第36話「助言」
36話「助言」
白いベットに眠る花霞は、体から沢山のコードがついていた。
浅い呼吸と、ピッピッ………という機械音が病室に響いていた。
花霞は病院に運び込まれて、治療を受けた後、病室に運ばれた。
大量の血を失ってしまっていたため、今夜は危険な状態になるかもしれないと言われた。
握り返してくれない手を両手で包み、椋はただ祈る事しか出来なかった。
「花霞ちゃん………俺の事なんて助けなくてもよかったんだ。君が幸せになってくれれば………それで………。」
良かった。
そう思っていたけれど、違うのだと気づき椋は口を閉ざした。
本当にそれでよかったのか?
彼女を1人にして、何が幸せなのだろうか。
花霞の気持ちは、椋が1番知っている。
花霞は、自分を愛してくれていた。だからこそ、椋の真実を知りここまで追いかけてきてくれたのだ。
それなのに、気づかないふりなど出来なかった。
「花霞ちゃん。………俺も君と一緒に生きたかったんだ。ずっとずっと……。けど、遥斗の命を奪ったあいつだけは許せなかったんだ。…………けど、こんな形になるなんて………ごめん、花霞ちゃん。何回でも謝るから………早く目を覚ましてくれ………。」
椋はギュッと花霞の手を強く握った。
けれど、彼女の手は冷たくて、「椋さん。」とも呼んでくれない。
目をつぶったまま動かない花霞を見つめては、椋は大きな息を吐いた。
そんな時だった。
コンコンッと花霞の病室のドアがノックされた。花霞の部屋は個室であるため、彼女か椋に用事があるものが訪ねてきたのだとわかった。
花霞から離れたくなかったが、仕方がなく椋は椅子から立ち上がった。
今は深夜という時間帯。こんな時間に訪ねてくるのは誰だと考えながら、ゆっくりとドアを開けた。
すると、予想していた通りの人物が立っていた。
「夜遅くに悪いな。話し、いいか?」
そこに居たのは、スーツ姿の滝川だった。こんな深夜だと言うのに、彼の表情は全く疲れを感じさせない。先程まで、銃撃戦を繰り返していたとは思えなかった。
「………滝川さん。きっと来ると思ってました。………けど、今は彼女の元から離れたくないんです。後にして貰えますか?」
「檜山の事、知りたくないのか?」
「………わかりました。少しだけ、なら。」
椋は、渋々滝川の後についていく事にした。
夜の病室は怖いぐらいに静かだ。
椋と滝川は真っ暗な外来の待合室のソファに向かい合って座った。
「………久しぶりだな、鑑。」
「………檜山は………あいつは死にましたか?」
「順番を追って説明する。そう焦るな。」
「早く彼女の元に戻りたいんですよ。死んだか死んでないかだけ、教えてください。」
「いいから、聞け。おまえの奥さんの事を話すって言ってるんだ。」
ピシャリと椋に言葉をぶつけてくる滝川に、椋はつい言葉を失ってしまう。
滝川は椋の元上司だ。
しかも、この男はかなり出来る上司で、組んで仕事をしていた時は、いつも怒られ指導されており、頭が上がらない存在だった。
そのため、滝川に言われるとつい言葉を詰まらせてしまうのは、今でも変わらないようだ。
「おまえが警察を辞めてから、檜山を追っているという噂は聞いていた。………遥斗のために追ってたのか。」
「あいつは、薬漬けにされて苦しんでるところを殺されたんです。苦しんで苦しんで…………そして、拳銃で1発……。許せるはずがない。」
遥斗は、檜山が幹部をしている麻薬屋に椋よりも長く潜入捜査していた。だが、途中で警察だとバレてしまい、薬を射たれて、情報だけ吐かせ、ボロボロになった所を拳銃で撃たれた。
それが、花霞がいつも花を手向けてくれていた場所だった。
「だから、檜山を殺そうとしたのか?……同じ拳銃で。」
「苦しまないですぐに死ねるだ。楽な方ですよね。」
「お前は元警察官だ。復讐での殺しは何も幸せにならないと知ってるだろう。捕まえて罪を認めさせれば………。」
「そんなのじゃ、あいつは反省なんかしない!遥斗をあんな状態にした奴を俺は許さないっ!」
椋は、興奮した様子で声を上げた。
遥斗が死んだときの顔を、椋は今でも思い出す。
頬が痩け、目の下は真っ黒になっており、顔色も酷く悪かった。体のいたる所には傷や痣があり、すぐに遥斗とは思えない姿だった。
椋は遥斗の遺体が運ばれて来たのを見て、大泣きをしながらも心の中は怒りが増幅していった。
遥斗はこんな姿で死んでいったのに、警察で檜山を見つけ逮捕出来ても、彼はのうのうと生きていくのだ。それが、どうしても椋には耐えられなかった。
「………鑑………檜山も撃たれた。腕を負傷してはいるが生きている。そして、警察に捕まった。」
「………じゃあ、俺が殺してやる。警察に侵入してでも、罪を犯して同じ刑務所に入ってでも………。」
「じゃあ、彼女はどうする?彼女を独りにして、おまえはいなくなるのか?」
「……………。」
花霞は今でも苦しんでいる。
目が覚めると信じている。
けれど、彼女が死んでしまったら?そう思うと怖くて仕方がなかった。
花霞までいなくなってしまったら、自分が壊れてしまいそうだった。
そんな風になるなら、今すぐにでも檜山を殺して自分も死にたい。そんな弱音が頭をよぎっていた。
そんな様子を見ていた滝川は、鑑を無言で見つめた後、ゆっくりと口を開いた。
それは、今までで聞いた事がないぐらいの、優しく語り掛ける口調だった。
「鑑。おまえ、結婚していたんだな。」
「………調べたんですか?」
「おまえの奥さん、花霞さんが俺の所まで会いに来てくれたんだ。」
「なっ………。」
滝川が話した事は、椋は初耳だった。
花霞が滝川の元を訪れた。どうして、彼女がそんな事をしたのか?
