初日 

第1話 誰を倒せばいいですか?

 俺は鵺羽威やばつよし。三代続く格闘一家だ。

 キックボクシングの大会へ向け、高校最後の夏を爺さんの所有する広大な山で過ごしている。


 今日も鶏に起こされてランニング。

 霧が出ているが、入り組んだ獣道も良いトレーニングだ。空気も良い。

 いやマイナスイオンも良いが、大会へ向けて少しでもマイナス要素は排除しておきたい。

 そこで俺は考えた。穴を掘って埋まればと。

 筋トレにもなるし、自然と一体になって電磁波的なのをデトックスだ。

 俺は優勝を確信した。

 すぐ近くに川もある。取り敢えず全裸になるべきだろう。

 どうせ誰も見ちゃいない。むしろ見ろ。筋肉を。

 俺はバク宙と共に上下のスウェットを脱ぎ捨てた。今さらだが下着を忘れていたようだな。


 さて、始めるか。

 ザクッ。

 膝立ちの姿勢で、足元に貫手を叩き込んだ。

 掬った土を掻き捨てる。思ったより柔らかい。

 どっちにしろ鵺羽やば一族にスコップなど許されないのだが。

 ザクッ。ザクッ。

 反動を生かして交互に貫手を放つ。もちろんキックボクシングでは厳禁だ。グローブが破れるからな。


 穴が深まるにつれ、ローキックや膝蹴りも交え有意義な練習ができた。

 だがどうやら熱が入りすぎてしまったようで外が見えない。周囲は蹴り固められた土壁。

 ナイスデトックスだ。

 俺は優勝を確信した。


 さて、埋めるか。

 穴から跳び出ようと屈み、思い切り踏み切った瞬間、


 〝床〟が、抜けた。


 この感覚は知っている。昨晩のことだ。

 爺さんの家の二階で、目を瞑ってジャンプして天井に頭をドンピシャで当てられないかと思い立ったのだ。

 結果は往路で天井を破壊テンドン、復路で床を踏み抜ユカドンいて一階の爺さんの枕元に正座で着地。爺さんのオヤスミを妨げた俺は危うく永遠にオヤスミするところだった。恐るべし鵺羽の首領ヤバドン

 そう。冷静に考えれば、いくらボロ家だからって、床がそう簡単に抜けるものか。

 引き摺り込まれたのだ。いま、この時も。


         ☆


 軽い浮遊感はあったのだが、特に衝撃も無く接地感が増していく。両手と片膝を突いた状態。クラウチングスタートの姿勢だ。

 足裏の感覚が確かになってくる。石畳だろうか。硬さほどには冷たく感じない。

 薄らと目を開ける。魔法陣だな。だよな。だと思った。見たことある。

 以前実家でトレーニングの後プロテイン飲んでちょっと仮眠するつもりが、寝過ぎて変な時間に目を覚ましたのだ。

 なぜそこでテレビを点けてしまったのかわからない。

 なぜその時間を毎週楽しみにするようになってしまったのかわからない。

 だがそのおかげでこんな事態に陥っても想定内で居られる。

 ありがとう深夜アニメ。こんにちは異世界。

 そういう妖しい系の儀式なのだろうか。腹に届く打楽器の音が反響する。

 ダダンダンダダン。ダダンダンダダン。

 クラウチングスタートの姿勢だ。全裸で。


         ☆


「俺は鵺羽威やばつよし。格闘家だ。早速だが魔王を倒せば良いのだろう?」

 クラウチングスタートの姿勢から徐に立ち上がり腕を組み、魔法陣を囲むように並び立つ白服の人々の中から唯一黒服の老人を見出すと、こっちから気を遣ってそう告げてやる。

 もちろんフルチングスタイルだ。

 場のざわつきが増す。それはそうだろう。大会へ向けてかなり順調に仕上がってきているからな。

(何で全裸なんだアレ)

(これは逸材だな)

(何だ魔王って)

(デカいよ、キレてるよ)

(何で人間が出てきたんだ)

(豚、豚、人かよ。今日ガチャ渋いわ)

 絶賛の嵐だ。この筋肉は異世界でも通用する。

「報告。三体目の召喚に失敗」「待て、まだそうと決まったわけでは」「しかし人間だぞ。前例が無い」

 ざわつく中、肌の感覚で屋外だと思っていた場所が広大な屋内であることに気付く。

 どういう仕組みなのか、天井や壁が光っているのだ。

 なんかみんな頭良さそうだし、この時点で自分の世界の知識で無双する線は消えたな。

 首を巡らせる迄もない。気配の数は十一。

 黒い石畳には俺を中心に大きく五芒星と二重円が白く描かれていて、それを等間隔に囲む白い軍服が十人。

 女性も居るが、お互い顔に出したら負けという認識で一致しているので腕組みは外さない。

 さらにその外には、俺が声を掛けた老人が黒い軍服を纏っている。勲章の数からして、やはりこの場のトップなのだろう。

「って、爺さん? 爺さんかッ!」

 なぜ鵺羽の首領ヤバドンが居るのだ。追ってきたのか。昨晩俺を半分だけ生かしておいたのを後悔したとでも言うのか。

「閣下に向かって失礼だぞ貴様!」「そうだそうだ!」「仕上がってるよ!」「そうだそうだ!」

 非難を浴びて改めて見たところ、爺さんより風格を感じる。軍服のせいか。いやチョビヒゲのせいだなきっと。

「落ち着きなさい諸君」オールバックのイケ老人が口を開いた。「先ほど前例が無いと言ったな。しかし人間が前例はあるのだ」

「そんな報告は――それは事実ですか、コツソ少将。報告が無い件、問題にさせて頂きますよ」

「そうだったかな、ダイ大佐。諸君ら『契光党けいこうとう』内部で情報の行き違いがあるのではないかね……ハブられてたり、おっとと」

「なんッ――!」大佐と呼ばれた神経質そうな眼鏡の男は真っ赤だ。チョビヒゲ同士、仲良くすればいいのに。

 だがそろそろ返答あって然りではないのか。まさか聞こえなかったとか。

「俺は鵺羽威やばつよし。格闘家だ。早速だが誰を倒せば良いのだろう?」

「ああそれはさっき聞いた。失礼、当施設の所長、コツソ少将です。此度は当方の手違いにより大変ご迷惑を」

「これはご丁寧にどうも。鵺羽威やばつよしです。格闘家です。高校も一応行ってます。召喚されたことに不服はないですが、誰を倒せばいいですか?」

「なんかえらいの来たな、あの、格闘家だからって誰か倒さなくてもいいんですよ。たぶん」

「ありがとうございます。自分不器用なもんで」

「なんかえらいの来たな」

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