第22話 16日目続き

 どれどれ。

「だからあの男はどうなったんだ?」

 騒ぎの中心にいるのは妙齢の女性だ。

 なかなかに美人だ。

 なよっとした雰囲気、控えめなつくり、抑えめな所作ではあるが、ひどく動揺しているのがみて取れる。

「もう死んでいたの!何事か二、三言はしゃべっていたけれど聞き取れなかったわ。応急処置をするまもなくて、どうすることもできなかったの」

 それから村長に報告の義務があるとかで、その場は解散になった。

 ふらりと男が行き倒れてきたらしい。

 身なりの貧しい乞食同然の格好だったという。

 風体よりも、態度がげひていやらしかったので、声がけのみだったが、コロリといってしまった。

 病気持ちだったかもしれない。

 そのことが怖くて、報告に行くという。

 ゴードさんと男衆が確認しにいっている。

 とんだ客人だ。

 うちらと比較されているらしい。

 持ち込まなくて幸だったと思う。

 俺もメルスも身体はまっさらだからな。

 そのまま自宅待機となった。

 メルスとジェーマは些細なやりとり遊びで過ごしていたのだが。

 俺もくつろいでいるところへ、意識が飛んできた。

「あっ、ハア、アアァ…、ダメ…ッ!うううううああ」

 喘ぎ声だ。

 濡れて、漏れて。

 もつれあい、絡まり合い、交じり合い。

 舐め、吸い、舐り、頬張り。

 繰り返されるリズミカルな動き。

 激しい息遣い。

 吐いて、耐えて、睦び、越えて。

 千々に乱れて。

 求め合う。

 獣だ。

 欲望の塊が膿む、倦む、熟む。

 知っているまぐあいではない。

 魔女の饗宴。

 欲望の度合いが強いので濁っているが、相手を呑み込む、取り込もうとしている。

 支配だ。

 隷属だ。

 相手の意識は精神ベースらしい。

 俺と似たような存在か?

 耳を澄ます。

 意識を研ぎ澄ます。

 キィィイイ…ンン…!

 …ア…た…う…ヱ

 ダメだ。

 距離が遠いのか、ブロックされているのか、踏み込めない。

 一体何なんだ?

 魔物なのか?幽霊、邪妖精の類か?はたまた魔法の一種か?

