第22話 おばけ

 バタバタと忙しいまま時が過ぎ、気づいた時には十一月になっていた。最近ではすっかり寒くなって、うどんとか鍋とか、そんなもんが食卓に上がることが増えている。冷製パスタなんか作ってたのが嘘のようだ。

 相変わらず幽霊は俺のスキルに合わせて微調整しながら、いろんな『五分おかず』を作ってくれている。少し腕を上げた俺の為に、『十分おかず』なんてのも少しずつ割合が増えて来た。

 目下の俺の得意料理は肉じゃがとミネストローネだ。へっへん、そこらの女子よりもおいしく作れる自信あるぞ。


 仕事の方も順調だ。一度いい感じで輪が回り出すと、いい感じですべてのギアが噛み合ってくる。

 結局被る部分が多いという事で田島さんとペアを組んで仕事をすることになり、ゆるキャラもロゴマークも一緒に進めることになった。もちろん俺の五十周年記念イベントの方もだ。


 一緒に昼飯食いながら「あーでもない、こーでもない」とやることが増えたもんだから、その都度弁当チェックをされる。そんで「また腕を上げましたね!」なんて言われる。

 でも、相変わらず田島さんは俺にカノジョがいると思ってるっぽい。いるのは幽霊だけど。


 そして、ついにゆるキャラが決定した。

 それがオバケちゃんだったのだ。っていうか、圧倒的にオバケのデザインが多かったんだ。

 まあ、そうだよね。ちょっとオカルト寄りな感じだしね、ここ。


 選ばれたデザインは、数あるオバケちゃんの中でも最もシンプルで弄りやすそうなオバケに決定した。これは幽霊の提案だ。あまり複雑なデザインにすると、あとで着ぐるみにしたときにいろんなことがさせられなくなるんだそうだ。

 名前はサイちゃんだ。最古杵さいこきね市のサイちゃん。アルファベットだと『Psyちゃん』だ。決して『Saiちゃん』ではない。ここ大切。


 そ・し・て! 戦隊ヒーローも決定したのだ。これは俺と田島さんで決めたんだが。

 基本的には幽霊案のミカゲホワイト、ヒガンバナレッド、キクイエロー、カラスブラックなんだが、カイワレグリーンをやめてブルーにしようということになった。

 白と黒がいて、赤と黄色とくれば普通は緑じゃなくて青だ。それにせっかくゆるキャラがオバケになったのだから、徹底的にそっち方面で攻めるのも一つの手だ。


 という事で、特産物と言えどカイワレ大根にはお引き取りいただいて、ここは最古杵さいこきね市役所の建っている円馬えんま地区に因んでエンマブルーだ。

 ん? なんでエンマがブルーかって? だって閻魔様って青鬼みたいにブルーで描いてあることが多いじゃん!

 スーツアクターもエンマブルーはガタイのいい兄ちゃんに頼むことにした。閻魔っぽくないとね。


 設定も決めた。これは幽霊に手伝って貰ったんだけど。

 ヒガンバナレッドは『美こそ全て』っていうナルシスト。背中に彼岸花(バラじゃない!)がたくさん挿してあるかごを背負っていて、戦闘スーツもフリルがたっぷり入っている。戦闘が美しくないと敵にもやり直しを求めるという徹底ぶり。しかも男性キャラだ。

 ミカゲホワイトは堅物の学者肌。戦闘中にいきなり物理の計算を始め、納得のいく戦い方を追求する。なぜか戦隊ヒーローなのに眼鏡をかけて白衣を着ている。

 キクイエローは安全第一。なぜか蛍光イエローの安全ベストを着ていて、誘導灯を持っている。しかも負けそうになると敵に寝返る。だけどコイツがリーダー。めちゃくちゃだ。

 カラスブラックは笑えないブラックジョークを飛ばして敵を凍り付かせるが、味方にも多大なダメージを与えるという設定。

 エンマブルーはとにかくめちゃめちゃ強い。でも頭が弱い。トロルみたいな戦士だ。


 これで本当に笑いが取れて、子供たちにもウケるのかは、ぶっちゃけ疑問だ。むしろ悪い予感しかしない。

 だが、それを幽霊に相談すると『ウケなかったら、観客を巻き込んで参加型にしちゃえばいいのよ』とか簡単に言ってくれる。


 十二月に入り、発注していたオバケのサイちゃんの着ぐるみが出来上がって来た。

 ありえないほど可愛い。これは『近江の城ニャンコ』や『肥後の黒クマ』や『上毛のポニー』より人気が出るかもしれないぞ?


 十二月末には戦隊ヒーローのスーツと、サイちゃんグッズの試作品がいくつか上がって来た。

 どれもこれも可愛すぎる。あんまり可愛くて家に持ち帰って幽霊に見せたくらいだ。幽霊も『可愛い』を連発しまくってた。うん、評判は上々だ。



 春の『クラシックの集い』は日程と参加団体がほぼ決定した。

 二日間の日程で、一日目は午前中が『親子 de クラシック』。小さな子供も一緒に楽しめるイベントにするため、大会議室での演奏会だ。床にはカーペットを敷いて、幼児や赤ちゃんでも聴けるように。絵本やミルクを持ち込んでもOKという、小さな子供が主役の演奏会になる。もちろんオーケストラというわけにはいかないので、弦楽四重奏とかいう構成らしい。よくわからんけど。


 午後はもう少し大きい子供向け。これは中ホール。プロジェクタで絵を映しながら、紙芝居のような感じで『ピーターと狼』と『動物の謝肉祭』というストーリー性のある曲を上演する。こちらは市民交響楽団。


 夜は大ホールで大人向けの演奏会。これはさすがにプロの楽団に頼んだ。格安ではあるがチケット制だ。ベートーベンの交響曲とか言ってたけど、俺は『運命』の最初のとこしか知らない。


 二日目は市内の高校や民間企業の吹奏楽団などによる吹奏楽ピストンコンサートだ。参加団体が次から次へとかわるがわるステージに上がって次々と演奏するスタイル。一団体当たり二曲まで。お客さんは好きな時に入って好きな時に出て行っていい。席も決めない。



 夏のマーチングフェスティバルも場所と日程は決まった。桟角川さんづのがわ河川敷の鎖猪瓦さいのかわら野球場だ。ここならマーチングドリルを思う存分展開して貰える。カラーガード隊がいるようなチームでも余裕がある。


 秋と冬のイベントはこれからでも十分間に合う。

 春と夏のイベント初日に登場する戦隊ヒーローアクションのシナリオをライターさんに依頼して、スーツアクターの募集をかけて……ああ、やることがたくさんあって目が回りそうなのに、仕事が楽しすぎる。


 俺、本当にこの部屋に住んで良かった。幽霊に出会わなかったら、こんな充実した毎日を送ることなんてなかったに違いない。

 だが、それと同時に何か引っかかるものを感じてもいた。それは成功すればするほど大きくなっていくことになるのだが、この時の俺はまだ有頂天でそんな日が来るとは思っていなかったのだ。

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