ながくらさゆき短編集

2020年夏の隅田川花火大会デート

2020年7月土曜日。

隅田川花火大会に来ている。

毎年この花火大会には多くの見物客が来て去年は約96万人だったらしいが、今年はもっといるそうだ。

入場制限をした方が良さそう。

でもコロナで中止だったのにこうして楽しめるなんて嬉しい。

浅草は大混雑していると聞いたので両国駅で龍（りゅう）君と待ち合わせした。

龍君とはネットで知り合った。

チャットのやり取りだけだったが、今日は初めて顔を合わせる。

赤い浴衣を着ていくと伝えた。

緑のランニングシャツにカーキ色のハーフパンツで来るそうだ。

龍君は外国に留学している20歳の日本人。今日は留学先から来てくれる。

待ってる間、駅構内に歴代の力士の手形があったので自分の手と比べた。近くに相撲の会場、両国国技館がある。有名力士の手形がたくさんあって感激した。今度相撲好きの友達を連れてきてあげたい。相撲取りってこんなに手が大きいのか。私の手の３倍ありそう。夢中になって手を合わせていたら話しかけられた。

「ユキちゃん？」

コクンと頷いた。「龍君？」周りの人達にネットで知り合った初めて会う二人だと気付かれたくなくて小声で返事をする。そういう待ち合わせは最近は珍しくないだろうけど恥ずかしい。

緑のランニングシャツ、カーキ色のハーフパンツ、筋骨隆々のこの男子が龍君なんだ。

マッチョだったんだ。顔写真は送ってくれたから見てたけど、体型までは写ってなかったので驚いた。

「行こうか」

「うん」

隅田川花火大会に来るのは久しぶりだった。何年ぶりだろうと計算すると自分はそんなに年を取ってしまったのかと身震いする。

「ユキちゃんて学生だっけ？」

「大学生だよ」

龍君の逞しい腕に触ってみたいけど、馴れ馴れしくして嫌がられたくない。龍君は首からタオルを下げて汗を拭いていた。

「喉乾いたからコーラ買おう」龍君が屋台を指差す。

「屋台のって高くない？」

「高いけどせっかく来たから祭りを楽しみたいんだよ。氷もいっぱい入ってそうだし奢るから飲もう」

屋台のおっちゃんは、おっきな氷をバケツみたいなコップにガンガン入れてる。

缶ジュースなら100円程度なのに、屋台だと500円もする。一体何ml（ミリリットル）入って500円なんだ。もったいない。自分のお金だったら絶対買わない。

龍君が奢ってくれたコーラを飲む。暑さで氷が溶けてきている。薄まってきたコーラも夏らしくて美味しいかも。

「かき氷食べない？」

「私はいい。コーラ飲んだばかりだし」

屋台のかき氷なんてシロップの着色料が体に悪そう。毎年夏は家で作ったかき氷に私の手作りのジャムをかけて食べてる。家族には「かき氷はコレジャナイ。市販のシロップをかけたい」って言われるけど健康の為。コーラも普段は家で手作りしてる。

「メロン味、一緒に食べよう」

「シロップの着色料って体に悪そうじゃない？」

「ここでは気にしなくて大丈夫」

そうだった、気にしなくていいんだった。最近はコロナの影響で人とは距離を置かなきゃいけなかったけど、ここではその必要はない。

だったら１つのかき氷を半分ずつ食べるなんてカップルみたいで素敵。楽しまなきゃ。

屋台のおっちゃんに緑色のシロップがかかった甘い香料プンプンのかき氷と、２本のスプーン型のストローを手渡された。

来てよかった。私好みのマッチョな龍君と、かき氷突っつけるなんて。バンザイ！　生きてて良かった！

「おいしい？」

「めっちゃおいしい」

久しぶりに市販のシロップがけのかき氷を食べた。懐かしい味がする。

「タコ焼き食べたいな」

龍君、食べてばっかり。

「花火はいいの？　よく見えるところまで歩こう」

「時間かかるでしょ。腹ごしらえしたいな。留学先だとタコ焼き売ってても中身がイカだったり肉だったりするんだよ」

浅草まで徒歩40分。何でこんなルートを提案したかっていうとこれしか知らないから。

昔見た、隅田川花火大会は親戚の住むマンションに泊まってそこから見たから、どこまで行ったら花火がよく見えるか知らない。

「わかった。タコ焼き食べよ」

家で作った方が安くない？　と思ったがこんなに暑いのに家でタコ焼き焼く気力無いし、タコって高いから屋台のを買った方がお得かも。

　私の分は青のりはかけないでくださいと頼んだ。初デートで唇や歯に青のり付いちゃったら恥ずかしい。

「あっふい（あっつい）」

熱さに耐えながらタコ焼きをほおばる龍君も素敵。私も食べよう。

「ほんほら、あっふい（ほんとだ、あっつい）」

肩を寄せ合いタコ焼きを食べる。最高。ちょっと高いけど。私は１円も出してないけど。

次はどの屋台にするか龍君と歩きながら迷っていた。昔は屋台はかき氷・水飴ぐらいだったのに、今はケバブやら異国の食べ物も多い。どんな味がするのか気になるがやっぱり高い。

