第15話

「家族とは、毎日楽しい食卓を囲んでいました」


「そうですか」


男は開いていたファイルを閉じると、まっすぐに俺を見つめた。


「先生ご自身は、なにがいけなかったとお思いですか?」


その眼はとても真っ直ぐで、純粋に俺自身だけを、見ていたような気がしたんだ。


他に何もついていない、本当の、ただの俺だけを。


「そうですね、もし自分に非があるとしたら……。最後まで、自分の正義を貫けなかったことですかね」


「先生のご両親は、今どこに?」


「庭の木の下に埋まっています」


男は俺に手錠をかけた。


黒光りするその冷たい感触が、妙に気持ちよく感じた。


「ふと疑問に思ったことを、聞いてもいいですか?」


「なんでしょう」


「どうしてアカシアとミモザなんですか? 両方とも、呼び名が違うだけで同じ木なのに」


それは俺が間違えているんじゃないかと、バカにしているのか? 


それは俺が悪いのか? 


それが俺のせいだとでも、言いたいのか? 


頭にカッと血が上る。俺が悪いんじゃない。


俺に非なんて、あるわけがない。


繋がれた両手で机を叩きつけ、椅子をひっくり返す。


慌てた警官と刑事が、俺の体を押さえつけた。




僕が先生の家でゲームをしていたら、玄関のチャイムがなった。


警察の人と、児童相談所とかいう所の人が来て、ドアを開けろというから、開けてあげた。


先生は学校に行っていて、いなかった。


沢山の人が入ってきて、家中の写真を撮っていた。


特に台所に座ったままの、先生のお父さんとお母さんの写真を、一番よく撮っていた。


「この人形はなにか知ってる?」


「先生の、お父さんとお母さんなんだって」


そう聞かれたから、教わった通りに答えた。


僕はずっと、その動かない、しゃべらない、じっと見守ってくれるだけの、先生の両親が好きだった。


かかしみたいな先生の両親は、先生が食事を食べさせた時にこぼした染みで、ずいぶんと汚れていた。


制服を着た人たちが、気味悪そうに先生の両親の体をつついている。


先生のお父さんとお母さんが、ちょっとかわいそうだ。


「これが本当にそうなのか?」


そう聞かれて今度は僕は、庭にある葉を全部落としてしまった、枯れかけの二本の若木を指差す。


「あの木の下に、先生が自分のお父さんとお母さんを埋めてるのを見たって、うちのお母さんが言ってました」


それから僕は、よく分からないところに連れて行かれ、色々と質問をされた。


それが終わると、おばあちゃんが来て、僕を連れて行った。


僕は先生の家の方がいいって言ったけど、それは許してもらえなかった。


おばあちゃんの事は嫌いだ。


無理矢理連れて来られて、苗字まで変えられた。


まぁそれに関しては、前の名前も今の名前も、どっちも好きじゃないから、それはどうでもよかったんだけど、転校はしたくなかったな。


先生のことは忘れろと言われたけど、どうして今までの僕の人生の中で、一番楽しかった先生のうちでの出来事を、忘れなくちゃいけないんだろう。


先生は僕を助けてくれた、いい先生だった。


学校でも僕をかばってくれていた。


転校した小学校でも、その先の中学でも、高校でも、あの時の先生よりいい先生に出会ったことはない。


いま僕がこうして普通に生活をして、大学に通えているのも、全部あの先生のおかげだ。




先生は約束を守った。


僕は先生みたいな先生になりたい。


                                 【完】

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ハイリゲン・ブルート 岡智 みみか @mimika

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