 詳細は知れず。

 ただただ、気持ち悪さが増してゆく。

 うっ。

 酔ってきた。

 めまいがする。

 なんだこれは。

 きもひわるい。

 むかむか、おえー、だ。

 気持ち良いこころに、波動に多くの時間当てられてきたので、余計その邪さは俺の精神を浸食してきた。

 なぜこんなにも、何の気なしでいられるのか。

 心遣いがないのだろうか。

 人間性を逸している。

 まるでモノだ。

 おもちゃのような扱い。

 ひどい。

 ひどいぞ。

 …

 いきなりだったのと、こんなのはひさしぶりの不意打ちだったので、動揺してしまった。

 クールダウン、クールダウン。

 …ふう。

 精神に傾くようになると、こんなにも他人の精神の波動に敏感になるのか。

 自分には関係ないし、わざわざ危険に首を突っ込みたくないが、これは精神衛生上よろしくない。

 メルスにも一肌脱いでもらおう。

 この村のまだ見えぬ、誰も知らぬ闇。

 これまでとは勝手が違うが。

 まずは準備、腹ごしらえ。

 静かなる熱い決意を胸に抱いたまま、家路についたのであった。


 ゴードさんお手製の魚料理に舌鼓を打ち、ぺろりと平らげ、ジェーマとお話をし、ほとぼりのいい頃合いに就寝。

 気持ちのいい寝入りで悪いが。

 あらかじめ打ち合わせしてあったので、メルスは気づかれぬよう、そーっと起床する。

 そのまま、では体裁が悪く、仕込んであった場所で服をピックアップし、着替えつつ外へ。

 しなやかなネコの動き。

 ちょっとした密偵気分だ。

 メルスもこれまでとは違うテイストに、けっこう乗り気である。

 夜風が涼しく、わずかな音を除いて不気味なほど静まり返っている。

 フクロウの夜鳴きさえもが恨めしい。

 月が綺麗だった。

 素直な綺麗さではなく、妖艶の美だ。

 何かが。

 潜って。

 犇めいている。

 策謀を巡らしたり、闇の儀式には良い晩だ。

 う…ひ…あ…へh

 聞こえ始めてきた。

 そむ、きぶんがおされる。

 メルスが億劫がっている。

 いくらか参ってしまっているらしい。

 こういう悪意に晒されるのははじめてに近い。

 無理にとは言わない。

 もともと俺のわがままのようなモノだ。

 やめてもいいぞ。

 ややもあって。

 そむはずるい。

 あっ、またやったか。

 言い方が悪かった。

 どちらも誘い込みだ。

 イエス、ノーに関わらず。

 こういう時は。

 いくぞ。

 そうこなくっちゃ。

 いつもの通りだ。

 パートナーだしな。

 そむはずるい。

 んん?

 どういうことだ。

 ずるい。

 わからん。

 わからんが。

 hかわれdさ

 動き出そう。

 メルスは何も言わずに、慎重だが機敏に、歩を進める。

 まずは村の中心の井戸。

 ここなら満遍なく思考の網が行き渡る。

 …

 メルスは俺の精神集中に配慮してか、一言も喋らない。

 これをすることの欠点は、死角がたくさんできることだ。

 つけ込まれるスキが生まれてしまう。

 その代わりに感覚の触手を手広く伸ばせるのだが。

 背に腹は変えられない。

 リスクを背負い込むしかない。

 ええい、ままよ。

 ひゅううん。

 感覚野が広がっていくのが認識できた。

 一種の全能感。

 掌握した気分になる。

 すぐに振り払う。

 そんなものになりたくはな いぞ。

 肝に銘じておこう。

 その慎重さ、おそれ、心理的圧迫がブレーキとなり、バランスを取り出す。

 危なかしげな力の調整だが、いまは良しとしておこう。

 伸ばした先で、微睡む感覚ひとつ。

 これか。

 感覚に、チョンと、触ってみる。

 ぶあっと、静的高揚感が昂まってきた。

 すぐさま感覚を切り離し、呼吸を整えるイメージをつくりだす。

 すーはー、すーはー。

 これ、どうやって精神的な攻撃に立ち向かえばいいんだ?

 考えろ、考えろ。

 思考が高速回転するが、考えれば考えるほどあらぬ方向へと向かう。

 あらかたの理路が袋小路に行き着いたところで、焦り出す。

 とっさの判断。

 むしろ思考は邪魔だ。

 カラダが求める欲求に、自然となる。

 必要は母。

 呼吸を軸に、整えることだけをイメージする。

 後ろ向きの苦肉の策だが。

 無策よりはマシ。

 意識の隅々まで、行き渡ってゆく。

 平常心。

 もがいて、足掻いて、必死こいて。

 なんとか手に入れたステージ。

 とらまえていうならば。

 精神は意識だ。

 概念。

 イメージだ。

 それらをつくりだそうとするイシ、その揺るがなさ。

 抵抗するのでもなく、根性でもなく。

 経験、慣れもあるだろうが、結局は。

 したい、と思うこころ。

 ガムシャラじゃなく。

 純粋に近い。

 真っすぐな。

 強めてゆく。

 迷いなく。

 羽ばたく自分が、チラリと見えた。

 ぶあっと、強固たる安心感とともに、自信が湧き起こる。

 大丈夫だ。

 エッジにあり、均衡も取れた。

 ひとまずは体得したのだ。

 よるべない精神の海で。

 錨を得た。

 ひとりだけではなく。

 メルスの支えもあって。

 得ることができたのだ。

 肝に銘じておく。

 身が軽い。

 如何様にも、動けそう。

 ーーーまずは快楽を啜ってやるぜい。この女も綻び始めているしな。

 野郎の精神だ。

 どす黒い塊だ。

 まずはマーキングする。

 自分の一部をちょっとだけつなげておく。

 魂の尾のようなものが目端に利く。

 …いい?

 メルスが、返事を待つ。

 本格的に行動開始だ。

 16日目、まだまだ続く。












 


 





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