椋は、驚いた瞳で滝川を見つめた。
「おまえの居場所を見つけたいと、おまえの知り合いはいないか?と、警視庁に訪ねて来た。おまえが警察じゃないと知って驚いた様子だった。けれど、鑑を助けたいという気持ちは強い瞳に宿っていた。…………いい人だ。おまえには勿体無いぐらいの、女性じゃないか。」
「…………花霞ちゃんが………。」
彼女はまだ自分の言葉を信じてくれていたのだ。あんなにも酷い言葉を投げつけたのに、椋の事を疑いもせずに居てくれた。
そして、心配して探そうとしてくれた。
その真実に、椋は瞳が熱くなった。
「彼女はおまえが何をしようとしているのか知っている気がしてね。そして、妙な胸騒ぎがしたから、俺の女性部下に監視を頼んだ。そしたら、まさか麻薬屋の檜山の所まで案内されるとは………驚いたよ。ラベンダー畑は情報があったがいつ行われるかわからなかったからな。すぐに数人の部隊をつれて、俺が向かったんだ。」
「………花霞ちゃんが、助けてくれた、のか…………。」
「あぁ。おまえの奥さんの思考や行動は素晴らしいな。ぜひ、警察に勧誘したいぐらいだ。」
「………ふざけないで下さい。彼女は、ただ花が好きな普通の女性です。それに、これ以上傷つけるわけにはいかないんです。」
花霞の行動のお陰で、自分は助かったのだとわかった。そして、彼女の働きが麻薬屋の幹部の逮捕に繋がったのだともわかった。
けれど、彼女をこれ以上この事件に関わらせたくなかった。
花霞は幸せに笑っていて欲しいだけなのだ。
そのためには、自分が守るのだ。
そう思った瞬間、椋はハッとした。
何回も自分で花霞を守ると言っておきながら、何度も彼女から離れてしまっていた。
今だって、彼女を置いて復讐の気持ちだけで動こうとしてしまったのだ。そのために、彼女は命の危険にさらしてしまったのに。
何をしているのだろうか。
彼女を守りたいのなら、彼女の傍にいなければならない。そして、笑顔にしてあげなきゃいけない。
俺の大切な人なのだから。
「なら、鑑。自分で守るんだ。復讐なんてしてる場合じゃないだろう。彼女は麻薬屋に対抗しようとしたんだ。………これからどんな風に相手が出るかもわからない。」
「…………そう、ですね。」
「彼女に警察官になってもらいたくないのなら、おまえが警察に戻ってこい。忘れてしまった事を思い出させてやるさ。」
「…………考えておきます。」
その返事を聞いて満足したのか、滝川は立ち上がった。
それに椋は驚き、自分から声を掛けた。
「俺を逮捕しないんですか?」
「何故、おまえを捕まえる必要があるんだ?」
「拳銃の不法所持ですよ。それに警察を辞めたのに、捜査を続けていました。」
「………それはおまえが勝手に調べていただけだろう?それに、拳銃は俺が押収したものをおまえが誤って触っただけだっただろう。」
「滝川さん…………。」
滝川はニヤリと笑うと、背を向けてゆっくりと歩き出す。
「おまえは、寸前で復讐を止めたんだ。…………警察は、正しい事をした奴の味方だろう。」
右手を挙げて挨拶をしながら、滝川は深夜の病院の廊下をコツコツッと靴音を響かせながら立ち去っていく。
その背中を見て、椋はいくつになっても彼には敵わないなと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます