Merry are the Bells

ジャックのことに気づいてから、意識しないようにと思うのに、どうしても考えてしまう。もう誰の手を握っても、暖かさを感じないのだ。空腹や疲れを感じないように、思い込みの力でどうにでもなるということか。

もう一度彼らの熱を感じたいが、自分自身を洗脳させることはなかなかに難しい。どれだけ願っても、中身のない存在だと思ってしまう。いっそのこと認めてしまえば悪霊となって、ずっとこの場に留まり続けるのだろうか。

「せんせーっ」

私が廊下で佇んでいると、デュースが駆け寄ってきた。それを受け止めて、持ち上げる。

「せんせー、あったかいの」

「私が?」

「うん」

デュースの体温も感じなくなってはいたが、柔らかさは感じられた。指先に触れると、ふにふにしている。頰は柔らかく、くすぐるように撫でると、声を上げて笑った。

「お散歩でもしようか」

抱えたまま、目的もなく歩く。そういえば、また彼らは別々になってしまった。消えた気配はないが、しばらく集まっていない。

「おや、先生ではないですか」

高いヒールの音を鳴らしながら、まるでランウェイかのように自信満々に前から現れた。彼は相変わらずというか変化がなかったが、それが今はありがたかった。

「どうですか、似合っています?」

私が作った服を完璧に着こなしている。派手ではあるが、彼にはこれぐらいが相応しいだろう。

女優帽のような大きなハットには羽をつけて、かっちりしたジャケットの下はサテンのドレス。下は柔らかいレザーを使ったパンツで、その下はヒールの高いブーツだ。

眩しいぐらいの赤色で、廊下が明るくなった。

「ああ、完璧だ」

つい口に出してしまったが、これは禁句だっただろうか。恐る恐るクイーンの方を見たが、彼が気にしている様子はなく、「そうでしょう」と答えた。

「先生、遊びませんか」

私が何か考えていたことに気づいたのか、片手を持ち上げた。デュースを下ろして、両手を彼と繋ぐ。

「皆で歌いましょうか。さぁ、はい!」

聞いたことのあるメロディーに乗せて、流れるように口から歌詞が出てきた。

「デュースは僕達の間をくるくる回ってくださいね」

London Bridge is falling down,

Falling down, Falling down.

London Bridge is falling down,

My fair lady.

「はい、捕まえた」

腕の中に閉じ込められたデュースは楽しそうだ。

「ねぇ先生」

「ん?」

「我々には一つ、特技があるんですよ」

「へぇ……それは何だい?」

クイーンは立ち上がると、後ろからデュースを抱きしめた。指を一本私の前に出して、何かを空中に描く。

「貴方を楽しませることです」

「えっ」

「ね、デュース」

デュースは上を向いて、クイーンの帽子についた羽を取ろうとしている。

「僕達は先生を楽しませることが得意なんですよ。ここにいて楽しいでしょう? 貴方が何かに悩んだ時は、僕達が笑わせます。辛いことがあるなら忘れさせます。貴方が笑ってくれるなら、それ以外は何もいらない」

「クイーン……」

「ふふふ、これで僕の好感度、やっと一位になりました?」

こう軽口を叩くのも、彼なりの優しさなのだと気がついた。目頭がじわりと熱くなったが、それを堪える。

「クイーン、私も一つ特技を見つけたよ」

「ん、それは何ですか?」

「……君達を、愛することだ」

二人を抱きしめて、力を込める。消えないように、まだここにいると確かめるように。

「素敵な特技ですね……でも、まだまだです。僕は全然満足してませんよ! もっとほら、僕にぐずぐずになってください! 僕がいないと不安になって、迷子の子供のように僕の名前を叫びながら、僕を必死で求めて!」

「ぐずぐず……?」

「ぐずぐずって何だろうね、デュース」

「あ、出ました。無視芸! みんなそれが好きですね。僕が喋り出すとみんなそうする。いいんですよ、そんな定番パターンを作らなくて。ああでもあった方がいいんですか? ほら、お決まりってやつですよ。例えば、そうですね……僕はやらないって言ったらみんなやるって言って、じゃあ僕がやるって言ったら、どうぞって譲るやつ!」

「その格好になってから、更に高カロリーだなぁ」

「貴方が作ったんでしょう」

「トップスターみたいだよね。いっそのこと背中に羽をつけるかい? それにしても、よくその高いヒールを履きこなせたね。もう少し低くて、厚底のブーツもあったはずだけど」

「でもヒールの方が美しいでしょう? 先生がこの靴に合わせて作っていたのを、僕は知っているんですよ。だから最初は机と机の間を歩いたり、モップを杖代わりにしたり……そんな努力を乗り越えて、今完璧にキメているわけです!」

