第7話 ~雑用担当と経過報告~

「インビジブルと交戦した?」


 僕の目の前には相変わらずふんぞり返っている社長が座っている。因みにシオリさんはその隣で鼻血を垂らしながら立っている。


 インビジブルとの交戦後という出来事が発生したので、念の為社長に報告に来たのだ。


「それでどんな相手だった?」

「顔はローブに隠れていて見えなかったのですが……恐らくは元騎士です。本気じゃないとは言え、僕の攻撃を全て防ぎきる位の実力者でした」

「ほう……それは面白そうだな」


 社長から魔力が立ち昇り、部屋全体に途轍もないプレッシャーが放たれる。一般人であれば失神しかねない物だが、僕もシオリさんも残念ながらこれくらいでは冷や汗すらかかない位には精神的にも肉体的にも強かった。


「辞めて下さい……社長が出ると街への被害が大変な事になりますよ。それにこれは僕への依頼ですから……」


 拗ねるように舌打ちをして、放出していた魔力を引っ込める社長。隣では未だに鼻血を垂らし続けるメイド。何ともシリアスになりきれない空間が形成されている。


「だが、お前が取り逃がすという事は相手は本当に透明になれるのだな」

「ええ、ただ社長が言った通りしれません」

「というと?」

「言葉で表すのは難しいんですけど――気配がしないんです。初撃を回避出来たのは多分攻撃が迫ってくる時に発生する空気の流れを本能的に感じ取ったからじゃないかと」

「気配……か。なるほどな。それでお前はどういう仕組だと思ったんだ?」


 社長は試すように意地の悪い顔で笑った。


「確信はないですがあれは『認識阻害』の魔術を使っているのではないかと思います」


 『認識阻害』――幻惑系と系統付けられた魔術。使用難易度の問題から特級に属している。気配の遮断や錯覚を相手に見せる事等が出来る。しかし、その効果を十全に発揮するための障害も多く、あまり実用的ではないと言われている。


「概ねお前の考えは正しいだろう。だが、臨戦態勢のお前にしかも目の前でそれを使い、完璧に姿を認識出来なくした……というのは現実的ではないがな」

「そうですね。姿も音も匂いも……何もかもが様に感じました。あれじゃ、普通の透明人間の方が全然マシですよ」


 本当に消えてしまった様に感じたあの魔術は何なのか。それは対峙し、目の当たりにした僕ですら理解の範疇を超えていた。それに、それだけの大魔術を使用したのにも関わらず、魔力の発動兆候が全くなかったのだから、原理を解明するのは無理だ。


「だが、お前の感覚が正しいとすれば……対応策はある? そうだろう」

「そうですね……一応一つだけなんとかなるかもしれない魔術は身につけています」


 そう、一つだけ奴の特性を殺すような魔術は身につけている。しかし、僕の場合有効射程が短すぎて広範囲をカバー出来ない問題点もあった。自分一人の身を守るのであれば問題ないが、護衛となると些か心配ではあった。


「まぁ、懸念点はわかるが、現れた時に周囲一体を吹き飛ばす事も出来ないしなぁ。いや私は一向に構わないんだが」

「お嬢様。ただでさへ、うちは自転車操業なのです。あまり負債が増えるような行動は慎むべきかと」

「鼻血を垂らしながら真面目な顔で私に意見をするんじゃない!」


 どうしてこの人達はシリアスになれないんだ……。


「シオリさん、あのよかったらハンカチ使いますか?」

「いえ、大変嬉しい提案で私の胸は高鳴っておりますが、ハル様の制服姿を直視している限りこの血は止まりませんので、もう暫くはこのままでいたいと存じます」


 駄目だ。この人もうどうにかしないと。


「確かに……馬子にも衣装とは言ったものだ。とても似合っているぞハルぅ?」

「そんなに似合ってます……? 正直自分だと違和感がすごくて」


 普段は動きやすさ重視の軽装なので、高級な服というのは慣れない。だが、この服はただ高級というわけではなく、意外と伸縮性が高く、動きを阻害するような事はないので着ていてもそこまで気にはならなかった。気恥ずかしさは大いにあったが。


「ああ、シオリではないが写真を撮って、机の上に飾っておきたい位には似合っているぞ」

「わかりました。では私が隠し撮りした写真を後で現像してお渡ししますね」


 さらりとおかしな事を言い出したよ。いつ撮ったんだ……?


「おお、そうか頼む。可愛い部下をいつでも見られるなんて私はとても幸せだ」

「仰る通りですね。私も制服姿のハル様を四六時中眺めていられるなんて夢のようです」

「いい加減にしてもらえませんか!?」

「冗談だよ、冗談。話しは戻すが、そういう事なら学院の中も思った程安全じゃないかもしれない。敵の認識阻害が魔術によるセキュリティーも突破するのであれば……どこにいたって安心は出来ない」

「そうですね……出来るだけ警戒はしておきます。ただ、奴が最後に「本番は今日じゃない」と言っていました。もしかすると何か別の目的があるのかもしれません」


 本番は今日じゃない、つまりは本気で殺そうとする時は予め決まっているという事。それが明日なのか明後日なのかは知らないが、準備が必要なのか、それとも別の目的があるのか……いずれにしても碌なことにはならないだろうなと感じる。


「ふむ……マーチ氏の会社は遺物アーティファクトの研究・解析と魔道具の開発も行っているからな。もしかしたら、本当の狙いはそっち……なのかもしれない。私の方から警戒をするように伝えておこう」

「お願いします。では、僕はこれで帰りますね」

「なんだ、晩飯は喰っていかないのか? お前がいるとシオリが張り切ってくれるんだが」

「ハル様に食べて頂けるのであれば……腕によりをかけて作らせていただきます!」


 シオリさんの料理はとても美味しい。頭の病気だけど、料理の腕は確かなのだ。


「本当ですか!? よかったー今日の晩ごはんどうしようかと思っていたんですよー」


 僕にはお金がなかったため、給料日までは学食のランチのみの生活を送るつもりだった。


「?? 前借りで多少の生活費は渡しただろう? それはどうした?」

「え、本に消えましたけど」


 僕の迷いない答えを聞いて二人は呆れた顔をする。しょうがないじゃないか、本はまってくれないんだ。


「私が言える事ではないが……一度お前には金の大切さを教えなければいけないようだな」


 ため息をつきながら社長は疲れたようにぐったりと革張りの椅子に沈み込んだ。

 その後は、妙に嬉しそうなシオリさんと社長に囲まれ、久しぶりに美味しい晩ごはんにありついたのだった。

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マジックカンパニー~魔術師派遣会社の雑用担当は最強の近接戦闘者~ 一秒未来 @ecnozas

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