第2話 念願の『俺の部屋』

 引っ越しはあっさりと終わった。そりゃそうだ、もともと荷物なんかほとんど無い。場所食うような趣味も無ければコレクションも無い。ファッションにもさほど興味がないから、服もたいして持ってない。先輩にワゴン車出して貰って、一回で全部運び終わってしまう程度だ。

 そのままホームセンターに付き合って貰って、カーテンと洗濯機も仕入れた。初期費用って結構かかるもんだな。今までは寮母さんがご飯作ってくれたし、共同の洗濯機が使えたから困っていなかったけど、よく考えたらそういうの全部必要なんだよな。


 引っ越しで疲れた俺は、ちょっと早いけどさっさと風呂に入って汗を流し、備え付けの冷蔵庫に冷やしておいたビールで一杯やることにした。夕飯は近所の牛丼屋でテイクアウトした特盛だ。


 テレビの無い部屋ではネットが唯一の楽しみだ。ネットのニュースを見ていると、どこの行楽地もゴールデンウィークの親子連れで賑わっているようだ。

 まあ、カノジョもいない俺には無関係だけどな。


 こうして生活してみると、案外足りないものが多いことに気付く。明日買って来た方がいいか。さすがに毎日牛丼とかコンビニ弁当ってわけにもいかないし、飯作ってくれる寮母さんもいないんだから自分で何とかしなきゃならないし。


 俺はカバンから手帳とペンを取り出した。買い物メモってやつだ。なんだか俺、主婦っぽくね? こうしてメモして、このメモを忘れて買い物行くんだよな。


 アホな事を考えながら、思いつくものからメモして行く。茶碗、箸、皿、フォークやスプーンもあった方がいいか。別にスパゲティを箸で食ったっていいんだよな。余計なものは増やさないことにしよう。ええと、あとは……


『その前に炊飯器要るでしょ』

「ああ、そうだよな。お茶碗の前に炊飯器だよな」

『それと米ね』

「ああ、米な」

『インスタントラーメン作るのに小さい鍋もあった方がいいよ』

「おお、インスタントラーメンか。じゃあヤカンもあった方がいいかな」

『鍋でお湯沸かせるから無くてもいいけど、あったら便利だよ。電気ポットならもっと楽』

「そうだよな、電気ポットにしよう」


 え? 俺、今誰と喋ってる?

 慌てて周りを見回した。誰もいない。いるわけない。遂に脳内で一人ボケツッコミできるようになったか……。


『ふりかけ、あった方がいいよ。ご飯作れないんでしょ』

「ふりかけね。そうだね。あとは……あ、そうだ、さっき風呂上がる時、バスマットが無くてエライことになったんだ」

『掃除機無くていいの? 小さいテーブルもあった方がいいでしょ。折り畳みでいいから』

「てか、あんた誰だよ!」


 思わす振り返った。誰もいなかった。だけど絶対にこの部屋にいる。これが不動産屋のオヤジが言ってた幽霊か?


『どっち見てんのよ、こっちだよ』


 後ろを振り返った俺がバカだった、目の前に座ってた。


『こんばんは。初めまして』

「あんた誰よ?」

『幽霊。ここに住んでるの。よろしくね』

「いや、よろしくねじゃねえだろ、俺が金払ってここに住むことにしたんだよ、勝手に人の部屋に住むなよ」


 って言ったら、その幽霊、不思議そうな顔で首を傾げた。


『ちょっと待ってよ、あたしの方が先にここに住んでたんだよ。君が後からここに入って来たんでしょ? 本来なら君がよろしくお願いしますって挨拶するのが筋ってもんじゃない?』


 え? あ、ああ、そうか。それもそうか。いや、それなんかおかしい。


『それに、あたしがここにいるから、君はこの部屋を五千円で借りられたんでしょ? あたしがいなかったらここ、八万円するんだよ。間取りも広いしさ、角部屋だし、バス・トイレ別だし。住み心地は抜群だよ、あたしが保証する。住んでたんだから。って言うか今でも住んでるけど』

「まあ、確かに五千円になったのは助かったよ。でも今はここ、俺んちだし」

『だったら何? まさかあたしに出て行けって言うの?』


 ちょ……そういう寂しげな眼をするのヤメロ……俺はそういう眼に弱い。なんつーの、段ボールに捨てられた子猫みたいな眼っていうの? 


「いや、べつにいてもいいけどさ。でもほら、基本的には金払ってんの俺だから。っていうか、あんた幽霊だから。あんたの賃貸契約切れてるから。居候は俺じゃなくてそっちだから。そこらへんハッキリしてよ」


 って言ったらその幽霊、にんまり笑って『うん! あたし居候でもいいよ』って。すげー嬉しそうに笑うし。なんだよ、俺そういうの弱いんだって、捨て猫がなついたようなの。でもコイツ、どう考えても幽霊じゃん。自分でもそう言ってるし。


『ねえ、君、幽霊とか怖くないわけ?』

「は? 逆に聞くけど、俺に取り憑いて殺したりするわけ?」

『そんなことするわけないじゃん。初対面の君に恨みなんか無いもん』

「だよな。俺も恨まれるようなことしてねーし。だったら怖がる要素がどこにもないじゃん?」

『あ、そっか、そうだよね』


 それにしても……この幽霊、幽霊っぽくない。足もある。っていうか、幽霊に足が無いなんて誰が言ったんだか、もともと生きてる時に足があるんだから死んだってあるに決まってる。


 しかも結構可愛い。美人って感じじゃないな、可愛い感じ? 「雰囲気可愛い」みたいな?

 血みどろになったり極端にやつれたりしてないから、事故や病気で死んだわけじゃなさそうだ。血色もいいし、むしろ俺より元気そうに見える。これはきっと死に顔も綺麗だったに違いない。


 死因を聞いてみたいところだけど、初対面で死因を聞くのはちょっと失礼な気もしたんで……つーか、本人に死因を聞くってフツーに考えたらおかしいよな。死因って、それ、フツーに死者だし。いや、死者だけど。


 俺の思考がカオスになってきたところで、幽霊が唐突に聞いて来た。


『君、名前なんて言うの?』

「ああ、ソウイチロウ。羽鷺うさぎ想一郎そういちろう。あんたは?」

『幽霊で良くない?』

「いや、あんたがそれでいいならいいけど」


 なんかよくわかんない幽霊だけど特に害も無さそうだし、それでいっか……となし崩し的に妥協して、そのまま同居することになってしまった。

 この時の俺は、不動産の言っていた「みんなが逃げ出す」の意味をよく理解していなかった。全然邪魔じゃないし、害も無いし、霊障とかも無いっぽいし、フツーの女の子と一緒に住んでるようなノリじゃん、ってくらいにしか思ってなかった。


 だが、俺は彼女幽霊を甘く見ていた。それに気づくのは翌日だったのだ。

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