第11話

警察署の取り調べ室というところに、生まれて初めて入った。


テレビドラマと全く同じ作りだ。


俺は余計なものが何一つ置かれていない部屋に案内され、指示された椅子に座る。


「ドラマと一緒ですね」


そう言うと、俺とほぼ年齢の変わらないであろう刑事は、ふっと笑った。


「そうですね」


彼は手にしたファイルを、自分のために広げる。


ぱらぱらとページをめくって、そして手を止めた。


「保護した子どもさんの様子はどうですか? 彼は普段は、事件発覚前までは、どんな子でしたか?」


「特に変わったところはないですよ。ごく一般的な、普通の子どもでした」


「そうですか」


刑事は、にこっと微笑む。


彼の指先に挟まれていた分厚いファイルのページが、パタンと音をたてて倒れた。


「先に逮捕されている彼の父親が、奥さん殺害の容疑を否定しています。そしてそのアリバイが、証明されてしまいました。事件は、ほぼ振り出しといっても過言ではない状況です」


なるほど。


事件の解明が難航している。


それで俺が呼び出されたのか。


「先生は、殺された奥さんと、学校以外の現場での、接点がおありでしたよね」


「えぇ、家庭環境とか児童の生活態度について、個別に色々と相談を受けていました」


それは、俺が担任だったからだ。


「そこに、夫からの暴力も含まれていたんですよね」


「そうです」


彼女はとても困っていた。


だから相談にのった。


というか、個人面談に来て、彼女は子どもの事ではなく、自分の身の上話を延々と続けていた。


次の保護者が待っているのに、時間がおしておして、大変だった。


「その時の奥さんは、どんな様子でしたか?」


あれはいつの話しだっただろう、一ヶ月前? 


いや、もう二ヶ月は過ぎたかな?


「彼女はとても、精神的に不安定になっていて、まともに話しが出来る状態ではありませんでした。それで僕は、よく学校に案内のきている、家庭相談室に相談しろと、アドバイスしたんです」


それを個人的な関係と呼ぶのなら、そうなのかもしれない。


「なるほど。そこはちょっと確認してみますね」


彼はそれをメモにとる。


俺は捜査に協力している。


「それで?」


『それで?』とは、どういう意味だろう。


俺は刑事を見上げた。


俺がわずかに首をかしげると、彼も同じように首をかしげ、目を合わせてくる。


それで黙っているから、どうしていいのか分からない。


「それで、感謝されました」


彼女はそれを受け取って、連絡してみると言っていた。


俺は自分なりに、出来ることはしてやったつもりだ。


「まぁ、学校の担任教師が、どこまで家庭の問題に踏み込んでいいのか、線引きが難しいところではありましたけどね、僕は僕なりに誠意をみせたつもりです。彼女はとても不安定になっていましたので」


夫からの暴力、子どもの不登校と貧困。


絵に描いたような不幸から、彼女は必死で逃れようとしていた。


「水商売をしていたことも、ご存じでしたよね」


「えぇ、生活費のため夫に言われて、でしたよね」


彼女はある晩、とても酔っ払った状態で、泣きわめく子どもと一緒に、俺の家にやってきた。

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