「……」

「あ、無視のパターンですか。無視芸きちゃいますか!」

「クイーンって天才肌の上に、努力家だよね」

「はっ! まさかの誉め殺しパターン! 先生を侮っていました……もっと笑いを勉強しないと」

「芸人の方を極めていくの?」

「いえ……ですが、僕の最終目標はスターなのでね。その要素も必要でしょう。何でもできて、あらゆる方面で重宝されるスーパーヒーローになりますので」

「ううん……いるかなぁ、お笑い」

「クイーンは手品できるの?」

「えっ、何ですか突然……ああ、あーはい。できますよ、多分。できちゃうでしょうね〜、僕なら」

「トレイは上手なの」

「え、そうなんですか? ぼ、僕だってできますよ。でも、道具がないんで無理ですね〜。身一つでできるマジックなんて限られすぎてますし〜」

「道具があればできるか、確かめてみるか?」

「トレイ!」

いつから聞いていたのか、にやりと笑いながらトレイが近づいてきた。手にはトランプを持っている。ぱらららと音を鳴らして、カードを持ち上げては手の中へ落とす。

「ほら、貸してやるからやってみるか?」

「まずお手本をどうぞ、トレイさん」

「ふん、まぁいいか。ほらデュース、一枚選べ」

「これ!」

「ほら、先生にも見せて。これは別に当てるマジックじゃないから、俺に見えても平気だ」

デュースが持っているのはスペードの8。

「さて、こいつを中に入れる。見えたか? 中に入れただろ? よし、指を鳴らすぞ」

ぱちりと小気味良い音を鳴らすと、上のカードをめくった。

「いつの間にか、デュースの選んだカードが上に上がってきちゃったな」

「えっ」

「うわぁーすごいの!」

「へ、へぇ……それだけですか?」

「はっ、もう一回やってやる。ほら、よーく見とけよ」

一番上のカードを、しっかりと束の中心に挟む。どう見ても、確実に入れたはずだ。

「デュース、おまじないをかけてくれ」

デュースの小さい指に軽くカードを叩かせた。もちろんこれだけで、何か仕掛けることはできないだろう。

「魔法をかけます!」

「いいぞ。デュース、ほら一番上をめくってみな」

デュースがめくったカードは、スペードの8だった。

思わず拍手が起こる空間に、トレイは自慢げに笑った。

「はは、こんな軽い手品で喜んでもらえるなら安いな」

「き、聞いちゃダメだよね。こういうのって」

「どうやったの! どうやったの!」

「おいおい……まぁタネ自体は大したことないから、教えてやってもいいんだけど。さらっとなんてことないように動かすのって結構練習がいるんだぜ」

再びトランプを手に持つと、また同じことをさせた。

「はい。適当に選んだカードはクラブの3……おい、なんかやだな。恥ずかしいじゃねえか。まぁいいか。一回目はこいつを上から二枚目に入れるんだ。横から見たらバレるけど、上からなら気づきにくいだろ? で、二枚同時にめくる。そうすると一番上のカードは二枚目になる」

「はぁ? ただ二枚めくってただけじゃないですか」

「言ったろ、タネは大したことないって」

確かに練習を重ねれば、私でもできそうだ。

「二回目はちょっと変わる。このまま二枚同時に裏返すと、一番上はどうでもいいカードだな? こいつを今度は横からはっきり見せて、真ん中辺りに入れる。選んだ二枚目、クラブの3がこれで一番上になっているから、魔法をかけたフリをして、そのままめくる。終了」

「誰でもできるじゃないですか、そんなの。僕だったらもっと高レベルなのを練習しますけどね〜。そんなのから経験値稼ぐトレイは大物になれませんよ」

「はいはい、切断でも浮遊でも、派手なのを見せてくれ」

「さらっとカードマジックを披露できるのってカッコいいね。面白かったよ、ありがとうトレイ」

「あ、あー……どうも。これはこれで反応に困るな」

「うわ、何ですかその態度。なぜかこういう性格の奴って一部から人気ありますよね。アレですか、いざとなったらやれやれしながら、あーあ、めんどくせーけど、世界救っちゃいま、す、かっ、とか言うタイプ! もう低血圧気取るキャラはいいんですよ。これからは僕みたいな」

「あーうるせーうるせー」

「デュースもやってみる」

「世界救っちゃいますかはさすがにダサすぎだろ……おい! デュース無理やり取ったら落ちるっ」

見事に床にバラバラに落ちたカードを皆で拾う。文句を言いながらも手伝ってくれる二人の言い争いが止まることはなかった。


皆といることで少しだけ問題を忘れられた。すっきりした頭で、廊下を歩く。

確かにクイーンの言った通り、皆は私を楽しませてくれる存在のようだ。こんな風にずっと続けばいいと、君達も願ってくれている。


さぁ鐘を鳴らして、歌を歌おう

魂が消えないように、退屈しないように

この場所を、私達だけの天国にしようじゃないか

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