言葉は、そんな言葉じゃない。


 俺は自分の力で成功したいんだ。だけど自分だけの力では成功しなかったと思う。それがわかっているから……だから自分に腹が立つんだ。それは幽霊のせいなんかじゃない、俺の責任だ。

 そう思っているから、感謝の言葉も薄っぺらく響くんだ。幽霊が謝ることなんて一つもないのに。


 その日から、幽霊は俺の仕事に口を出さなくなった。

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