第7話 文学館の妖精たち

文学館の仄かな灯のなか、ふたりして選んだ古書を眺める。ページをめくるたび、古の香りを風が運ぶ。ここは古代ローマ帝国だ。古代ギリシアだ。海や空に、山河に神々が息づき、人と交流していたそのとき。魔法の不思議と科学の謎が、渾然一体となっていた、神秘の時代。

 僕たちは妖精だ。ニンフと戯れ、花の上で舞遊ぶ精霊だ。野山で獣たちと会話する。魔術師の使い魔になることも。

 僕はユースタスの声に耳を傾ける。古い異国の言葉も、真っ赤な唇はいともたやすく聞き慣れた言葉に紡ぎ直す。

 ユースタスの指が魔法陣を描く。不気味な模様が、不思議さと魅力を放つ図形に変わる。太陽や月、星々の位置や、季節や、天気を示す、不可思議な記号の数々…読み解くのはむつかしい。まるで、ユースタスその人のように。


「ほら、手を貸してごらん。」

そう言って、僕の手をユースタスは取り、ページの上に当てがう。

「なぞるんだよ、こうして…。」

円をゆっくりと描きながら、僕の指とユースタスの指は重なり合う。ふたりの手から、体温が移り合う。

「どう、君は最近怖がらないね?もう平気なの。」

 次のページをめくるために、ユースタスは本の上から手を降ろした。僕の手も一緒に。

 そして、降ろしたその手を離さなかった。

「…ユースタス?」

「なに?」

目は文字を追って、僕の方を見ない。

「なんでもない。」

「そう。」

しなやかな温かさ…


 以前僕は聞いてみたことがある。

「神父様、お聞きしたいことがあるんです。」

「何かね?」

「友情って、」

–どんなものでしょうか?

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