第7話 異物混入

 なんでいるの? どうやってここ突き止めたの? 尾行でもしたの?


 色々と疑問は浮かぶが僕はそれをシオンに問おうとは思わなかった。


 僕はパイプ椅子から立ち上がり、シオンの元へ行くなりこう言った。


「シオンくん、ハウス!」


 年端もいかない子供に対してあんまりな物言いだと思うだろうか? そうだね、僕もそう思う。


 だがこの子に関しての僕のスタンスは一貫して塩対応ということに決めているので躊躇はしない。


「いやでーす。断固拒否しまーす」


返ってきた返事もおおむね想像通りだ。さてさてどうしてくれようか。


「この子、桐やんの知り合いさん?」


 どうやって帰らせようか思案する僕を見上げて渡会さんが小首を傾げる。シオンに目線を合わせるためにしゃがんだままだ。優しいですね、渡会さん。


「うん。訳あってちょっとの間親戚の子を預かってるんだ。うちで待ってるように言ったんだけど付いてきちゃったみたい」


 流れるように嘘をつく僕。もしかしたら詐欺師の才能あるかもね。別に嬉しくないけど。


「ほーん、そうなんだ〜」


渡会さんは僕の説明に素直に納得したようだ。その素直さ、素敵です。


「シオンです。よろしくお願いします〜」


ぺこりとシオンが頭を下げる。ちっ、こいつめ、この場の全員に認知されるつもりだな? 外堀を埋めようとでもいうのか猪口才な。


 周りに気付かれないように批難の視線をシオンに向けるが全く動じない。そうかそうかキミはつまりそういうやつなんだな? うん、知ってた。


 部屋の人間の視線(姉御を除く)を独り占め状態のシオンくんはトコトコと歩いてソファーに勝手に座ってしまった。


 ちょっと距離のある位置にいる柳原さんは本から視線をちらちら外してシオンを見るが、声を掛けようとはしなかった。子供苦手なのかな。


 そう思って彼女を見ているとはたと目が合った。恥じらうように本で目線を遮ると何故か手近にあったヌイグルミを引っ掴んで投げ付けてくる。


 なんなんですかその反応。ちょっとよく分からないんですけど。どういう感情の流れがあったの? 


 ちなみに投げ付けられたヌイグルミを僕は華麗に顔面キャッチした。おい香坂、ちょっぴり羨ましいって顔をするな。


 なんだかシオンが居座る流れが作られつつあるんだけどこれでいいのだろうか? 


 渡会さんもシオンの隣に座って話し始めちゃってるし。加瀬も特段気にしては、いや、ちょっと姉御の様子を伺ってはいるか。


 姉御は相変わらず別世界の住人モードで原稿にペンを走らせ続けていてシオンの存在を認識しているかどうかも怪しい。


 うーん? これなら別に無理に追い返そうとしなくてもいいのかも?


 むしろ? おねむになったシオンを送り届けるという名目での一時離脱すら可能なのでは?


 そんな打算をした僕はシオンを追い出すことを考えるのをやめにした。幸いシオンの相手は渡会さんがしてくれてるから、僕が何かする必要もなさそうだ。


 シオンが雑談でボロを出す可能性が唯一の懸念だが、今のところ如才なく誤魔化しているようである。あの子ホントに子供なのかってくらい質問の躱し方が上手いんですけど。なにあれ怖くない?


 なんにせよ問題が無さそうなのはいいことだ。僕も安心して作業に集中できる。


 そうして30分ほどは何事もなく時が過ぎた。渡会さんとシオンは楽しそうに会話していてアットホームな職場ですと言っても過言ではない雰囲気が作られていた。


 しかし結果的に言えばそれが逆にマズかった。


 本来なら今は状況的に修羅場。殺伐とした空気が流れていて然るべき状態なのである。


 作業者は言わずもがな。黙々と原稿に取り掛かっているし、柳原さんはいつも物静かに小説を読んでいる。渡会さんもこういうときは空気を読んで雑誌やマンガを読んだりスマホをいじったりして無駄に騒ぐことはない。


 シオンが入ってきたことでそのバランスが崩れ、笑い声すら上がるようになった現状はある人物にとってあるべき姿ではなかったのだ。


 おもむろに姉御のペンの音が止まる。僕と香坂、加瀬は釣られて作業の手を止めたし、柳原さんも本に落としていた目線を姉御に向けた。


 少し遅れて渡会さんも「あっ、ヤッベ」みたいな顔をして口を噤む。キョトンとしているのはシオンだけだ。


 姉御はゆっくりと椅子を引いて立ち上がり、静寂の中ぽつりと呟いた。


「うるさい」


 室内の緊張感がズドンと高まる。香坂が喉をゴクリと鳴らした。


 姉御は首をごきごきと鳴らして頭を真後ろに倒した。いやいや、なんでそんなホラーチックなモーションを取るんすか? というツッコミは恐ろしくて誰にも出来ない。


 シオンさえちょっとビビりが入っているのが意外と言えば意外だった。このお子様にもちゃんと恐怖という感情があるらしい。


「桐生ちゃぁん」


無駄にねっとりした言い方で僕の名を呼ぶ姉御。


「はい、なんでしょうか?」


 平然と答える僕をマジかこいつって顔で香坂が見ていた。なんだろう、僕そんな驚くようなことしてます?


「その子連れて帰りなさい。今すぐ! 即座に!」

「分かりました!」

「そして1人で戻ってきなさい。……2度目はないわよ」


 据わった眼で見られたシオンが固まっている。身の危険を感じているのだろうか。とても新鮮な反応だ。


 かくしてシオンの強制送還が速やかに実行に移されたのであった。そしてシオンくんは恐らくヒエラルキーという概念を学んだのではなかろうか。実にめでたいことである。


 

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SF in my room 海月大和 @umitukiyamato

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