狩りの始まり  1

「「おぉー」」


 俺と心咲の声が重なる。


 目の前には猛禽兄弟が並んで立っていた。


 2人とも髪の色は黒。レイのウィッグ姿を見せてもらっていたのだ。


「ソウくんの肌も白いけど、レイは別種の白さだね。羨ましいわー」


「髪の色を合わせれば多少は似るのかと思ったが、案外違うもんだな、面白い」


「レイは目の明るい赤が目立つね。今度黒いカラコン探してみる?」


「う、あ、うス」


 ひま、心咲、俺と立て続けに話しかけられたからか、レイは挙動不審になっている。


「ま、それはともかくとして…。今夜行くのはここです!」


 俺はタブレットを点けると、映し出されたマップに刺さるピンの一つを指した。


「青色のピンってなんだっけ」


「青のピンは薬。薬物を取り扱ってるらしい」


柊里の疑問に心咲が答える。


「赤の人身売買は受け入れ場所が無いから今は無理として、黒の方なんだが、俺と竜の2人なら余裕で行けると思う。だが柊里と猛禽兄弟は戦闘慣れしていないだろう。青の方が敵の武力は少ないだろうからまずはそこで経験を積む、ということだ」


「「わかりました!」ッス!」


「はーい」


意気込む柊里と猛禽兄弟を眺めてると、ふと今の今まで気づかなかった懸念が出てきた。


「このままいくと、間違いなく近いうちに3人は人を殺すことになる。今更だけど大丈夫?」


俺が口に出すと心咲は困ったように頭をかいた。

心咲のことだ、俺より先に気づいていたんだろう。どう切り出そうか考えていたのかもしれない。


3人の表情はそれぞれである。


中でも1番落ち着いているのは柊里だ。


「あたしは殺すつもりでいる。竜と心咲が殺すの見てたし、そうゆうことをする覚悟はできてる」


とのこと。


レイは少し考えているようだ。


「俺も多分行けると思うっス。森で動物殺して食ってたことあるんで。あとは殺ってからしかなんとも言えないッスね」


この感じだと大丈夫な気がする。


心配なのがソウだ。


「僕は....頑張ります。なんとかします」


少し不安になる。


ソウは優しい子だ。殺しに意味を求めようとしたりすれば、空回りしてしまいそうで怖い。


みんなに言えるが、歪まずに場数を踏んで『生きるために殺す』っていう形に落ち着くのが望ましい。すぐには難しいだろうが.....



●●●●



「よし、変身は済んだね?」


夜中の9時、俺はみんなに声をかけて見回す。


月の光に浮かぶ5人の異形の影。


肌の露出は一切無い、かろうじて人型であるだけだ。これから行く先には、正体を明かしてはいけないのだから。


次々にアパートのベランダの柵から身を投げる。そして重力に身を任せて勢いをつけ、翼を広げて急上昇した。


首を回して背後を見やる


俺、柊里、ソウ、レイ、最後に心咲が背後を守るように飛んでいた。


しばらく飛んでいると、柊里が俺の背に飛び乗ってきた。


柊里は特訓のおかげで着地がかなり上手になっていた。俺の背の上で発揮されても困るが。


背に降りた柊里は首元までよじ登って来ると、風に負けぬように声を張り上げた。


「竜と心咲はなんで大きい方に変身しないのー!?」


「目立っちゃうからね」


「うわっ、声でっか!!」


今、俺と心咲の体調は3mほど。翼を入れても7m程度だ。これが体の大きさを考えつつ満足に飛べるサイズだった。


「なんで声でかいのー!?」


俺の出した声は、柊里のように張り上げなくても大きな音が出る。これは、


「声帯だけ人間の構造に寄せたまま体に合わせて大きくするんだよ」


昔心咲に教えてもらった方法だ。


俺の知っている小技は心咲からの知識がほとんどだ。


柊里はしばらく挑戦していたようだが、やがて


「わかんなーい!」


と言って飛び去ってしまった。


使えたら便利だし、帰ったら猛禽兄弟にも教えよう。あと、角の話もな。



●●●●



着いたのは住宅街だった。


まだ9時前にもかかわらず、家々から漏れる明かりは星がよく見えるほど少ない。


ここは過疎地域であった。


「これなら多少騒いでも文句は出なさそーね」


『聞く人がいるかも怪しいな。俺の耳でも気配が無い』


「俺の目でもなんもおらんし、こりゃまじでゴーストタウンだね」


前を飛ぶ俺が置いていった言葉を、あとを追う心咲が拾って返事する。


柊里と猛禽兄弟は空中での会話手段が無いので、移動中は自然と、心咲と話していた。


『見えたぞ』


心咲と話すのに割いていた意識を前方に向けると、窓から明かりの漏れる4階建てのビルが目に入る。


「過疎っているとは言え、隠す気ゼロかい」


『俺たちが飛んでるから見つけられたんだ。見てみろ。そこそこ高い塀で囲まれてるし、光が漏れてるのは1階だけだ。

地上からは見えないんだろう』


「なーる。直では行かない方がいいね」


『柊里達がいるからな。1回どこかに降りてからにしようか』


「おけー」


俺は後に続く柊里達が焦らないようにゆったりと体を傾けると、ターゲットのビルから進行方向をそらし暗い路地へ降りる。全員が間もなく着地したところで口を開いた。


「んじゃ、今からあのビルに攻め込むわけなんだけど.....」



●●●●



剥き出しの蛍光灯の冷たい明かりが灯る部屋、無造作に積まれたダンボール箱の上に、小袋が並べられていた。


 人影が4つ歩き回り、メモに何かを書き込んでいた。


その時だった。


ビルの1階、唯一の出入口である扉が、外からの爆発によって吹き飛ばされる。


砂煙がもうもうと舞い込み、ドア付近の視界が悪くなる。


間髪入れず砂煙を突き抜けて竜が突進し、ドアに最も近くにいた男を殴って倒す。


倒れた男は竜に踏みつけられて動きを封じられる。


必死に藻掻くもそれが竜の注意を引き、顎を殴られ意識を沈めた。


竜は次の獲物を金の瞳で見回し狙いを定めてゆく。


部屋に立つ者は現在4人。男が2人と女が1人。そして竜だ。


1階から襲撃したのは竜のみであった。

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空の王者と右大臣 @Ohamaguri

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