第12話

「その時はどうしたんですか?」


「その時は、深夜でもあったので、帰ってもらいました」


目の前の刑事は、俺の言葉をペンにとる。


こういう仕事も大変だな。


「素直に帰りましたか?」


「あぁ、まぁ、大変でしたよ」


「あなたに好意があった、と、思いますか?」


「あぁ、まぁ……、分かりません。でも、僕には一切、そんな気はありませんでしたよ」


あんな自堕落な生活に溺れた女なんて、俺の相手として、ふさわしくない。


「浮気はない?」


その刑事は、ふっと笑って、そう言った。


「ありません」


あるわけない。


刑事は笑いながらメモをとる。


冗談で言ったのか? 


それとも警察として、一度は聞かなければいけない質問だったのかは、分からない。


だけど俺は、あんな女は好みじゃない。


俺は、玄関を開けるつもりなんて、全くなかったんだ。


そもそも学校の敷地外での、児童及びその保護者とのつきあいなんて、積極的にやりたいと思っている教師が、どれほどいるというんだろう。


「深夜に尋ねてこられて、その時に、どう思いましたか?」


「どうって言われても……」


俺は言葉を濁す。


迷惑以外の何物でもないだろ。


大人の会話を子どもに聞かせるものじゃない。


俺は、彼女の連れてきた子どもを外に残し、女を一人、部屋に招き入れた。


「迷惑でしたけど、話し合いをすることになりました。彼女はしばらくして、子どもと一緒に帰っていきました」


問題はなにもない。


俺には。


ただあの女が、どうしようもなく頭が悪く、融通も利かなければ常識もない、バカだっただけだ。


「その後、で、何か関係は変わりましたか?」


俺は俺の目の前の、俺と変わらない男の顔を見つめる。


その後で? 


その後での出来事が、何だというのだろう。


「申し訳ありませんけど、僕も一人の人間で、しかも教師という仕事をしていますので、どうしても譲れない部分があるんです。あなただってそうでしょう?」


俺に、間違いや失敗があってはならない。


もちろん誰だって間違うし、迷う。


だけどそれを正して、よりよき道へと導くのが、俺の役目だ。


間違っていい、迷ってもいい。


だけどそれは、きちんと修正されなければならない。


そんな俺がどうして、間違いを犯すなどということが、ありえるのだろうか。


「刑事さんや警察官なら、俺の気持ちと通じるところが、あると思いますけど」


だから俺は、人生に迷い込んだ彼女のために助言をしたし、助けてやった。


教師として、いや、それ以前に人として、困っている人を見放しておけるだろうか。


話しも聞いてやったし、専門の支援施設も紹介した。


教えてあげると言ったのに、俺の言うことを聞こうとしなかったのは、あのバカ女の方だ。


「死亡推定時刻は、ちょうど一週間前の、この時刻あたりですね」


「あぁ、そうですか」


「そうです」


長い沈黙が続く。


外からの光が、斜めに窓を通してやってくる。


夕方の、遅い時間だ。


時計の秒針だけが、音も立てずに回っている。

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