第20話 楽勝だな。

 自衛だけならともかく、味方に迷惑は掛けられない。見よう見まねでは無理だ。砕橋さいばしの基本からウリア上等兵に教わった。斥力場での防御、特に味方の援護という性質から当然だけど、棒とも槍とも薙刀とも違うんだな。

 それどころか、まずは視界の確保からだった。肉眼で見えなくても蛇尾ひとでからの情報を竜頭りゅうずが把握しているんだから、眼窩どころか周囲の障害物の向こうすら、情報さえあればのだ。いきなり全情報とリンクしたら歩くことすらできなかったので、背後は磨りガラスのように情報量を落として慣らすことにした。

 結構痛い思いをしたが、何とか周囲の木にぶつけず砕橋さいばしを振り回せるようになった。棚に用意されていたグローブはフィット感も良く高性能。それでもペナルティが痛いのは、直接手に覚えさせるためだろう。戦場でデバイスが破損したら致命的だからな。

 取り回しが馴染めば、火豚からの自衛は問題なく出来た。この有り余る防御性能で味方を援護するのだ。

 念を押されたのが、シューターの援護を最優先にすること。ガードが退路を確保できないなら、フォワードを犠牲にしてでも状況を打破するのだと。

 シューターも同様。装備は通常の契光刀だから斥力場は展開できるのだが、最後の一射まで敵に叩き込むのが矜持だという。射攻しゃこう科の『鼓動撃ちブザービーター』――喰われても喰うという覚悟。

「それでも」澄んだ海の色が意志を伝える。「これはプランです。破綻すれば、全員であなたを守ります。バツ軍曹」

「うーん、ただでさえ覚悟が足りないなと思ってるのに」

「なぜ蛇尾ひとでが軍曹を編成に加えたのか不可解なんですが、対応力を買われたようです。今回の2Gツーガードも、私にはもう一つ役目があります」

 手で、そっと俺の胸に触れる。

「想定外の事態が起きたら期待しちゃいますけど、それでも無理なら、体を張ってあなたを還します」

「いや、そこでみんなを犠牲に守られて生き延びろって……」

「大丈夫、そう簡単に死にません。普通の人より頑丈なんです」

 グローブをしていても、俺の胸に当てられていた手には柔らかさを感じていた。それが急に厚みを増して硬くなり、戦闘服の腕も俺以上の太さになる。

「私、『杜斂人とれんと』ですから」


         ☆


 みやこでの大規模な術式は、首の切断からすら日常生活に復帰できるほど。命あっての物種ではあるが、指先ほどでも完全に切断されれば妖気の発生や循環が乱れ、妖術士としての再起は難しくなる。

 妖術で人体そのものを強化する『細胞具さいぼうぐ』研究の一つ、植物の強靱な成分であるセルロースを分解・合成し皮膚を強化する杜斂人とれんと計画が実証段階に入り、数名と共にウリアはその被験者に志願したのだという。部位欠損さえしなければ妖術士は不死身に近いだろうし。

 手に触ってみる。

「カッチカチだな」

「ゾックゾクするでしょ」

「……いや待て、おっ、胸は?」

「やっとその気になってくれましたか」

 腕を元に戻して後ろに組み、どうぞとばかりにすんごい胸を突き出す。

「これは、あれだ、上官として、じゃパワハラだ、あれだ、仲間が心配だから」

「それもセクハラだけどいいって、はい!」

 握った俺の両手を、すんごい胸に押し当てた。

「おっほ、ありがとうございます! 恐縮です!」

 ああ柔らかい! どうなってんの!

「気持ち悪くないですか?」

「なんで? 気持ち良さしかないですとも。それより痛かったりしないの?」

「硬化は筋肉を緊張させるのと大差ないです。やり過ぎると疲れますし、筋肉痛みたいになります。代謝制御で簡単に治らないのが嫌ですね」

「その、ありがたいことなんですが、大きさはこれは」

「自由自在です。てへ」

「その、オーダーとかしていいですか?」

「大きすぎですよね。隊長に負けたくなかっただけなんで……これぐらいですか?」

「……完璧です」手のひらサイズ。じゃなくて、公開情報なのな。

「でも作戦中はカッチカチですからね。触っちゃダメですよ」

「触ったら隊長に撃たれるじゃん」


         ☆


 一班十人で、五班。

 召喚した火熊は召使拘令科の召喚士が制御する。第一班はその援護。目標地点まで中央を進む。第二、第三班は両翼。残りは後方から。五班がなるべく五芒星となるように位置取る。

 俺達は第五班。第五は最上という伝統があるようだが、恥じぬよう役に立ちたい。

「俺にも召喚士がいるのかな」

「コツソ少将だったんじゃないですかね。輪枷りんか付けたら制御は外れるはずです」

 何重にも守られているのに、不気味な森の中を進むのは緊張する。フォワードは前方、シューターは後方を索敵、戦闘になるまではガード砕橋さいばしを運ぶだけだ。

 結構な時間、結構な距離を進んだ。先頭はもうじき目標地点――

「敵襲、第一班。支援不要。各員その場で索敵」

「ちょうどいいかも。軍曹、一班の戦闘をしてみてください」

「了解、やってみる」

 うすぼんやりと見る練習をしていた後方視界をモニターにする。脳内で通常視界を疎かにせず併用できるようになってきた。

 火豚の群れだが、もう壊滅しつつある。火熊が強すぎるのだ。

 一班に突進してきた火豚も、フォワードに弾かれて爆散する。

「ん、射撃?」

「斥力場に衝突した瞬間に撃つと、その場の妖気を巻き込んで叩き込めるんです。これが契闇流妖術【単圧ひとえあつ借力しゃくりき】です。相当なセンスが必要なので、射攻科は憧れのエリート集団ですね。私は【借力型】は難しくて【目白型】を練習してます」

 派生技みたいなのあるのか。なんて話をしているうちに敵は全滅した。

 楽勝だな。

 つい、帰った後のことを考えたんだ。

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