散る桜と君

浦野 紋

散る桜と君

「あの桜が散るのと私の命が散るのどっちが早いと思う?」

病室の外のまだ蕾すら膨らんでいない桜を見ながら、彼女はそう呟いた。

彼女はそんなことを言う人じゃなかったはずだ。おそらく自分でも分かるほど病に侵されてるという事だろう。

さらに言うならば彼女の容態は素人目で見ても悪くなっている。繋がれている管の数が増え、上半身を起こすのがやっとに見えるほど辛そうにしている。

主治医が特別に、と教えてくれた話だと宣告した余命はもうとっくに過ぎて今生きてるのが奇跡なくらいだそうだ。

それを聞くまでは週に3日ほど学校終わりなど時間を見つけて彼女の病室に行くようにしていた。それ以来ほぼ毎日、できるだけ長く病室に居るようにしている。

毎日来ているお陰か所為か、彼女の感情の波に翻弄される。気分が良いときは昔の話や将来の話をしてくれるのに、気分が落ちてると愚痴や妬みを怒りとして吐き出してくる。

ちょうど今は落ちていってる途中なのだろう。ただそこにどんな言葉を掛けようとも波が静まることは無い。病気はおろか精神すら救ってあげることができない。


凍てつく寒さに晒された人々に救済を与えていた冬日は空気感ごとふわりと包み込む春の陽に近づいてきた。

もうそろそろ南からやってきた春を桜が開花と共に知らせるはずだ。満開の桜を一緒に見ることすら怪しい現状では、おそらく桜が散るのは彼女が消えた後のことだろう。

ただ、もっと生きてて欲しい。切にそう願いこう答えた。

「散っていく桜もきれいだけどさ、咲いた桜の方が綺麗だと思うよ。永遠に散らないで欲しい位にね」

と……

言葉を咀嚼するように数刹那の空白の後に、悲しそうな嬉しそうななんとも言えないくしゃりとした笑顔をして、

「ありがとう、ごめんね」

とだけ呟いた。


それが何に対しての「ごめんね」なのかは、ただ1人散った桜を眺めている僕にとってはもうどうでもいい事だった。


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散る桜と君 浦野 紋 @urano-aya

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