第21話 16日目

「これ・だー、これ・よー」

 昼間の森は陽気と活力にあふれている。

 メルスとジェーマはカゴを手に持ち、食べられるキノコを選定し採取している。

 ここではジェーマが先生だ。

 手馴れたもので、迷うことなく選びとってゆく。

 メルスが綺麗なキノコに興味を持ったところをすかさず毒キノコ講座に持っていった。

 どうもゴードさんだけの受け売りだけじゃないらしい。

 知識と経験に頼らず、わかるみたいだ。

 聞くと、本当のゴードさんの子ではないという。

 この森で拾われた子なのだそうだ。

 当人はあっけらかんとしているが。

 そのことがわからないというのではない。

 ゴードさんが気に病んでいるのはなんぼかは気にかけている。

 村の人の振る舞いも幼心ながら知っている。

 それでも。

 中の心が、生きよと、告げているのだ。

 ジェーマはメルスだけにそれはシェーマという名だ、とそっと教えてくれた。

 シェーマはクールな男の子で、やや手厳しいものの、ジェーマにアドバイスをくれる。

 眠っていることの方が多いのだが。

 知らないことを知っているという。

 ソムは意味を取りかねた。

 ほんとうにそのような存在がいるのか、ジェーマの心の中だけの存在か。

 よく笑い、よく喋るジェーマ。

 よく動き、よく生きる。

 どうでもいいか、そんなもん。

 素のままのメルスをよく慕っている。

 よくできた姉妹のようだ。

 風に乗って、互いの石鹸の香りが嗅ぎとれた。

 同じものを使っているのだ、当たり前なのに、似た者同士のかたちが匂い立つ。

「まー」

「それ、だれ?」

 俺のことらしいな。

 この子はわかるらしい。

 メルス、キリッ。

「だいじなひと」

「あいしてる?」

 おいおい。

「うん」

「あいしてる、だいじ。しぇーもいってる。いきるかしぬかのもんだい。ふだんはちがう。ほんとうがそうさせる。あいはみきわめられないから」

「?」

「あいは、ささやきごと。あさあけのとりのむつみごと。しょこうのあたたかみ。かぜのふくみ。じゅもくのいのちのすいあげ。でも、どれもうそ」

「だれにもそれなのかはわからない。わからないことをわかったふりしてる。そうしんじこむ。でもそこからしかはじまらない」

「それでも愛してる?」

「…しりなおす」

 それがいい、と何事もなかったかのようにキノコを再び採りだすジェーマ。

 不思議な時間がながれた。

 この世ならざるもの、叡智を司るものとの会話。

 偉大なるたましい。

 たぶん、もう彼との会話はないだろう。

 忘れがたい言葉が残った。

 ちなみに松茸が沢山採れた。


 日が暮れようとしていた。

 帰り際、やさぐれた、噛みタバコを咥えて柵に腰掛けてダベっているメイドさんに出くわした。

 聞けば森の奥の屋敷で働いているという。

 私は私じゃないけどねと、自暴自棄に付け加えて。

 どういう、と思う間も無く、仕事に戻らなきゃと、村の中に姿を消した。

 幻だったのか。

 疲れた妄想の産物か。

 黄昏時だ。

 魔がよぎったのかもしれない。

 村に着くと、人びとが忙しげに動き回っていたみたいだ。

 プロジェクトが発足したのだろう。

 争うことなく和気藹々なのがが伝わってくる。

 まだ半信半疑ぽい。

 成果がないから当たり前だろう。

 これからなのだ。

 各家からは美味しそうなにおいが立ち上っている。

 川魚を配り歩いている好々爺を見かけた。

 太公望で有名らしい。

 今日は焼き魚かな。

 蒸したのも美味しいぞ。

 調味料が揃っていれば煮魚でもよろしいんだが。

 残り物でスープもいいかもしれない。

 食べられないけど想像は膨らむ。

 こういうことが俺のしなやかさを保ってゆく。

 ただの思考マシーンじゃない。

 視野狭窄に陥ってもいない。

 ネビュラさんから刻まれたこと。

 それだけではない。

 メルスから常に刻々と受け取っているもの。

 助けられて、感謝もない。

 そして、新たに、ジェーマ。

 やれやれ。

 女性陣に助けられてばっかしだな。

 この身になる前は仕事、仕事に追われて色恋沙汰にはとんと縁がなかった。

 司書の時分は本に追われ、探検家では冒険に追われ。

 それぞれ時間の経つのも忘れて対象に没頭した。

 人生をかけられるほど面白かったからだ。

 だから渡り歩くためのスキルを磨きに磨き上げた、つもりだ。

 自慢するためではない。

 賞賛されるためでもない。

 魚にとっての水、のようなものだった。

 それさえあれば幸せだった。

 今も後悔はしていない。

 アタルガティス。

 なんだろう。

 懐かしくて、もどかしい。

 知っていそうで、知らない。

 涙を。

 流している感覚があった。

 小石になったせいか。

 記憶に靄がかかっている。

 スキルの、知識は明晰なのに、個人史となると途端にうろんになる。

 記憶喪失とも違うが、具体的な出来事がぼんやりしている。

 忘れてきている?

 論理性を維持できていれば事足りると考えていた。

 そもそもの最初からそうだ。

 個人記憶の保持に努めていなかった。

 てっきり残っていくものだと思っていたフシがある。

 そういえば自分を遡って思い出そうとまではしなかった。

 思いつきもしなかった。

 まずこんな身に置かれてしなければならなかったのは、そういうことの点検でならなければならなかったはずだ。

 なぜ今の今まで失念していたのだろう。

 余裕が出てきたというのもある。

 記憶の大切さを今更になって痛感してきたからだ。

 こんな人生でも上向きになり始めているからだ。

 わからないものを無理に思い出そうとしても無駄というものだ。

 気づきが得られただけでも良かったと思うべきか。

 今後の経過とともに留意しておけばいいだろう。

 どこまで意識、自分が残っていくか。

 結局は路傍の石と成り果てるところまで行き着くのかもしれない。

 発狂もありうる。

 とりあえず支えが主にメルスだけという現状、おんぶに抱っこなのが不安要素だ。

 だからといって会話できる相手が増やせるかというと、危険性を考えるとなかなかに手を伸ばせないでいる。

 このテレパシーはある程度冗長性があるが、正直試しきれていない部分が多い。

 能力にしてもそうで、伸び代があるのかどうか全く未知数だ。

 メルスとの長い長い旅になると思う。

 まっとうな冒険パートナーでない以上、どのようなことが待ち構えているのかは全くの未知数、波乱は必至だろう。

 お気楽極楽、気ままな冒険譚は甘い考えだ。

 豊富な知識と経験の記憶を総動員しての、子供のごときあやふやなカラダでの一大冒険アドベンチャー。

 この考え抜く意識も武器としていくので、要所要所で現状把握していくのはなによりものアドバンテージとなる。

 生き残ってみせる。

 誰もがみなかったかたちで、この世界をまっとうしたい。

 世界を見てみたい。

 そのためには、型にはまった考え方は手狭だろう。

 かといって放逸は精神の非人間化を助長する。

 難しいな。

 そむ、ひとりごと、いい?

 メルスが引き戻す。

 そろそろ外へと戻るべきだ。

 なにやら騒ぎが起きている。

 16日目、続く。












 


 





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