熊退治  1

 俺達は獣人だ。


 達ってのは少し違うかもしれない。日本人の3分の1が獣人なんだ。


 これは突然変異とか先祖返りとかいろいろ説はあるが、確実にわかっていることが一つある。


 変身できるのだ。人と、動物の姿に。




●●●●




「来週は獣人自衛隊の方々が来ますので遅刻などはしないように。それではさようなら」


 やる気のない「さようならー」が続いた後、教室は打って変わったように騒がしくなる。


「ヤバ!来週来るのって前テレビに出てたとこでしょー!?」


「すげぇ!サインもらえるかなぁ」


 楽しそうな周囲を横目に、教室を後にする。


「アイドルかなにかかよ。そんな暇あったらアホみたいにある獣退治の仕事受ければいいのに」


「住民を安心させるためらしい。守ってくれる存在を身近に感じさせることが目的だと聞いたことがあるが」


 独り言のつもりが、返事をされた。気づかぬうちに隣に並んで歩いていたのは心咲だ。


「ふーん、そ。ところで明日行くのってどこだっけか。山の方だった気がするんだけど」


 仕事の話をふると、心咲は呆れたように答えた。


「依頼内容くらい覚えとけよ···。長野の山で熊退治だ」


「あー、熊って単語があったのは覚えてる」


「お前な···ストップ」


「うぉ」


 心咲は突然話すのをやめた。不意に背に誰かがのしかかる。


「ちょ、良、心咲、先帰んなよー。今日遊んでかね?」


 智也が肩を組んできたのだ。


 俺、野田良のだりょう須崎心咲すざきみさき水野智也みずのともやは幼なじみだ。しかし、俺と心咲には秘密があった。獣人なのだ。それも国には登録されていない危険な個体。心咲が話を中断したのは、智也にはそのことを教えていないからだった。


「用事あるから帰るわ」


「えぇー。じゃあ土日はどう?俺スケート行きたいんだけど」


「バイトかなー」


「もう時期過ぎてるだろ。今春先だぞ。あと俺もバイト」


 智也には悪いが土日は獣退治の仕事を受けているので空いていない。


 智也は文句を垂れると教室に戻って行った。どうやら入学早々友人ができたようで、彼らと遊ぶのだろう。


 さて、智也を邪魔者扱いするつもりは無いが、さっきの話の続きだ。


「で、今日の夜向かうんでしょ?」


「あぁ。ところで今回もいつもの···」


「親にはお泊り設定で頼むわ」


 心咲は苦笑した。


「相変わらず過保護だよな、お前のとこの親は」


「こんなに頑丈なのにねぇ」


「違いない」


 二人は竜の両親を同時に思い浮かべ、困ったようにクスクスと笑った。




●●●●




 深夜3時、俺と心咲は須崎家の庭で全裸で立っていた。下半身は人の姿ではないので隠すとこは隠していた。


「服はちゃんとリュックに入れた?」


 心咲の母、美里みりさんは眠そうな目を擦って庭に面した家のドアから顔を覗かせた。


「あ、おばさん」


「母さん起きてたのか」


「水飲みに起きただけよ。行ってらっしゃい、気を付けて」


 美里さんはそれだけ言うとドアを閉めた。


「んじゃ行きますか」


「あぁ」


 そう言うと俺達は翼を生やして飛び立ち、ある程度地面を離すと、空中のスペースを得たところで変身する。


 俺は十メートルはある巨大で真っ赤な鱗を持つドラゴン、心咲は八メートルほどの紫がかった黒いオオコウモリのような姿に。


 体の巨大化に比例して大きくなった翼で、俺と心咲はぐんぐん速度と高度を上げていく。


 今地上から俺達を見上げても、点のようにしか見えないはずだ。そもそも、いると知らなければ気づけないかもしれない。


 とくに話すこともないので黙々と飛び続けていると、眼下には無人農園が増えてきた。そろそろだ。



 顔を上げると、山々に隠れてまだ見えない太陽が空を薄紫に染めていた。

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