第35話 嫌だ――

「私が……どんな思いで……」

 ヨウ中尉は瞳を潤ませる。

 戻っていきなりパンツって、いやいきなりじゃなくてもパンツの話とかないわ俺!

「すんませんした! お疲れっした!」

「見たことがあるんだ、何度も」

「いやないですって! 穿いてるのは初めてですって!」

「見るだけで、あの火鳥はきっと酸っぱいんだって何度も諦めてきたんだ。ありがとう軍曹!」

 手を掴まれてぶんぶんされる。パンツ見て感謝された。これぞ一石二鳥。

「中尉、回収してきました。血の一滴まで」

「おうご苦労、いい仕事するねぇ。お礼におっぱい揉んであげよう……ってカッチカチじゃん」

「ゾックゾクするでしょ」

「コンプライアンス……」

「幸先いいな。これも馬効果か」

 食って、狩る。営みに充実する。


         ☆


 まるで作戦目標を達成したかのような雰囲気になってしまったが、今回の目標は再々度、俺達が苦戦し、ヨウ中尉が確認した五芒星の頂点の確認。また同じ場所を狙うのではないかと推測したのだ。四箇所までは異常なかったが――

「ラッキーは続くな。『詐馬杜さばと』だ。近くにかまどは――あった。こんな距離から先制できるとは」

「馬って日中は存在が曖昧なのよ。お互いに接触も認識もできないし。拠点もそう。放置はできないんだけど夜間出撃の損害が大きすぎて、現在はが頼り」

「協調性があるから詐馬杜さばとを潰せば辺り一帯クリア――ですね。確認しました。この集団だけです」

「よ~し奇襲だ。軍曹がジャブ、私と少尉で狙撃、ウリアは『縁徒えんと』で援護。楽勝だな」

「あの……映像がボケてるんですが」

「……あまり愉快な映像じゃないぞ。どうせ夜間戦闘で再構成の映像なんだし、簡素化しといたほうがいいんじゃないか?」

「え、だって馬の映像でしょ――」


 望んで意識を向ければ、竜頭りゅうずが情報をくれる。

 ああ、半分閉じた傘のような、その中央から長い一本角の生えた恐竜のような頭でも体は馬だ。ああ、だからあれは馬だ。嫌だ。あれは『邪馬ジャマ』だ。知っている。感覚器官より装甲を優先したのだ。ああ――その襟元がカパッと開いて円盤のようなしっかりした顎で中には草食動物のようなしっかりした歯がびっしりと並んでいるのに磨り潰されたような血の跡があるのが嫌だ。

 ああ、ワニかカバかオニイソメか、差異はあれ噛み付く部位を運ぶための体は馬だ。ああ、だからあれは馬だ。嫌だ。あれは『虎馬トラウマ』だ。知っている。倒してから食うより、倒さなくても食えばいい。合理的だ。ああ、何かの肉を争っているのが嫌だ――自分の口同士で。

 ああ、これは馬じゃない。山羊だ頭は。猿だ手は。二本脚で立って、胡坐を掛いて、でも体は馬だ。ああ、だからあれは馬だ。嫌だ。あれは『夜馬ナイトメア』だ。知っている。器用に何かの肉を捌いてほんの少しずつ他の馬に与えている。充分に与えずその肉への闘争心を煽るためだ。他の種とは妖気が比べものにならない。なにが協調性だ。飼っているのだ。

 何かの肉を捌いてはその一部を竈へと運んで外周に並べている。

 並んだたくさんのものは研究所のほうを向いている。

 並んだたくさんのものは俺のほうを向いている。

 並んだたくさんのものは

 嫌だ――


「――ああ! 竈に! 竈に!」


「う~ん。奇襲失敗。ウリア、できるだけ減速させろ。少尉は邪馬ジャマを優先して狙え」

「ああああ嫌だ! 悪魔!」

「様子がおかしいな。沈静化が遅い。竜頭りゅうずに遅延があるのか」

「もしかしたら、異世界には似たようなのが存在するのでは?」

「なるほどな。心の自由で優先的に自分を痛めつけてるわけか」


 柔らかさに包まれる。甘い香り。さくらんぼの香り。


「ああ、嫌です、あんなの獣じゃない」

「いいよ。帰るか」

「なんとかしないと」

「いいよ。これまで通り、私がなんとかするから」

「……それだと、間に合わないんですよね」

 急速に落ち着いてきた。情けない情けない情けない。

「獣とはいえない異形が辛いか。人型、というのが辛いか」

「恐ろしい。考えてなかった。殺し合いだけじゃない。あいつらは人を食うのか」

「フェアだろう。選べ。奴らを私達の肉にするか、私達が奴らの肉になるか」

「選びませんよ――肉を食うとはこういうことか。自分もただの獣だってことですね」

 抱えられたまま、顔を柔らかな胸に埋める。

 こんな最高の肉、どこぞの馬の骨にやるわけねえだろ。

「――もっと、栄養欲しくないですか?」

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