飲みかけのコーラはどのくらい残ってるかフタを開けて確認してみた。氷がすっかり溶けてる。

ドンッ

人にぶつかった。衝撃でコーラが浴衣にかかった。「うわあ」

「大丈夫？」龍君が首にかけてたタオルで拭いてくれたけど、浴衣にもタオルにも染みが付いてしまった。

ぶつかってきたのは見た目が派手なカップルだった。謝りもせずに通り過ぎてった。

「あーあ、奮発して買ったのに」

赤い浴衣に茶色いコーラの染み。

ガッカリ。もう帰りたい。

「花火、大きく見える所まで行こう」龍君が私の手を引く。

「ごめん。浴衣汚れちゃって、もう歩く気力無いや。下駄で足も疲れちゃったし」

「新しい浴衣買ってあげるよ」

「え？」

「これどう？」スマホの画面を見せてくれた。緑色の浴衣が写ってる。

「かわいい」

「じゃ、これね」

龍君がスマホを操作して私の肩に触れたら浴衣が光りだした。

キラキラッ

着ていた浴衣が、さっき龍君の選んだ緑色の浴衣に変わった。

「似合うね」

「ありがとう。私も新しいタオル、プレゼントするね」

キラキラッ

私の手の平が光り、黄緑のタオルが出現した。

「黄緑好き？」

「好きだよ。ありがと」

好きだなんて、照れちゃう。

あっ、タオルの色か。

「これはしまおう」

染みが付いたタオルは消えた。

「ワープしよう、ワープできるチケット持ってるから」

龍君は私の肩を抱いて、膝の裏に手を入れて横抱きにした。

シュンッ

景色が変わった。

「地図（マップ）で人口密度見てみたらこの辺がすいてたんだ」

ヒュル〜　ドドーンッ

青と白に輝く、どでかいスカイツリーと大輪の花火。迫力があって綺麗。

さっきよりも人が多い。

マンションの窓から花火を眺めてる人、庭で近所の人達とお酒を飲みながら楽しんでる人とさまざまだ。

ドドーンッ　

「うおっ」「うわっ」

私も龍君も花火が打ち上げられる度（たび）に身を縮める。

「音大きいね」

「ボリューム下げなきゃ」

ヘッドフォンの音量を下げる。龍君の声が聞こえなくならないように、BGMだけ下げた。

「本物の花火大会は中止になっちゃったけど、代わりに仮想現実（バーチャル）な行事ができてよかった。本当に日本に帰ってきたみたいだ」

現実世界を元にして作られた空間に二人はいる。

「去年のリアルな花火大会より見物客多いらしいよ。すぐ来て、すぐ帰れるからいいよね」

「気温や屋台の匂いや味まで再現してるって凄いな。タコ焼きあつあつだったし、タコの弾力リアルだった」

栄養は取れないけど、満腹感は得られる。なので着色料が健康に悪そうなんて考えなくてよかったのだ。

「コーラで浴衣が汚れるとこまでリアルじゃなくていいのに。コロナ騒ぎで出掛けられないけど仮想空間（バーチャル）で会えて嬉しい」

「またどっか一緒に行こう」

「海がいい」

龍君のマッチョな水着姿が見たい。

「いいね。すいてる所にしよう」

地図（マップ）でバーチャルで来てる人口密度を見れるのですいてる所を探せる。

「そろそろ下ろしてくれない？　恥ずかしくて」

龍君は私を横抱きにしたままだった。

「誰も気にしてないよ」

「そうだろうけど」

龍君の顔が近過ぎるし、体を密着していて恥ずかしい。実際にはそこに居ないのに吐息や体の感触まで感じるなんて凄い。

「もう帰ろうか。眠くなってきた」

「あっ、ごめんね。そっちは朝だっけ」

早起きして開始時間まで待てばいいのに楽しみで眠れなかったそうだ。

「うん。今日は楽しかったよ。おやすみ」

「おやすみなさい」

「良い夢を」

「うん、龍君の夢見るね」

オフラインになった。

ヘッドフォンと専用のメガネを外した。

自分の部屋が視界に入る。

「龍君の筋肉素敵だったな。アバターかもしれないけど」

龍君は留学してるというのも本当かどうか分からない。既婚者かもしれないし女性かもしれない。

とりあえず海に着ていく水着を探そう。派手過ぎない可愛いのがいい。男ウケする水着を探さなきゃ。

「お婆ちゃん、水着買ってくれるの？」

「あんたにじゃないよ。勝手に部屋に入って来ないで」

いつの間にか孫が部屋に入ってパソコンを覗（のぞ）き見してた。

「若い男とチャットしてるって言うから心配で。騙されたりしないでね。お金要求されたらすぐ相談してね。詐欺だからね」

「はいはい」

「ねえ、焼きとうもろこし作って」

「自分でやって。そのぐらいもうできるでしょ」

「お婆ちゃんの焼いたのがいいの！」

孫がいることは龍君にはヒミツ。私が大学生っていうのは嘘じゃない。通信制に通っている。パソコンで授業を受けて真面目にレポートを提出してる。

もういい歳なのに若い男に現（うつつ）を抜かしてるなんて娘にも孫にもバカにされるけど、いいじゃない。イケメンを目の前にしたら気持ちは20歳（ハタチ）になるの。

次に龍君とバーチャルで会うときもピチピチの20歳（ハタチ）のアバターでおしゃれして行くんだ。

とうもろこしを焼いて写真を撮ってメールを送る。香りと味まで載せて送れるなんて大したもんだ。

2020年、どこの海へ夏のデートをしに行こう。

「おっ、ユキちゃんからだ。焼きとうもろこしかあ。リアルだと歯が心配だけど、バーチャルならガブリとかじれるからいいな。醤油の焦げた香りたまんないね。僕が80だなんて知ったら嫌われちゃうかな。60もサバ読みし過ぎたなあ」

龍君は入れ歯の洗浄をして寝た。

終