第二章二幕 俺と彼女の前哨戦



 結局二葉は、10分も待たないうちに所用を済ませ、足早に俺の待つ裏門に駆けつけた。

 二葉に連れられ、電車に乗り込み、目的地へと向かう。

 帰宅時間なだけあって、市内の高校に通う生徒らが、混在して電車内を占拠していた。

 俺は閉鎖された開口口の反対側で、痴漢防止のボディーガード役と銘打って二葉の盾にされていた。

 壁と俺で、二葉を挟んでいる格好だ。

 乗り入れてから二葉は壁に背を預けているが、ずっと俺の足元を見ている。

 女子高生への痴漢は減少の目処を絶たないが、最近では男子高生も痴漢をはたらくというので、男の理性も地に落ちるばかりだ。

 確かに男の性欲は二十歳まで上昇の一途を辿るため男子高生も犯罪予備軍になる。

 二葉の場合、触られる程のものを持ってないが、揶揄ったら殺されると知っていたので反駁せずに従った。

 俺個人には酷薄でも、公衆では一人の乙女だ。物足りない体躯でも、一抹の危惧は拭いきれないだろう。

 そのはけ口を担っているのが俺なんだがな。


「で、俺は何処に連れて行かれるんだ?」


 吐き出した声が思ったより小さく、電車の騒音でかき消されるのではと心配したが、二葉には届いたらしく、俺よりも張った声音で応えた。


「ショッピングモールよ」

「……ショッピングモール」


 強制的に先日の約束を想起して、顔をしかめてしまう。

 俺の表情に、二葉はいつものことだと割り切り、話を再開させる。


「防犯ブザーを買いに行くの」

「痴漢対策か?」

「それもそうだけど、ほら」


 二葉はスマホを操作して画面を俺の目前にもってくる。

 見ると、SNSの呟き欄だった。情報の発信・拡散・共有に重きを置いているSNSはフレッシュでホットな話題が目白押しだ。

 区切られた枠内に様々な呟きが載せられ、俺は無意識にそれを読み上げる。


「Aカップのブラを販売している店を見つーーいっ!」


 鼻を拗じられる。怒鳴ろうとしたが、二葉が顔を朱色に染めて睨んでいたので黙認することにした。


「そこじゃない。このスケベが。一番下よ」


 Aに驚きを隠せないが、俺は示された呟きを音読する。


「南原高等学校、2年B組、五十嵐望を目撃した方は下の電話番号までお願いします。これって……」


 俺の脳内に刻印されたばかりの名前だ。

 電話番号は2つあり、うち一つは見覚えのある番号だった。


「警察署の番号……」


 もう一通は恐らく五十嵐の身内の番号だろう。

 五十嵐望。目撃。警察署の番号……。俺は暫く逡巡し、呟きの本質を探った。


「五十嵐が行方不明ってことか?」

「そうなるわね」


 普通は血の気が引く場面なんだろが、いまいち現実味がなかった。五十嵐とは一昨日会ったばかりなのだ。


「昼過ぎにこの呟きがきたのよ。あたしの友達が五十嵐さんと仲良くてさ。真に受けたみたいで私のアカウントにも送られてきたわけ。同じクラスでしょ? あんた知らなかったの?」

「……ああ、SNSはやらないし、情報共有する奴もいないからな」

「はぁ……これだからあんたは」


 二葉は一呼吸おき、スマホをしまう。


「でも、五十嵐さんの妹さんも今日は学校を休んで探し回ってるみたいだから、行方不明ってのは間違いないかも。今日、五十嵐さんいなかったでしょ?」


 目元を淋しげにして答える二葉にこくりと頷く。

 つまり昨日のデートは来なかったのではなく、行けなかったのだろう。

 納得した途端、3時間も同じ場所で居座っていた自分に罪悪感が覆いかぶさる。

 行方不明はというのは広義的なもので、掘り下げれば、遭難や誘拐、既に死んでいる現実も無きにしもあらずなのだ。

 どのみち俺には何もできなかったのだが。


「それで、ね……」


 何やら口ごもる二葉に視線をやると、両手を股の辺りで絡めてもじもじしていた。


「ゆ……誘拐とかの可能性がないとも言えないし、べ、別に恐いわけじゃないけど、万が一に備えててというか、何というか……」

 「それで防犯ブザーか」

 「そう……」


 二葉は俯いたまま、小さく首を縦に振る。

 一女子高生として、犯罪に備えて対策を講じるのは、恥じる行為ではないと思うが、二葉にもプライドがあるのだろう。


 「虚勢を張らなくても女子高生に防犯ブザーは必須だ。誘拐とかの犯罪ってのは、被害者の慢心の上に成り立つもんが大多数だからな。備えない奴から狙われる」

 「べ、別に虚勢なんか!」


 核心を突かれた二葉は目を見開いて否定した。

 見栄を張っても、不安を隠せない奴はまだ救いようがある。表に出ない方がたちが悪い。


 「どうせお前、その友達とやらにでも買えって言われたんだろ」

 「そ、そうだけど……」


 二葉は何故わかったのかと、俺を荒んだ目で見た。もしや俺が聞き耳でも立てたとお門違いな推察をしてるのか。

 俺は疑惑を晴らすようにして口を開いた。


 「他人の心配ができるいい友達じゃないか」

 「……羨むくらいなら友達つくればいいじゃん」

 「俺は自分の人生運営に精一杯なんでね。他人の人生に介入できる大それた余力は持ち合わせていない。友達になるってのは、相手の失敗も、負の感情も背負うってことだ。楽しいだけが友達ならそれは快楽だけ汲み取ろうとする偽りの友情だ。都合主義でしかない。そういうやつらは遅かれ早かれ破局する」


 異論は認めない、と言い終えると、腐ってるの一言で両断された。いつものことだ。

 警察は操作に乗り出しているのだろうか。五十嵐の行方不明は判明して日が浅いため、発見されなければ校内で少しずつ明るみになるだろう。

 一方的とはいえ、俺も五十嵐と有縁の間柄だ。身は案じている。しかし、どう転がってもどこ吹く風で聞き流すつもりだ。他人の不幸を背負わないために一人を貫いている部分もある。

 今は二葉の用向きを手短に終わらせようと胸中で決意した。

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