第17話 13日目続きの続き
13日目終わっていませんでした。
夜空のただ中を、なにかがたおやかに飛翔している。
最初は夜鷹とか、鳥とばかり捉えていた。
が、こちらに気づき、降下し、ふわりと目の前に降り立ったのは、竜人、それも女性だった。
夜の美姫。
どこぞの王国の姫に、ツノと尻尾、牙が生えている。
黒かった。
着ているドレスもレースとフリルのあしらわれた複雑な構造だったが、上品な黒であしらわれている。
髪も黒で長く艶やかで、瞳も宇宙の深淵のように黒い。
「ご機嫌はいかがかな?」
髪をしゃなりとかきあげた。
その神顔にふさわしい笑みを嫌味なく向けてくる。
一挙一動がやんごとない。
の割に散歩中に気軽に寄ってみた雰囲気ありありだ。
「こんばんは」
「うむ」
寝息を立てているメルスのすぐ横にすとんと腰掛ける。
「夜子、ヤコという。君は?」
「ソムだ。夜子さんは、どうしてここに?」
「夜間飛行だ。涼しい風に当たりたくなってね。散歩も兼ねているから、物珍しければ、寄り道もしながらね。ここに来たのは、そんなところだ」
「乙な趣味をお持ちですね。何が物珍しかったんですか?」
「うん。君らのザイン、存在がね。見る人がみれば、君らはとても興味を引くんだよ。ちょっとお話しはいいかな?」
「どうぞ。どうせとるに足らない夢想に耽っていただけですから」
それほど声量はない。調律の取れた、どこまでも抑え気味の言葉のつむぎ。
歌うように、囀りの心地よさ。
「見たところ旅の途中のように見える。お困りのようだ。違うかね?」
お相手は高位の存在らしい。ネビュラさんとはまた別ベクトルの。
「困るといえば困っています。ここがどこなのかもわからない状態で」
「ゼムクリアン」
「えっ?」
「我らに伝わる言葉で“忘れ眠れる地”という意味合いを持つ」
「クルト大陸ではないので?」
「ここは人々が忘れ去ったもの、その流れ着いた最果ての地。どことも繋がり、どこでもない。思いのつれづれでここは成り立っている」
「架空の…想像の地なんですか?」
「人々が忘れ去った、ね」
そういうと、枝に付いていた葉を摘みとり、口に含む。
表情から察するに陶然とした食べ心地のようだ。
「たとえば、これ。古き民が想像した、食べられる食物葉だ。これだけで腹いっぱいになる。だれかが、そう夢想したんだろう。強く願ったんだ。そして…忘れた。よってここに出来た。そういう場所なんだよ、ここは」
「クルト大陸、できれば東方へ行きたいのですが」
「ならば渦巻き穴が一番近い。花神を抜けてすぐ先だ。ちょっと厄介だね。彼女らその地は滅多に交わろうとしないし、よそ者に厳しいときている。ふむ。どうしたものか」
夜子さんは優しげにメルスを見た。
「大変かもしれないが、彼女に一役かってもらおう。具体的には」
むくっ。
「メルス、やる。はゅながみになる」
キメ顔で言い放つ。
いや。ならなくていいんだよ。
夜子さんと別れ、花神へと急ぐ。ここはずっといるとしまいには埋もれてしまうという。この地のものとして固定されて、離れなくなってしまうのだ。それはまずいと、早めているのである。
自然体のメルスがすぐの目的地を臨んでいる。
化粧はやめた。荒神が降臨したからだ。触れてはいけない種の。あれはダメだ。誰もが悶絶死してしまう。
こだわるメルスを延々説得し、ナチュラルにいこうという路線で決まった。
飾りもなんもなし。
君はそのままがいいよ、メルス。いじらない君が一番美しい。
たとえそれが、異界の美を呼び覚ましたとしても。
花神はかつて花が世界を覆い尽くしていた頃の記憶だ。
幸せの思い出なのだ。
誰もがかつて持っていた、夢にたまに見るかもしれない理想の忘れ形見。
ついてからため息が心の中で漏れた。
いちめんのはな。
うめつくしている。
ちのはてまでつづく。
ひかりのこがまいちっていた。
うずもれて。
はなになりたい。
いちめんのはな。
いちめんのはな。
はなはなはなはなはなはな。
だめだだめだこれがこれがはながみなんだ。
このままだとはなとなり。はなとなり。
めるすはやくここをぬけないと。
「?そむ。どした?」
まったくどうしていつもとかわらない。
ああきみははなであったのか。
なにごともなくしあわせそのものでめるすはあるきわたり。
はながみをぬけた。
「ふうっ。メルス、なんともないか?」
「はながみにあえなかった」
はは。知らないことはいいことだ。
まてよ。
もしかしたらはなと思うこと自体が花神だった、つまりはコミュニケーションだったかもな。
しばらくはメルスは残念がっていた。
苔むして湿った、曲がりくねった獣道を抜け、大地に開いた天然の穴までたどり着いた。
それにしてもメルスはタフだな。
根をひとつも上げていない。
「めるすはげんきだよ」
ちょっと疲れ気味だったか。
小休憩を挟んで穴に臨もう。
花の蜜をちゅうちゅう吸って疲労回復。
よく由来のわからない歌を二曲ばかし歌ってすっかり元気になった。
さて行こうか。
といっても、ただデカい穴ぼこが空恐ろしいほど空いているだけだ。
底は知れない。
びゅうびゅう風が吹き上げている。
いつ頃できた穴だろう。
まずは小石で…
とんだ。
メルスは大きく繰り出した。
「わああああああああああああ」←すごく楽しそう
「おいいいいいいいいいいいい?」
どこまでも落ちてゆく落ちて行く。
深淵に向かって、深く深く。
「はやっほほほほほほほほほほほほぉ!」
13日目やっと終わり、だが。おいおい。
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