Dance to your daddy

眠っていたのだろうか。今まで何をしていたかの記憶がない。

椅子から体を起こし、この部屋にある唯一の光源をぼうっと見つめる。

体を横にしていたということは、寝ていたのか。直前に何をしていたか思い出そうとしたが、ダメだ。最後の記憶はデュースの服を直したところか?

ジャックの笑い声や、他の子と会話した場面が脳裏にぼんやりと現れては消えていく。恐らく大したことではないのだろう。他愛ない、静かな会話。

バタバタと廊下を走る音に体が動いた。セブンだろうとは思ったが、足音が多い。この場所でそんなことをする必要があるだろうか。

……ああ、かけっこか? 早さ比べか?

子供らしい場面を想像して頰が緩む。今から何をしようかと腰を上げたところで、扉が開かれた。

「先生!」

「エース?」

彼だとは思わなかった。それに続いて数人が部屋に入ってきた。

「どうしたの?」

息が上がっている。こんな顔は初めて見た。

「下の教室に……変なものが」

私は彼の言葉をそのまま繰り返すことしかできなかった。彼らに腕を引っ張られながら、急いで下に向かう。

「ここか?」

ただの空き教室のはずだ。中に入りランプで照らすと、壁にカードが貼り付けてあった。

「なんだこれは……」

カードに針が突き刺さっている。これで壁にくっつけたようだ。トランプのカードは、なぜか血で汚されていた。

その数字は♦︎4 、♠︎5 、♣︎9。

これではまるで彼らが……。

「悪趣味だね。ひどすぎるよ」

「意図は分かりませんが、もしこれがこの子達を傷つけるという宣言なのだとしたら……」

「ケイトとシンク、ナインは……このことは?」

「今はまだ知りません。知らせた方が警戒できるでしょうか。ただ怖がらせてしまうだけかも」

「伝えた方がいいだろう。これからこの三人を一人にはしないよ。俺も協力するからさ」

「……分かったよ、エイト。これがただの悪ふざけか、この空間が新たに作った奇跡なのか。僕にはこんなことをする人がいるとは思えないからね」

「質の悪い奇跡だな」

しっかりしている三人の話し合いによってまとまった。しばらく一人行動はできなそうだ。

彼らの後ろから、もう一度カードを眺める。

ケイト、シンク、ナイン。この三人に共通点は? 4、5、9。4を5に足した? そんなくだらない理由だろうか。

ダイヤ、スペード、クラブ。マークを被らないようにした? じゃあハートは?

数字やマークは関係ない。単純に彼らに恨みがあるだけか? しかし彼らがそんなことをされる対象には思えない。いや、どの子も恨んだり、恨まれたり、そんなものとは無縁のように思う。

もっと単純な理由。トランプを投げて、裏になったカードだけを選んだとか。トランプ五十二枚のうち、彼らのカードだけを引き抜いてそれを行なったのなら、彼らを狙っていることだけは確かというわけか。

他にどんな理由が……本人でない限り、分かるわけないか。

考えるのを止めて彼らの元に戻る。すでに三人は怯えていた。

「なんで……なんで僕のカードが! え、エース! エース、シンクを助けてください!」

シンクはエースにしがみついている。その体を安心させようと、エースは頭を撫でていた。

「シンク落ち着いて。僕がいるから」

「私……何かしてしまったの? 誰かを傷つけてしまったのなら言って……こういうやり方では、償うことはできないわ」

サイスに寄りかかっているケイトは、口調は静かだが、目が不安そうに揺れていた。

「……っ、ぼく……ご、ごめんなさいっ……ごめんなさい!」

「ナイン、君が謝ることなんてないよ。悪いことなんてしていないだろう? おいで……俺も、皆も側にいるよ」

ナインをそっと抱きしめたエイトは、そのまま他の子達と目を合わせた。皆も不安そうな表情を浮かべている。

「……でも、ここに武器はないだろう? 確かにあのメッセージは不安だけど、全員でいれば勝てないこともないんじゃないかな。それとも何か……ここには怪異のような存在でもいるのかな」

皆の視線がこちらに集まった。発言を間違えただろうか。初めて彼らに会った時のような、なんとなく居心地の悪い空気を感じる。

「オバケとか、怪物はいないと信じたいですけど、ある日突然生まれても不思議じゃないですね。僕らには分からない。この世界で何が起きるのか、誰も想像できない」

「そんな奴がいたら、俺達は全滅かもな。でも、さっき見てきたけどよ……あれは、あんな事をするのは人っぽいっていうか。会話の通じねえバケモノではねぇと思うんだよな。襲うだけならそのまま来ればいいじゃねえか。なんでわざわざあんなもんを作るんだよ?」

トレイは何かに気づいたのか、部屋を見渡した。

「……おいジャック。お前の趣味とかじゃねーよな?」

「ヒヒッ、ククク……アーそうだなあ。俺の武器っつったら爪ぐらいしかねえーかなぁ? あれは確かに悪くねえが……俺もあんな回りくどいことしねぇよ。欲しけりゃ予告せずに貰いにいく。わざわざ疑われる証拠を自ら作りにいくなんて、おバカちゃんだろぉ? それとも、危険がいっぱいある方が燃えちゃうのかなあ〜?」

「確かにこの環境で襲うのは難しいだろう。一人でいる時もあるが、ケイトもシンクもナインも、誰かといる可能性の方が高いじゃないか」

「それをしてまでってことは余程自信があるのか……まぁわざわざ予告してくれたんだから、常に一緒にいればなんとかなるでしょ。ね、ナイン。僕もいざとなれば戦うからさぁ。泣きやんでよ」

クイーンがナインの顔にハンカチを当てた。言い方は軽いが、それなりに心配しているようだ。

「常に二人以上が一緒にいよう。何かあったらすぐに連絡して」

「別の階を見張るか?」

「いや、できるだけ同じところに集まっていた方がいいだろう」

「ああ、皆で守ろう」

彼らの昔の話を聞いたことはないが、それを知りたくなった。私の目から見て今の彼らは、壊すことのできない城壁のようだ。誰も邪魔することのできない美しい国。それを守る兵士は完璧だ。友情という武器で戦う。

それを見守る私は……何だろう? 彼らにとって先生とは、どういう存在なのだろう。

私がもしそれを壊そうとしたら、彼らは反乱を起こすだろうか。革命を夢見るだろうか。私が敵になったら、脆い信頼関係が一気に壊れる? 彼ら全員に呆気なく殺され、私のいない世界でまた平和な時間を過ごすのか? 

私の存在意義……エースはいてくれるだけでいいと言っていた。そんなのはまるで、私の方が赤子のようではないか。

私は、そんな訳はないと思っているのだが、一つの可能性を捨てたわけではない。

彼らの中に裏切った者がいたらどうする? 正直あまりに唐突すぎて、外からの敵とは思えない。そんなものがいる気配が全くしないのだ。

彼らの中にいるとしたら、どうしたらいい。私はどちらの味方になれるのか。私は誰を信じれば……いや、どちらも信じたい。革命児が一人だとしても、孤独にさせたくはない。だがもちろん、彼らを傷つけられても困る。

となると、やることは一つだ。企てたものを見極め、話し合う。このぐらいしかできそうにない。

もう一度改めて全員の顔を見つめてみたが、真相は分かりそうになかった。

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