《4》

Bグループで頼りになりそうなのは、サイスやエイト辺りか。彼らも疲れないように配慮しなくては。

「お邪魔してもいい……」

扉を開ける前に叫び声が響いた。

「うおおおおおおお」

「セブン、ちょっと静かにしてくれるかな」

「デュースもやるの!」

教室を走り回るセブンとデュース。それを困り顔で眺めるエイトとサイス。残りのメンバーは静かに、それぞれ壁に寄りかかっていた。

ほぼ想像通りの光景に、そのまま扉を開ける。

「あ、先生なの!」

「デュース、元気そうだね」

「みんなで鬼ごっこしようぜ! そうだな、お尻を叩いたら交代ってルールにするのはどうだ? そこ以外はセーフだ!」

きゃあきゃあ言いながらデュースが逃げ回る。その間に二人が近寄ってきた。

「これは、どーするべきなんだろうなぁ」

「あっちの様子はどうですか」

「ああ……あっちは割と良さそうだよ。ちょっとしたからかいみたいなのはあるけどね。それよりこっちが……交代しようか?」

「いや、まだ大丈夫だ。それに、こっちのメンバーは心配になる奴が多い。ここにいた方が見張っておけるから助かる」

「うん……俺もこっちで平気だよ。デュースが飽きちゃったら、あっちに連れていってくれますか」

「ああ、分かったよ」

放っておいた方がいいのだろうか。しかしここで何もしないのも、溝を深めるだけだ。

意を決して彼らに近づいた。

「ケイト、シンク……」

キングは机に座って何かを作り始めている。彼はひとまずこのままでいいだろう。

「その、何か困ったことはないかな」

その原因を作ったくせにと思っているだろうか。

「ごめん……勝手に。君達の意見をよく聞かないで動いてしまったね。それについては謝るよ」

「……ううん、先生は悪くないわ。この人数の方が把握しやすいもの。あたし達なら大丈夫よ。この部屋の皆が守ってくれるわ」

「ありがとう、ケイト」

シンクは一度こちらを見たが、話そうとはしない。名前を呼ぼうとして、止めた。やはりシンクのことは彼らに任せよう。私では悪化させるだけだ。

「じゃあまた、見に来るから……」

扉を閉めた後、彼らの会話が聞こえた。

「シンク……ここは嫌か?」

「別に。どっちだって、なんだって構わないよ」

ぶっきらぼうに答えたシンクの声を背にして歩く。一度立ち止まって、暗い廊下を眺めた。

窓から急にバケモノが現れる? 突然壁に穴が開いて、どこかへ吸い込まれる?

バカげた想像をして、一人で笑ってしまった。

この状態をいつまで続けるべきか。時計があったら良かっただろうか。そうしたら我々は何時間耐えればいい?

Aグループまで戻ろうとした足を止める。なんとなく一人になりたくなった。

誰もいない教室に入り、椅子を持ち上げる。武器になるように強化でもしておこうか? 他に戦える手段を増やしておくのもいいだろう。

お得意のお裁縫か。今のところ、見つけた私の取り柄はそれぐらいだ。どうすればいい? 可愛いテディベアでも作って、犯人に訴えてみるか?

笑いが止まらない。どうして私はそんな趣味を持ったんだ? 教えてくれ、記憶に閉じ込めた過去の自分よ。私はなぜこんなことが得意なんだ? 他には? 他には何か役立つことはないのか?

裁縫をする前の一瞬だけ、後ろ髪を引かれる感じがする。ツンと体のどこかが痛む。記憶にはないがきっと……感覚で分かる。私がどこかでそれを後ろめたいと思っているからだ。

自分の姿は鏡などがないので見てはいないが、触った感じや子供達と比べると、大体年齢が想像できた。

いい年した大人、それも男の趣味。疎まれていた? 気味悪がられていた?

彼らの完成した服を見る限り、私はああいうデザインが好きらしい。男性受けするようなセンスでは、まるでないのだ。ジャックに施したダメージ加工は、例えばジーンズにするようなそれとは全く違う。

誰がフリルを付け足し、リボンで編み上げた服を好んで着るというのだ。少年や少女ならいい。そういう服を私が着ていたら? どう考えても浮く。近所で噂になる人間ではないか。となると、この世界に来る前の私は……きっとそうだろう。そっちの方がしっくりくる。

私は変わり者で、どうしようもない人間なのだ。

記憶を失ってもダメじゃないか。一からなんてやり直せない。負の性質が染み込んでしまっている。

……分かった。ならばいい。元になんて戻らなくていい。

ここで彼らを守ってみせよう。彼らと共に生きよう。お互いを必要とする世界に幸せを見つけて、前の自分に手を振ろう。

そっちのお前は、もういない。




【crisis】

なぜ彼は死んだのか?

首に手を伸ばす。柔らかい皮膚に触れた。その下には彼の大事な部分、生きている証が詰まっている。

ゆっくり押すと、微かに呻いた。開いた瞳から、涙が零れる。

何か言おうとしているみたいだが、そこから聞こえるのは言葉ではなかった。

私の手を跳ね除けようとしないのは、そうする意思がないからだろうか。

なぜ彼は生きるのか?

君は周りの人間からしたら厄介な、つまらない男だろう。でも私にとっては……師のようなものだったのだ。

貴方が教えた芸術や美が、そのまま私に引き継がれた。綺麗なものを見るたびに、君が気に入りそうだと思った。

君が本当に愛した芸術達を、他人は理解しないだろう。

誰も信じられなかった私が唯一信じた人間。貴方が消えてしまったのは早かった。そんなところまで私を翻弄するのか。超えるつもりなんてなかったが、もう一生追いつけないじゃないか。

どうして君は生まれたのか?

どうして貴方は死んでしまった。私を残して。

一緒に嘆いたじゃないか、この世を。一緒に呪ったじゃないか。

死ねば分かるのか? 君の考えが。

私がこの世で一番美しいと思ったものを教えようか?

残念ながら君はそれを見ることはできない。絶対にね。

貴方の眠った顔が、この世の何よりも美しいんだよ。

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