第19話 ウリアッ、上等兵!

 メールマークが点滅している。注意を向けなければ鬱陶しくない。視野だと思っていないのでいつまでも気付かないのだ。

 どうせ竜頭りゅうずが把握しているんだろうから内容ははずなんだけど、それを元に立てられた計画に振り回されるというか、竜頭りゅうずが身体を操作していたら俺はどうなるのかという気持ち悪さがあるので、なるべく自分で情報を仕入れていかないとな。という考えも竜頭りゅうずの影響なんだろうけど。

 展開すると、中に入っているのは例えるなら情報の器だ。文字列ではない。

 水平方向に三軸。情報の分布にグラデーションを感じる。知識は緑、学識は青、意識は赤。知識は知性で読み取り、同様に理性と感性が対応する。軸の間は両方の性質で処理する。学識と知識の間は標識スタンダード、知識と意識の間は鑑識ジャッジメント、そして意識と学識の間がここでいう良識コンプライアンスである。あやふやな感情でもなく機械的な論理でもなく、人の総意が良識を形作るのは素晴らしい。

 これらがさらに、上方は明るく下方は暗くグラデーションで示される。上方は無限に求める希望、下方は機械的に計算した極限値。だから器のように感じるのだろう。

 こんなものを理解できてしまうのも竜頭りゅうずのおかげか。といってもアクセスすればパチッと瞬時に竜頭りゅうずが把握する。

 午後の作戦のほうは、刻々と情報が更新されている。メールが何通も届くわけじゃないのだ。

 そして、誰だ――『今晩営みましょう』――?

「ラリア?」

「ウリア上等兵です。どうすれば間違えるんですか」

「ごめんどうかしてた。謎の確信があった」

 腕を組んで怒る巨乳さん。送り主は当然彼女だ。

「通信の件だけど、こちらこそ、今晩、よろしくお願いします」受け答えはこれでいいのか。苦笑するしかない。「正直うれしいです。ここまで求められて」

「ありがとうございます! 焦りもしますよ軍曹、この競争率でモタモタしてたら何年先になるかわかんないし。距離が近いうちに全力で押し倒します。やった。それと、メールの最後に簡易返信があります」

 ほほう。『はい/いいです/結構です』……。

「つまり、全力で押し倒すんだね」

「逃がしませんよ。あ、見えてきました」

 腕に組み付かれた。結構力強い。めっちゃ柔らかい。

 召喚陣の中央に、獣の姿が滲み出す。

「レア来た、『火熊ひぐま』ですよ。敵に回すと本当に辛いけど。侵攻向きだし、どうするのかな今日」

 頭を振ってフラフラする熊。わかります。

〔知性:『火熊ひぐま』は『火罠獣ひわなじゅう』の中でも凶暴。貪欲なため、体格の成長より遙かに妖気の成長が大きい。特に爪が危険で空間を焼き裂く。裂け目はすぐに戻らず、触れると爆発する。巨体ほど旨い〕

 本格的にヤバい。爆発とか意味不明。

「これ、森の中に居るんだよね。こんなのに勝てるの?」

「居ないはずなんです。それを調べに行くんですけど。まぁ回り込まれなければ何とか。やらせないのが私達の仕事です。めちゃくちゃ速いし、回り込んで爪痕に押し込んでくるし。〝爪痕を残す〟の語源です。牙を躱されても爪で引き裂くって」

「戦ったことあるんだ……」

「火熊を怖がってたら療理科は務まんないですよ。いちおう索敵が済んでるところを移動しますが、普段は単独ですし。不測の事態なら援護も受けられますが、それまでは自力で凌がないと。療理科が援護するんです。しかもに突っ込むんです」

 見た目は年下の女の子。軍服も相俟って、後輩に懐かれたぐらいに思っていた俺は馬鹿か。

「――かっけえ、気合い入った!」

「あっれ、ちょっと意地悪しようかと思ったんですが……砕橋さいばしって火熊対策なんですよ。取り回しさえ気を付ければ、防御範囲も広いし次のリロードが間に合うほど吹っ飛ばせるし。爪が機能するような戦いにはならないです」

「気合い入った! 練習しよう!」

「あっれ、じゃあ、練習しますか……これが格闘家か」


         ☆


 目の前で着替えたほうがいいかと聞かれ、もちろんそういうのは後でと言ったけど、不思議なスロープを下ると脱がす楽しみが、いや忘れろ今は練習。

 更衣室で戦闘服に着替えたウリアと共にトレーニングルームへ。相変わらず人が居ない。

「シミュレーターポッドのほうが色んなパターンを一瞬で練習できるんですよ。その動作に必要な筋肉も付けられるし」

「失敗しないと、偶然の発見もないと思うけど。まあ俺はイメージ通りに動けるかどうか確認するのが基本だから」

「軍曹は、相手を驚かしたいんですよね」

「あー、不謹慎か」

「いいと思います。結果出してるじゃないですか」

 ウリアは壁際の機械を操作した。

 照明が変わる。天井が抜けたかのように青空が広がって――

「何だこれ!」

 踏みしめる砂の感触こそ変わらないが、森の中になった。

「実物とは違って、映像の木に触るとペナルティで弾かれて結構痛いです。じゃあちょっと見ててください」

 ウリアは棚から砕橋さいばしを取り、慣れた感じで肩に担いで森の中へ進む。

 砕橋さいばしには担架としての機能もあるが、グリップは片側にしかない。棒みたいに逆サイドは使えないということか。斥力場の発生もあるだろうし。

 と思っていたら軽く棒のように振り回した。周囲の木に当たるギリギリ。映像でも間合いを把握できるんだろうか。断面が星形なのによく持てるなと見てみると黒いグローブを付けている。後で貰おう。

 程なく森の奥から火豚が数匹突進してきた。

 躱せるものは躱し、回り込みを見逃さず、間合いを調整する。信じ難い足捌き。

 そして躱せない多方向からの突進がきたとき、さらに信じられない動きを見た。

 大きめの斥力場で複数匹を弾き飛ばすと、そのまま斥力場を抜け、背後からの突進を弾き飛ばし、斥力場に砕橋さいばしを当てて妖気を回収する。

「え、斥力場って、抜けられるの?」

「はい、敵というか、『敵性』を弾くので」

「凄すぎるよ! スーパー、ウリアッ、上等兵!」チャチャチャと手を叩きながら囃す。

「巻き込んで粉砕しますよ?」

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